追いかけてほしい

笠原 孝弘
The Lean Series for Good
12 min readApr 21, 2015

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「7つの正しい指標」

(寄付・募金編)

3つの「しやすさ」――行動しやすさ、わかりやすさ、チェックしやすさ――が尺度として重要であることがわかる。
――エリック・リース『リーン・スタートアップ』(日経BP社)

目標となる数値を選ぶのは難しい。多くのNPOが苦しんでいます。そしてNPOは数値を選ばないことも多い。ただ、それでは打ち手が終了したときに、次に何をすべきかわかりません。

たとえば、「寄付キャンペーン」が大失敗していたら数値に関係なく失敗とわかります。大成功していたらすぐに成功だとわかります。

問題は、ほとんどの打ち手はその中間で終わってしまうことです。まあまあうまくいくときもあるけれど、めちゃくちゃ成功しているわけでもない。前へ進めるくらい成功できたのか、それとも後ろに戻って新しい打ち手を開始すべきなのか。よくわかりません。

image by Times Up Linz from flickr

達成した時に成功と思えるような数値目標を設定しなければいけません。正しい指標は、比較でき、わかりやすく、行動を変えるものです。指標を時間軸・ターゲット毎・競合他社などで比較できれば、自分がどの方向に進んでいるかもわかります。寄付・募金でNPOに追いかけてほしい、7つの主要な指標を紹介します。

1.コンバージョン率と離脱率

コンバージョン率は、たとえばWebサイト訪問者が寄付者になる割合です。離脱率は、寄付の申込フォームまで来たのに(面倒なフォーム入力だったのでしょうか)、寄付者にならなかった割合です。計算も実験も簡単な最初の主な指標です。ただ、これらだけでは、行動につながる「正しい指標」になりません。他の指標のベースとなるものです。

2.寄付者数の成長(増減)を前年比と比べる

最も採用されている指標だと思います。この指標を追い続けていたときに、前年よりも寄付者激減の赤信号に気付けたら、マーケティング活動の改善に着手するでしょう。

比率は行動しやすい。正しい指標は、比率や割合です。たとえば、車の運転を想像してください。走行距離300kmも情報の一つですが、運転しているときに見るのは、時速60km(距離と時間の比率)です。現在の状況を表しているし、時間通りに目的地に着くには、速度を上げればいいのか、それとも下げればいいのか判断できます。

image by Chris Potter from flickr

3.寄付額の成長(増減)を前年比と比べる

寄付者の成長と同様に、寄付額の成長も採用されている主な指標です。たとえば、年 / 月 / 週の増減データを記録し、参照することで、来月のマーケティング活動強化の決定、次年度のマーケティング活動計画の打ち手を考えることができます。チャリティイベント、寄付キャンペーン実施タイミングの意思決定にもなるでしょう。

正しい指標は、比較ができることです。毎日、同じ数値を1か月間比較すれば、突発的な急増や長期的な傾向に気づくことができます。

4.平均寄付額の成長(増減)

多くの寄付者が少額を寄付してくれているのか。少数の寄付者が多額を寄付してくれているのか。最も寄付額の高い層はどんな人なのか。そのイメージの既存寄付者の人たちはまだ伸びしろがあるか。

オンラインショッピング(ECサイト)の「買い物かご(ショッピングカート)」をイメージしてください。より少ない時間と手間で、最も収益の高い層(セグメント)を特定し、商品をそろえ、アプローチしています。ECサイトの成功のカギはショッピングカートをどれだけ大きくすることができるかです。平均寄付額の増加も同様です。

image by Chris Potter from flickr

5. 寄付者の離脱率(⇔定着率)

寄付者の定着率が高いNPOは、長期的な支持者に支えられています。一方、寄付者の定着率の低いNPOは、寄付額の成長を維持するために、新規獲得に奔走する必要があります。新規および、既存寄付者のどちらに力を入れたらいいのか。マーケティング活動のポイントになります。

寄付者の離脱率は、たとえば「2013年の寄付者人数」÷「2013年寄付してくれた人で2014年も寄付してくれた人の人数」で計算できます。

▼年間寄付者離脱率20%
(初年)100人→(1年後)80人→(3年後)51人→(5年後)32人

▼年間寄付者離脱率50%
(初年)100人→(1年後)50人→(3年後)12人→(5年後)3人

▼年間寄付者離脱率60%
(初年)100人→(1年後)40人→(3年後)5人→(5年後)1人

上記例で、もし寄付者一人当たり平均寄付額が10,000円だと、10%定着率を改善するだけで(それが難しいのですが)、10万円の効果があります。年間寄付離脱率60%を50%に改善するだけで、3年後には、28万円の差が出てきます。

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6.寄付者の生涯価値(LTV:Life Time Value)

寄付者が継続的に寄付することによって、組織にもたらす価値(利益)を指します。これを、Life Time Value(ライフタイムバリュー、LTV)、寄付だと、Life Ttime Expected Donations とも呼ばれます。

寄付者の生涯価値(以下、LTV)を知ることは、どのくらい新規寄付者獲得にリソースを費やすのが妥当であるかの判断になります。LTVの数字を記録することは、マーケティング活動、各ツールの打ち手の意思決定の重要な判断材料となります。

たとえば、企業の場合で簡単な形で示すと、

・1顧客あたりサービス利用料が「平均年間100万円」
・契約更新率から算出した「平均の利用年数が5.5年」

だとすると、このサービスにおけるLTVは550万円となります。企業はこうして求めたLTVをベースに、事業計画を立てたり、新規顧客獲得費用を決めています。

たとえば、寄付の場合で簡単な形で示すと、

・ダイレクトメールで獲得した寄付者の平均額は10,000円で、平均1.9年継続。
・ボランティアさん紹介の寄付者の平均額は20,000円で、平均6.6年継続。

だとすると、ダイレクトメール経由の寄付のLTVは19,000円で、ボランティアさん経由の寄付のLTVは132,000円だとわかります。DMよりも6.94倍です。この違いを発見するために、各ツール、チャネルの寄付者のLTVを計算することで、マーケティング活動、データベース導入の大きな可能性も見えてくるでしょう。

7.寄付者の獲得コスト(ROI)

正当な理由がなければ、寄付者(とその寄付者が紹介した寄付者)から得られる寄付額の3分の1以上のコストを、寄付者獲得に費やしてはいけません。厳格なルールではありませんが、企業の顧客獲得コストでも広く使われているものです。(計算したLTVはおそらく間違っているし。)

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「正しい指標」が、組織の寄付目標を達成させる

追いかける「正しい指標」があって初めて、ダイレクトメールがいいのか、イベントがいいのかの打つ手、ツール比較が始まります。「寄付目標額の設定」だけでは、チームが動くモチベーションにはなりません。

たとえば、「寄付者を10%定着させる打ち手を実行するならば、10万円寄付が増額する。」といった、行動につながる「正しい指標」を見つけ出すのがポイントです。そうなれば、スタッフは10%定着率改善の打つ手は何か、行動計画を考えはじめることができます。寄付集めの目標達成には、「~ならば~する」という「条件をつけた計画」に出来た時、チームの寄付集めの達成率が変わってきます。

ところで、「正しい指標」は全て追いかけるべきだろうか?

マーケティング活動に使えるものはいくつあったでしょうか?正しい指標は意思決定に役立ちます。正しい指標は一目で理解しやすいものです。

新しい指標を導入する上で、組織には必ず反対派が存在するでしょう。彼らは直感や感性や「今までのやり方」で十分だと信じています。でも大量の数値で圧倒してはいけません。相手はフラストレーションを感じてしまうし、正しい数値を理解せずに意思決定する可能性も高い。指標の価値が高くても、正しく使わなければ間違った道を進んでしまいます。まずは、小さく始めて、ひとつだけ選び、価値を示しましょう。そこから、分析(アナリティクス)や数値の扱いに慣れてもらいましょう。

Mixpanel Retention Report

最重要指標(OMTM:One Metrics That Matters)は何か?

常に「最も重要な指標」が存在します。(注意:たったひとつの指標に注目すべきだとは言っていません。)

マーケティング活動の本質は、「正しい時に、正しいこと(人)に、正しいフィードバックを得て」、改善し続けることです。アナリティクスとデータの世界では、ステップごとに重要な指標を一つだけ選んで注目します。これを「最重要指標(以下、OMTM:One Metrics That Matters)」と呼びます。OMTMとは、現在のステージで注目する単一の指標のことです。

たとえば、LTVで考えてみます。LTVは初めて寄付者を集める時に、計算しても意味がないことは想像つくでしょう。LTVは、寄付者にとって最適なメニューの発見している、さらに寄付者が喜ぶ環境づくりが出来上がりつつある時の、かなり後のタイミング(ステージ)に注目すべき指標です。

KPIという言葉も聞いたことがあるでしょう。追跡や評価が必要な数値は常に複数存在します。そのなかには重要な数値があり、それを「主要業績評価指標(KPI)」と呼びます。

この数値を毎日追跡したり報告したりする。ただし、追跡するものが多すぎて気が散ってしまうのもよくない。

多くの指標を追跡することは悪いことではありませんが、最小限のKPIを選ぶことが、組織を同じ方向へ進ませる最善の方法です。すべての数値を記録しつつ、最も重要なものに注目しましょう。

OMTMを理解して、きちんと追跡できているかどうか。OMTMを即答できて、現在のステージと適合しているか。OMTMを把握していなかったり、現在のステージと適合していなかったり、複数の指標を使っていたり、現在の価値を理解していなかったりすれば、何かが間違っていると判断できます。

image by Times Up Linz from flickr

でも、寄付における「評価基準」がわからない

たとえば、寄付者獲得の方法をテストするために、「1か月あたりの(獲得チャネルごとの)新規寄付者数が何人になるならば、次のテストを進める」にしたとします。

もちろん、注目する指標だけでは不十分です。そこに評価基準となる線を引かなければ、行動につながりません。結果は想定の範囲内か。現在のマーケティング活動は、競合が出している成果とかけ離れたものか。そのことに気づくべきです。すべてを白紙に戻してやり直す必要さえあるかもしれません。逆にうまく行っていれば、どんどん先に進むべきです。すでに評価基準並みになっていれば、さらに改善し続けても費用対効果に疑問が出てきます。

成功の「評価基準」とは何か。1つめは、「事業計画・資金調達計画」が示す適正な数値です。たとえば、資金調達目標を達成するために、イベント参加者の10%が寄付者になる必要あがあるとすれば、それが評価基準となります。

しかし、最初は「事業計画・資金調達計画」そのものを把握しなければならないでしょう。そのような状態では、何が必要かもわからない。

2つめは、業界で何が普通なのか、何が理想なのかを調べることです。業界の基準値がわかれば、これから何が起きるかがわかるようになります。その数値と比較することができます。

ほかに情報がなければ、まずはここから始めたいのですが、日本のNPO業界にこの基礎データがありません。「正しい指標」を活かす評価基準として、NPOの寄付サイトの「1.コンバージョン率と離脱率」の基礎データすらありません。

「有名NPOサイトの寄付ページのコンバージョン率」、「分野別のコンバージョン率」(文化・芸術、動物保護、教育、環境、国際協力、福祉)などの、比較対象となる「評価基準」があれば、この指標に取り組み続けるべきか、次の指標に取り組むべきかを判断できるようになります。「評価基準」を集めることが必要です。

参考書籍:
・アリステア・クロール、ベンジャミン・ヨスコビッツ『 Lean Analytics 』(オライリージャパン)
・ハーバード・ビジネス・レビュー 2015年2月号:特集「目標達成」
・9 Key Performance Indicators Nonprofit Management Needs to Track | Donor Pro

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