まちは誘う。

同僚の諏訪さん、石川さんとともに、まちを歩いた。数年前、諏訪さんと一緒にはじめた「まち観帖(まちみちょう)」プロジェクトの“続編”とも呼ぶべき活動だ。3月9日は、梶が谷駅(田園都市線)を起点にまち歩きをすることになった。この日は、地図を見ずに、なんとなく行きたい方向に歩くという趣向で、たとえばどこかの分岐で、どの道をえらぶか決めかねたときは、その場で3人で話をして決めることにした。

もちろん、道が枝分かれしていても、3人とも迷わずにおなじほうを目指す(目指したいと思う)場合も少なくない。はじめて歩くまちであっても、店の看板に引きよせられたり、気づいたら眺めのいい高台に向かって石段を上っていたりする。地図を見ずに気ままに歩くとき、ぼくたちは、「まちに誘われる」ような、不思議な感覚を味わっている。そもそも、梶が谷が起点にえらばれたのは、3人にとってほとんど「手がかり」のない場所だったからだ。諏訪さんも、そしてぼくも、イメージが希薄な界隈だった。石川さんも、十数年録り溜めている行動軌跡のなかに、この辺りの記録(ログ)はないという。3人とも歩いたことのないまちだからこそ、「まちに誘われる」感覚と向き合うには、ちょうどいいと考えたのだ。感性を解放して、3人であれこれと話をしながら、梶が谷を彷徨った。

言うまでもないことだが、一緒に歩いていても、一人ひとりの体験はちがう。それぞれ、ちがう〈何か〉に「誘われる」からだ。諏訪さんは、いつも地形を感じながら歩いている。道の傾斜や蛇行、あるいは高低差など。遠くまで見通せるまっすぐに伸びる道には、あまり面白みを感じないのだろうか。低いところにいれば、上へ。高いところからは、下へと向かおうとする。おそらく、身体で地形を受けとめるには、尾根に沿うのではなく、横切るほうがいいのだ。

2016年3月9日(土)|諏訪さんのカメラ

石川さんは、もちろん地形やスリバチに関心があることはまちがいないのだが、やはり植生に目が行くようだ。もともと鉢植えだったはずの観葉植物が、屋外で“野性”を取り戻していることに気づく。あるいは、あまり見かけないツバキがあれば、一直線に植え込みに向かってすすむ。木々を眺めつつ、どのように根が張られているのか、土のなかにまで目が届いているみたいだ。

2016年3月9日(土)|石川さんのカメラ

諏訪さん、石川さんのことばで言うと、ぼくはどうやら「痕跡系」だ。まちのいたるところに表れている、人びとの痕跡。以前「工夫と修繕」というテーマでフィールドワークをおこなったことがあるが、人びとは、さまざまな方策でまちと向き合いながら、毎日の暮らしを組み立てている。開かないマンホール、置き去りになったカサ、カーブを描く縁石、斜めにカットされた波板。いずれも、そうなった理由(わけ)がある。

2016年3月9日(土)|加藤のカメラ

3人が撮った写真をくらべてみると、一人ひとりの目線のちがいが際立つ。それは、一人ひとりが、ちがう梶が谷を体験しているということだ。一緒に歩きながら、それぞれの目線は別の〈何か〉に向かっている。あれこれと、ことばを交わしているが、もしかすると、お互いの言うことは(ほとんど)聞いていないのかもしれない。何をしゃべっても、簡単にスルーされている、ということか。ぼくも、細い路地や蛇行する道へと向かいたくなる。たしかに立派なツバキだし、言われてみれば、あまり見たことのない色の花をつけていた。地形や植生への関心にくらべると、ぼくが見ている対象はちいさい。そして、どちらかというと近視眼的なことに、あらためて気づく。人に直接会うことがなくても、偏在する「痕跡」から想像力が刺激される。人びとの姿や表情、そして交わされたことばさえも想像(妄想)できる。それが、いつの間にかぼくが身につけた、まちを理解する方法と態度だ。ぼくは、どのまちを歩いても、人びとに「誘われる」のだ。

いつも、3時間ほど歩いてからカフェを探し、コーヒー(ワインなど)を飲みながら、その日の行程をふり返る。歩いているときには一度も開くことがなかった地図をテーブルの上に拡げて、経路を書き入れた。記憶が新鮮なうちに、3人で少しでも話しておくと、分析や解釈が格段にやりやすくなる。歩いている最中の会話も録音してあるので、このプロジェクトの成果は別のかたちで報告できるだろう。

地形も植生も人工物も、いずれもまちを体験するための大切な「手がかり」だ。まちは、一枚の地図だけでは語りえない。まちは、一人ひとりの体験のなかにあるのだ。ぼくたちの目線は、それぞれの想いとともに分散するが、ゆっくりと語り合うことで、じぶんが何に「誘われる」のかが、わかってくる。やがて、体験にかたどられた、じぶんのことばも見つかる。

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