編集者の「時間」の扱い方

過去・現在・未来、ぼくたちは絶え間なく動きつづける「時間」のなかで生きている。今は、めでたく年も明け、前向きな気持ちで、自分の未来のについて考えたくなる時期かもしれない。ちょっと先の話でいえば、東京オリンピックがあり、そのとき日本はどうなっているのか、と議論も絶えない。

ここで一つ違和感としてあるのが、未来のことを考えるからといって、過去のことを見向きもせずに、前に進もうとする人が多いのではないか、ということ。

丁寧かつ真摯に前に歩んでいくなら、どのように歩いてきたのか、その足跡を確かめ、なぜそのような一歩を踏んだのかを知ることは、次に踏み出す一歩を決めるための大きなヒントになる。足跡を辿ってみると、微妙なズレがあったとすれば、修正もできる。0.1度でもズレがあり、気付かずに前に進んでいれば、言わずもがな、辿り着く先は、アンラッキーな結末の“想定外”だろう。

こういった「過去を省みて、未来を考える」という視点は、メディアにも少なからず必要だとぼくは考えている。歴史を汲みとることでしか生まれない“独特の”イノベーションを夢見たいからだ。どこにでもあるような“新しい”はやはり消費的になりがちで、面白味も微々たるもので、本当の意味で社会に与える影響というのは少ない。

そのため、メディアに関わる編集者は、コンテンツ素材となる対象がもつ、あるいは、読者となりうるユーザーの「時間」をどのように扱うべきなのか、細心の注意を払っていきたい。その点で、次の記事はとても印象的だった。

鹿児島肝付町にある権化山、その周辺にある「一反木綿」の伝承について記事が書かれている。ゲゲゲの鬼太郎のよきパートナーとして、有名なこの妖怪(アニメ版で、鹿児島弁でしゃべっているのはこの地域由来だからだ)。

とはいえ、“ゲゲゲの鬼太郎に登場する妖怪”でなく、古典の妖怪絵巻「百鬼夜行絵巻」に出てくる妖怪が、一反木綿のルーツを匂わしているように、元々は地域にあった民間伝承との関連は深そうだ。

先ほどの記事には、次のような説明がある。

元々肝付町は武家の出が多く、布が豊富にあり、合戦で負けた落ち武者などをかくまう気質があった。また、元来亡くなられた武士の墓(土葬)に木の棒を突き立て、それに木綿の白い旗を立てて弔う風習もあった。

ここでわかる通りに、一反木綿が生まれる背景を読みとれる。それと同時に、地域文化に踏み込むこともできるのだ。また、

一反木綿の出現時は夕暮れ時とされるが、かつてこの時間帯は親が農作業などで一日中働いており、子供に目を配ることができないことから、一反木綿の話をして遅くまで遊んでいては危ないと子供を戒めていたものと考えられる。

とあるが、ここから、かつての暮らしを想像することもできる。そのなかで、妖怪が人々の戒め・教訓の役割となっていたのだと気付く。

(個人的に、妖怪のような民俗学的な事柄が好きなため、話が若干逸れてしまったかもしれないが、)「時間」を意識して、この記事を読み直してみよう。すると、建設中の荒瀬ダムの近くの権化山が、コンテンツ素材であることがまずわかる。その上で、その歴史を取り扱っている。

民間伝承は、現代の理性だけで安易に風化させていいものではない。科学的にものが語られやすい時代にもかかわらず、地域に伝承がいまだに根強く残っていること、そして、その所以を知ることができる。それにより、その近辺に起こりうる未来の開発について議論することができる。何を地域(人)が求めているのか、その本質に迫れるだろう。

その「時間」の扱い方において、良記事だなぁ、と感じるのだ。メディアとは言いがたい、ウェブサイト(名もなきメディア)でこのような記事が書かれていることが非常に惜しい。こういった記事こそ、読まれるべきで、書き手が参考にすべきで、一番はそのふたつの存在をつなぐ編集者が心得ておくべき感覚なのではないだろうか。

ぼくたちは、どの時代から学び、どんな時代を考え、議論し、つくっていけるのか。後ろを振り返るものにしか見えない灯りが、きっとある。

#メディアノコト

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