「ビストロ コルナス」の夜

🍷A moonlit night at Cornus

ほんのちいさなカウンターが、たくさんの人に囲まれて賑わっていた。「ビストロ コルナス」は、不意に現れて、すぐに消えた。

2017年7月6日(木)|なんだか、いい感じ。月が見ていた。

「居心地のいい場所(グッドプレイス)」をつくることに関心をいだいて、さまざまな試みを続けてきた。場づくりの難しさも楽しさも、語っているだけではわからない。どんなに立派な企画書や設計図があっても、現場では予期せぬハプニングに出会うことがめずらしくないからだ。臨機応変に、あたえられた状況を整えてゆく。実際に場づくりの体験を重ねることをとおして、試行錯誤があってこそ、「居心地のいい場所」についての理解を深めていくことができる。なにより、「場所」は人とのかかわりのなかでつくられる。いつ、どこで、誰と過ごすのかを考えるのだから、結局のところ、ぼくたちのコミュニケーションのありように向き合うことになる。

ここ数年は、とくに「撤収」の場面に興味をいだくようになった。ふり返ってみると、5年ほど続けてきた場づくりの実践が、しまい方や片づけを考えるようになったきっかけなのだと思う。カレーキャラバンの活動が(意外なほどに)面白くなって、回数も頻度も増えつつあったとき、すべてを自前で持つのがよいことだと思えた。キャンピングカーのような、さまざまな機能を搭載したクルマに憧れをいだいていたこともあって、あれこれと道具を買いそろえた。幸か不幸か「大人買い」ができる身分なので、モノが飛躍的に増えた。モノや装備に投資するのは、活動が本格化した証だなどと言いながら、衝動買いを正当化した。

キャラバンメイト壱号(2014–2015)は、クルマに載せるとキッチンカーのように使えるものだった。『つながるカレー』のなかでは、「7つ道具」のひとつとして紹介した。かなり活躍したが、かさばる・重いなどを理由に引退。いまは関内の「よりみちベース」で、のんびりとセカンドライフを送っている。

道具の詰まったクルマがあれば、ドライブしながら自在に全国を動きまわり、行った先々で、じぶんたちなりの場づくりができる。そう思っていた。だから、現場で使うための調理台(モバイルキッチン)も自作した。クルマに載せればキッチンカーにもなるように、あれこれ工夫して、すべて、クルマで持ち運ぶことを前提に考えていた。やがて、器財はクルマに積んだままになることが多くなった。いちいち下ろすのが面倒だし、かさばるから置き場所にも困る。分解できるように少し改良したが、さほど状況は変わらなかった。それでも、場数が増えたので、行く先々の条件に合わせながら、それなりにいい感じ(自画自賛だけど)の場づくりができるようになった。テントを張ってモバイルキッチンを置き、カレーが出来上がる夕暮れには電球を灯す。その情景がとても好きになった。

キャラバンメイト弐号(2015–2017)は、組み立て式になった。テントや照明とともに、大がかりな場づくりをするようになった。

結局のところ、5年ほどカレーキャラバンを続けてきてわかったのは、道具や器財は、ある程度は現地でも調達できるということだ。なくても大丈夫なことも、多々ある。「備え」は大事なのだが、「ほどほど」でなんとかなる。そんなことは、はじめから頭のなかで考えていたはずなのに、流れにまかせているうちに、多くのモノを自前で揃えることを目指していた。「キャラバン」を謳っていながら、フットワークがどんどん重くなっていたのだ。そこで最近、思い切っていろいろなモノを手放すことにした。スリム化して、ふたたび身軽になろう。


とてもシンプルなカウンターをつくってみた。つくると言っても、ツーバイフォーの木材をカットする程度で、あとは規格サイズの板や置き去りになっていた木っ端を組み合わせた習作だ。ちいさなカウンターだが、コミュニケーションの起点になるはずだ。

その晩は、ちょっとした思いつきで、学生たちとともに「ビストロ」を出現させる実験をおこなった。さほど告知をせずに「ビストロ コルナス」をオープンした。誰も来なければ、じぶんたちだけで楽しめばいい。そもそも、実験と呼ぶほど大げさなことでもない。
あの東屋ふうのスペースは、こういう集まりのために設計されていたのではないだろうか。そう思わせるほど、うまくとけ込んだ(ように見えた)。界隈に声をかけたら、人がたくさん集まってきた。いくつかのゼミが、本来やるべき(やるはずの)活動を中断して、ちいさなカウンターを囲んでいたのが、とても愉快だった。飲みものや食べものが、それほどの力をもっていたとは考えにくい。みんな、ちょっとした会話のきっかけを求めていたのではないだろうか。

2017年7月6日(木)|ちいさなカウンターだが、みんなで囲んでいるうちに、辺りが賑やかな場所に変わる。設営も撤収も、苦にならない。

このちいさなカウンターは、工具を使わずに、わずか数分で組み立ても分解もできる。気まぐれに場所をつくって、ひとしきり楽しんだら、さっさと片づける。食べものがなくなったのを合図に、撤収。30分足らずで、「ビストロ コルナス」は跡形もなく姿を消した。

場所をつくり続けてゆくためには、大きな負担を感じることなく片づける必要がある。爽やかに解散するのだ。それが、次につながる。面倒に感じたり、かさばったりすると、とたんに動きが鈍くなる。「持続可能性」などという立派なことばで語ろうとしているわけではない。
ぼくが、移動すること、続けることにこだわるのは、じぶんの機動力を確かめようとしているからだろうか。寄る年波で、じつは、もうそれほど長くは続けることができない(かもしれない)という、いささか悲観的な想いの表れなのだろうか。🐸

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