1人で10個くらいパブリケーション作っちゃおう

「世界で一番マズイお菓子」の名を欲しいままにするフィンランドの「サルミアッキ」。

Taiki Beaufilsさんが意地と気合いで、日本語パブリケーションを収集してまわってますね。

Medium日本公式サイトによると、まだ日本語のパブリケーションは50個そこらしかないそうです。正直、この数字には驚きました。少なすぎないか、パブリケーション。

Mediumのよさはパブリケーションだと思います。もっと気軽に簡単に、パブリケーションを立ち上げていいんじゃないかなあ。というか、全体的にMediumをもっと気軽に使ったらいいんじゃないか?って思うわけですよ。

でも、見てると、ブログのオルタナティブであるMediumには2つの側面があって、そこが分かれ道だよなあと。ブログの代替というブログから連続する側面と、ブログを古いものにする、完全に「ブログにとってかわるもの」という側面と。

mediumをメインで面白がってるのがブロガーなんだけど、ブロガーからすると、ブログの代替物、正統後継者の側面をmediumに強く読み込んじゃう。そうするとパブリケーション=従来のブログの移行先、なんですよ。具体的にいうと、ほとんど1人1パブリケーション=1ブログですよね。

また、ブロガーからすると、あまりにmediumの文章が「崩れていく」「気軽になっていく」のも、ぶっちゃけ怖いというか。「ブログに書くほどの内容じゃなければmediumもいいかもね」とか「ブログほど肩肘張って書くほどのことじゃなければmediumかもね」ってノリ。

medium自体が「質の高い記事をきちんと書き残していこう」という、なんていうか洗練や上質と等号で結ばれている(べき)メディアという位置付けであることも大きいのだろうけど、「気軽に書いちゃえよ」って発想よりも「(男性版)ていねいな、暮らし」的な。そういうノリが歓迎されてる感じはすごくしますね。

そんな中あえて自分は、思い付いたまま、だらだらと、とにかく気軽に書いたらいいじゃないか、ってスタイルを【方法論的に】とってます。方法論だから、途中でスタイルを変更するかもしれないし、状況によってそれは変えていくつもり。

文章だけじゃない。パブリケーションについても「作れるだけ作ったらいいじゃないか」って考えてます。「クズなパブリケーションが濫立するのはウンザリ」って思うかもしれないですが、大丈夫です。mediumは良質であなたにとっていいと思われる記事だけを、あなたが検索する前から、エディターズピック的に選んで、あなたのタイムラインに表示してくれるので。

なのでゴミを作っても怒られないし、そもそも目立たない仕組みだと思います。なので、安心してゴミをつくるつもりで、パブリケーションを乱発し、飽きたらやめたらいいんじゃないかなあ。それでも残るものは残るし、そこにすごくいいものがたくさんあると思う。

ぼくもつまらない投稿は遠慮なく「もっと表示させない」って選んでます(笑)。

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