モダン化した女子日本代表 2018 FIBA Women’s World Cup

じゃり
The Chewing Gum
Published in
14 min readOct 9, 2018

世界トップクラスの国々が集まるバスケットボールワールドカップ、そのグループステージにて、女子日本代表は2勝1敗という結果を残した。しかもベスト4に進んだスペイン、ベルギーと同組という厳しい状況下でだ。惜しくもベスト8をかけた中国との試合で敗戦してしまったが、その試合も残り2分を切った時点で2点ビハインドというどちらに転んでもおかしくない接戦だった。素晴らしい結果を残したのは間違いないが、大会前のトムホーバスHCの「本気でメダルを取りに行く」という発言からもうかがえる通り、もはや今の日本女子はもっと上の順位を現実的に狙っていけるチームであることも確かだ。今回は世界の舞台で見せた日本の戦い方と、さらに上を目指すために必要なものは何かを考えてみたい。

よりモダン化したチーム構成

昨夏、中国やオーストラリアという強豪を倒して優勝したアジア選手権ではスタメンだった吉田と大崎が今回は各々の事情により今回は招集外。チームはこれを機によりモダンなスタイルへと変化を遂げた。エース吉田の代わりには新鋭の本橋が選出され、高田とともにインサイドの要だった大崎の代わりには、同じようなインサイドプレイヤーを起用するのではなくSF/PFの馬瓜エブリンを起用。加えて高田はこれまではあまり打っていなかったスリーを標準オプションとして装備。より機動力とアウトサイドシュートによるコートストレッチを重視したメンバー構成となった。さらに控えには182cmのオールラウンダー長岡、そしてSG/SFながらチーム最長身となる184㎝の赤穂、フィジカルの強さとアウトサイドシュートを兼ね備えたオコエ(彼女も181㎝)がいる。突出した長身の選手はいないがウイングにサイズのある選手を起用でき、PG以外全員が180cm超でしかも動けてスリーも打てるとという、それこそNBAのウォリアーズのようなスカッドを組むこともできた。

スイッチを多用したディフェンス

インサイドタイプのプレイヤーの起用枠を一つ削ったことで高さでの勝負には弱くなった一面はある。リバウンド数やブロック数は決勝ラウンドに進んだ12チームの中で最下位。中国戦でも高さの面で圧倒されてしまう場面が目立った。それでも本来SFの宮澤が相手PFとのフィジカルな競り合いに奮闘しチームトップの8.8リバウンドを記録するなどして、なんとか凌いでいた。

チーム全体の機動力とウインガーのサイズアップはディフェンス戦術に大きく影響した。今大会の日本はオンボール、オフボール共にスクリーンに対するディフェンスではスイッチを多用することで、相手にギャップを与えないディフェンスを展開。結果、スティール数は決勝ラウンドに進んだ12チーム中2位の多さだった。

例えばこのようなシーンである。

ゴール下でクロススクリーンを掛けられるのに対し、スクリナーのディフェンダーである宮澤がバンプ(体をぶつけコースを妨害)し簡単にボールが入らないようにする。そうすると今度は宮澤のマークマンがフリーになりトップに走る。

そこにはウイングの選手を守る藤岡がカバー。遅れた宮澤は藤岡のマークマンをカバー。相手にギャップを作らせなかった。

その後のボールマンピックでも宮澤とオコエが、さらに続いてのピックでは高田とオコエが連続スイッチで守っている。

そして、ただ単にやみくもにスイッチしていただけではない。

藤岡にボールマンピックがかけられスイッチ。高さのない藤岡が相手インサイドを守らなければならなくなってしまう。

しかしそこにボールが入るまでの瞬間に、逆サイドからより高さのある宮澤が藤岡とスイッチ。いわゆるアドバンススイッチといわれるアクションである。ここでは失点してしまったが、このようにしてスイッチしたことで生じるミスマッチを、隙を見てマークマンを入れ替えることで解消する動きは大会を通してしばしば見られた。

2戦目のベルギーとの試合においてスペインピックを使われて簡単にレイアップを許すシーンが続いたが、それに対するデイフェンスを試合の中で修正するチーム力も見せた。

このようにイージーレイアップを許してしまっていた。

3Qの後半あたりからはこの場面の宮澤のように、逆サイドの一番遠い所からヘルプに来ることで守るように修正していた。

先日の男子日本代表がカザフスタン戦にて、相手のスペインピックに対応できていなかったことを記事にした。

その中でこのようなシーンがあった。

これも同じように逆サイドから八村が寄ってきてブロックしている。一見すると先ほどの女子のシーンと同じように見えるがそこには大きな違いがある。

それはボールマンディフェンダーの挙動だ。

女子のディフェンスのシーンをもう一度見返してみたい。

最初にピックをかけられた藤岡は、宮澤がヘルプに出ることを見越して宮澤のマークマンへ急行しており、チームとして連動した守りをしている。これは守り方がきっちりと意思統一されていることの証だ。

男子の場合はどうだろうか。

ピックをかけられた馬場(緑丸)はそのままボールマンを追いかけており、ヘルプに出た八村のマークマン(赤丸)は誰も守れていない。つまりチームとして守っているのではなく、八村が自分の判断でヘルプに出ているため、統制が取れていないのである。

こういった点から今大会の女子のディフェンスのレベルの高さがうかがえる。

ただ、スイッチするかしないかのコミュニケーションミスで隙を作ってしまうシーンも見られた。ここはディフェンスにおける今後の課題の一つであろう。

今回挙げたシーンすべてに宮澤が絡んでいたように、彼女はディフェンスで非常に高いインテリジェンスを発揮していた。それでいてなおかつ先述の通りチームトップのリバウンド数(大会個人リバウンドランクで5位)、さらにこれもチームトップの平均15点(こちらも個人ランク6位)を稼いでくるまさに大車輪の働きであった。

オフェンスの問題点

昨夏のアジアカップの際は、PGへのピックを中心にオフェンスを構築していた。今回は4月からという非常に長い準備期間があったこともあり、よりシステマティックなオフェンスを展開した。基本となる動きのパターンを複数用意しており、その中で人とボールを動かしズレを作りアタックするスタイルは見ていて非常に面白いものだった。

しかしその「ズレ」に関して大きな問題を抱えていたことも事実だ。大きく二つ考えたい。

一つは「ズレるはずのところがズレない」という点だ。オフェンスが上手くいかない時間帯、その多くは相手のディフェンスの対応によりズレを作らせてもらえない事が原因だった。日本はオフボールで人が動きスクリーンをかけるのだが、そこをうまくスイッチで守られるとズレが生じず、ボールの動きが滞ってしまった。

高田がトップでボールを持ち、画面奥で町田-馬瓜が、手前で宮澤-長岡がそれぞれスクリーンをかけボールをもらう動きを作る。しかし両方ともスイッチで守られてしまい、出しどころがなくなった高田がドリブルしたところをスティールされてしまう。もしスイッチされずに町田や宮澤のマークマンとのずれが生じていたらそこにパスを出し、そのまま高田がボールマンピックをかけ、理想のgoing 2side behind 1の形が作れていたはずだ。

このようにスクリーンをもらった選手がもう一度スクリーンをかけるインバートの動きでスイッチに対抗するシーンも見られたが、チームとしてスイッチへの対抗策が確立されていなかった。スイッチに対して有効なスリップ(スクリーンをかけるふりをしてゴール側に飛び込む)やバックドアカットなども見られなかった。

またスイッチの弱点の一つにミスマッチが生じてしまうことがあるが、システムを忠実に実行する意識が強くアドリブでミスマッチを攻めるシーンもそれほどなかった。その中でも宮澤がガードにマークされた際にポストアップを試みるのが何度かあった。国内リーグではビッグマンにマークされると外から抜き去り、ガードにマークされるとポストアップからジャンパーを決め得点を量産する宮澤。しかし国際レベルだと相手ガードのフィジカルが強く守り方も巧みであること、またポストにフィードする選手となる藤岡や町田にアウトサイドシュートがないことから、彼女らのマークマンが少し引いてポストの宮澤へのパスを警戒する守りをされ、ミスマッチの宮澤にボール入れることができなかった。

スイッチされる云々を抜きにして、オフェンスでボールがうまく回らなかったりディフレクションされたりでズレができず、手詰まりになることはどのチームでも起こりうることだ。そういった時間に男子代表の八村や渡邊が先日のWC予選でやっていたように、個人で打開できる選手がいなかったことも事実だ。これまでは吉田がピック一つでなんとかしてくれていたようなタイミングで、代わりを任せらる選手が不在だった。中国戦の本橋が積極的にリムアタックし得点していたのは素晴らしく、そういった役割を今後担えるようになるかもしれない片鱗は見ることができた。

ズレに関するもう一つの問題点は「ズレを作ってもそれが有効に使えていない」ということだ。特に代表経験の浅い若手に多く見られた。

オコエがスリーを打ったこのプレー。ゾーンに対し、オーバーロードのセットで狙い通りコーナーで宮澤がフリーになっている。オコエもスリーの確率は悪くないが、3ポイントラインの一歩後方から相手のビッグマンにチェックされながらのシュートになってしまっている。チームとしてより良いセレクションは宮澤へのエキストラパスだった。もっともオコエは控えとして、積極的にシュートを狙えという指示が出ていたはずで、実際彼女のドライブやスリーは得点源として良いアクセントになっていたのは間違いない。今後は今大会の経験を糧に自分で攻める積極性を持ちつつ、チームとしてより良いシュートを狙うという、ワンランク上のプレーを磨いていってほしい。

これまで吉田が絶対的な存在だったPGに起用された本橋と藤岡の二人も積極的なプレーでチームに勢いをもたらしていたのは間違いない。しかし代表経験が浅いからか、本橋のパススピードや出し所が甘かったり、藤岡もピック&ロールから良いパスを出してはいたものの、難しいところを狙いすぎてのターンオーバーも犯してしまっていた。こういった少しの認識の違いが、せっかくできた一瞬のズレを消してしまうことがあった。

その点で国際舞台での経験が豊富な町田のゲームメイクは光った。直前の怪我でコンディションが上がらなかったせいか、イージーなミスもありプレータイムも多くはなかったが、空いたところに的確にパスを捌く視野と技術を発揮し、短い時間でアシストを量産したのはさすがだった。

HCの役割

少々余談になるが、先日Amazonプライムビデオにて、マンチェスターシティというイングランド1部のプレミアリーグに所属するサッカーチームを昨シーズン1年間追ったドキュメンタリー、“All or Nothing”が公開された。

マンチェスターシティは昨シーズンのプレミアリーグを稀代の名将ペップグアルディオラの指揮の元、史上最多勝ち点を獲得する歴史的な強さで優勝した。本作は練習風景から試合中のベンチの様子やロッカールーム、さらにはフロントスタッフのミーティングの様子までカメラに収められた、秀逸なドキュメンタリーだ。緻密なサッカーを作り上げる戦術家として知られるグアルディオラだが、ドキュメンタリーの中では大げさな身振りを交えながら、時に怒りを露わにしてチームを引き締め、時に人生観や哲学的な内容を交えたエモーショナルなスピーチで選手のモチベーションを上げている様子が何度も映されていた。

女子日本代表の初戦のスペイン戦、前半で簡単なミスが続いてしまいたまらずタイムアウトを取ったシーンがあったが、その際トムホーバスHCは日本語で「何がしたいんですか。意味わかんない。」と口にした。それは冷静でありつつも厳しく怒りを含んだ口調で、まるであのタイミングで掛ける言葉はそれしかない、と思わせるかのようなものだった。

チームの指導者は当然日々の練習内容や采配を通してチームを率いなければならない。しかし選手は人間であり、如何なる時でも命令通りに動く機械ではない。調子が悪い日もあれば、気が緩んだり、気持ちが乗らない日もどうしたってできてしまう。

英語ではサッカーの監督を表すのに「マネージャー」という言葉が使われるように、指導者は技術的、戦術的なことだけではなくそういったメンタル面のアップダウンも含めてマネージメントすることが求められる。先述したスペイン戦のワンシーンはホーバスの指導者としてのそういった一面を垣間見ることができた。

日本語で話す、ということはそのことに大きく貢献しているように感じた。男子代表のフリオラマスHCを始めBリーグにも外国人HCが多く存在する。当然通訳が存在するとはいえ、一度日本語に変換する過程を通す上で100%同じ内容を伝えることは難しい。HCの熱量や選んだ言葉の真意、また戦術面においても伝えたい微妙なニュアンスの違いが選手にきっちり伝わっているのか、部外者には実際にはわからないが、少し疑問に感じた。

2020年に向けて

ワールドカップという舞台を将来有望な若手選手たちが経験できたことは大きな財産になるはずだ。普段は取られないはずのパス、普段は来ないはずのブロック、そういったことは実際に試合に出て肌で感じるしかない。若手もベテランも、今大会で感じたことを常に頭においた上で国内リーグを戦うことでさらなる成長に期待したい。そして今回最終メンバーに残らなかった若手勢、そして来年以降は本格的に代表の有力候補として名を連ねてくるであろう現高校3年の奥山理々嘉。彼女らの下から突き上げが、チームのさらなる飛躍に不可欠だ。

また本来なら主力級のはずだが今回はメンバー入りしなかったベテランたち、つまり渡嘉敷、大崎、吉田たちが、今後代表に招集された際、今大会のメンバーとどのような調和を見せてくれるかも非常に楽しみだ。大会を通して高田の控えセンターがいないことは大きな弱点になっており、少なくとももう1人インサイドプレイヤーが必要なのは間違いない。高田と同時にコートに並べインサイドの厚みを増す布陣もよし、それとも相手によっては今大会のように機動力重視で高田ともう1人を交代で起用する形にしてもよし。ホーバスの采配も楽しみである。

来夏には4連覇をかけたアジアカップがある。そこで2020年に向けての大方のベースは固まることになりそうだ。4連覇を果たしてオリンピックへの勢いをつけたい大会で、中国やオーストラリア相手にどれだけの試合をできるだろうか。我々の期待は高まるばかりだが、それは決して過度なものではなく、極めて妥当な期待感と言えるだろう。

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