デザイン思考の歴史:理論パート1

以下の文章は、Stefanie Di Russoによる「A Brief History of Design Thinking: The theory [P1]」の日本語訳である。本人の許可を得て、ここに掲載する。

博士課程が始まったときにほとんどの研究者が最初に行うのは、膨大な参考文献に潜り込んで、文献レビューを書くことです。通常、調査テーマの基礎文献の調査に丸半年はかかります。そうした調査の結論によって、ギャップが明らかになり、今後の調査の可能性が開けてきます。こうしたやり方は、学生が本格的な研究の世界に進むためのトレーニングになるだけでなく、事例研究を実施する前に知識の基盤を築くためにも有効です。

私のテーマはデザイン思考なので、調査する参考文献は当然ながらデザイン思考に関するものになります。1か月ほど簡単な文献調査を進めるなかで(現在の)参考文献を手に入れて、デザイン思考が「何」であり、「何をする」ものかは理解できました。ですが、それが「どこから」やって来たものかは、正確にはわかりませんでした。

常に肩の上にいる天使の声に耳を傾けましょう
「デザインだ!思考だ!今だ!」
「違うわ!過去よ!デザインの過去を思考よ!」

私たちがこれからどこへ進むのかを知るためには、これまでどうやって進んできたのかを先に理解する必要があると私は信じています。したがって、私はデザイン思考の起源を調査することに決めました。文献調査の半分以上は、歴史的な分析に費やすことになりました。大きな波が学問の世界を経由して、今日デザイン思考として知られるプラクティスにまで波及する様子を追跡するというものです。

私が調査した文献は3つのセクションに分かれます:

  1. デザイン思考の歴史
  2. デザインプロセス手法の進化(これは以下の基盤を形成する)
  3. 今日のデザイン思考

というわけで、私はこれから3つの記事に分けて書こうと思います。1つの大きな記事にまとめてしまうと、愛すべき読者を怖がらせてしまいますからね。ただし、私の他の「学術的」な記事と同じように、これはデザイン思考の進化の単なるひとつの解釈にすぎません。他の人のアプローチについても、ビジネスからマーケティングの観点まで(ほんのわずかですが)目を通しました(どれも素晴らしかった)。私は、デザイン理論の観点からの進化と、今日の実践に影響を与えると思われる主要な思想のムーブメントを分析しました。

(タイプフェイス[書体]の皮肉的な使い方)
参加型デザイン 人間中心デザイン メタデザイン              デザイン思考!ユーザー中心デザイン       サービスデザイン

とはいえ、デザイン手法は常に重複しているものです。他の研究者や実務家たちは、歴史を一本道で追跡することなどできないと主張するでしょう。私も満足できていませんし(まだ)混乱していますが、私たち研究者と実践者が理解しやすいように、デザイン思考と手法の歴史を時系列に並べることにしました。

私のまえがきはこれくらいでいいでしょう。それでは、本編です……


デザイン理論の歴史

第一の波(1960~1980年代)

1960年代のデザイン手法のムーブメントは、デザインのプロセスと方法論の議論の始まりでもあります。この時代の学問的な大家には、ハーバート・サイモン、ホースト・リッテル、ヴィクター・パパネックらがいます。彼らはそれぞれ異なるデザインの思想を持ち、書いた著書や論文は現在のデザイン理論に大きな影響を与えたとされています。

1. ハーバート・サイモン:デザインは科学だ男

ハーバート・サイモン

デザインとは、「既存の環境を改善して、望ましい環境に変えるプロセスである」という話を聞いたことがあるでしょうか。これはサイモン氏の主張です。彼は、私たちの世界は「人工物」(人間の創造したモノ)で構成されていると信じていました。彼の名著『システムの科学』では、私たちの創造(デザイン)した人工世界について(経済学から心理学の分野まで)非常に深く分析されています。

彼の結論は、人間に知られている究極的な人工物は、人間の脳であるというものです。彼は、コンピュータと人間に境界線を引いて比較することで、この考えを著書全体で、心理学的に正当化しようとしています。ですが、ここではその詳細については触れません。

我思う故に、我計算する

こうした比較は、私たちの脳には(コンピュータのように―それも人間の脳が作ったものですが)限界がある、というサイモン氏の主張を示すためのものでした。したがって、人間がデザインするときには「最低限の満足化(satisfice)」を目指すしかありません。コンピュータも人間の脳も、外部の環境の複雑性や変数を理解できないからです。

ロボットは私たちの脳の能力を反映している

「イノベーティブ」な手法としてラピッドプロトタイピングをするのが好きな人には、衝撃を与えたかもしれませんね。ですが、サイモン氏は、シミュレーション(プロトタイピング)の考え方こそが、「最低限の満足化」につながる解決策を生み出せる最善の方法であるとしています。以下のコメントは1970年代に出版されたものです。

「システムを理解するためには、システムを実際につくり、そのはたらきを実際に観察しなければならない」(『システムの科学』より)

今日の大規模で複雑な環境問題や社会問題を踏まえ、解決策につながる最も重要な要因とは、すべてのステークホルダーの理解(問題に対する全員の共通理解)であるとサイモン氏は強調しました。大規模な環境問題や社会問題に直面したときに、その結果はオープンで進化し続けるものであり、最終的なゴールはないとサイモン氏は気づいたのです。

2. ホースト・リッテル:デザインにおける「厄介な問題」の言葉を作った人物

ホースト・リッテル

誰もが複雑なデザインの課題を「厄介」な問題(wicked problems)と呼ぶのが好きです。ですが、多くの人は、1. その言葉を作ったのがホースト・リッテルであり(実際にはメルヴィン・ウェッバーとの共作ですが、説明を簡単にするためにリッテルだけを参照します)、2. この言葉はデザインの形や機能の話「ではなく」政策立案に関するものであることを知りません。リッテル氏はサイモン氏と同じ考えを持っており、厄介な問題とは「独特で、あいまいで、決定的な解決策がない」問題であると説明しています。また、ひとつの問題を解決すると、「真偽」のある有限解では解決できない新しい問題が生じるとも説明しています。「最低限の満足化」と同じだと思いませんか?

現在使用している(閉じた)デザインプロセス

リッテル氏は、サイモン氏とはやや対照的に、科学ではオープンで進化するあいまいな問題を解決「できない」と考えていました。そのために、もっと創造的なアプローチを必要としました。

複雑な問題に対して使うべきプロセス

リッテル氏は、「厄介」な問題は完全に独特であるからこそ、そのプロセスもそうあるべきだと提案しています。厄介な問題に対するリッテル氏の最高のアドバイスは、以下になるでしょう。

「厄介な問題に対応するには、適用する解決策を早く知りすぎないことです」

あいまいで、なんだかよくわからない臭いがしますよね?でも、そのやり方を今では「デザイン思考」と呼んでいるのです。

3. ヴィクター・パパネック:サステナブルデザインの権威

ヴィクター・パパネック

アル・ゴアの「不都合な真実」が発表されるよりも前に、ヴィクター・パパネックというインダストリアルデザイナーが、製品中心の観点から社会問題や環境問題の解決にデザイン知識を使う方向へ移行することが重要であると、静かに提唱していました。彼の著書『Design for the Real World: Human Ecology and Social Change(現実世界のためのデザイン:人間の生態と社会の変化)』(邦題:生きのびるためのデザイン)は、1972年に発売され、サステナブルデザイン(持続可能なデザイン)の分野のランドマークとして位置づけられています。

パパネック氏の著書は、主にデザインの道徳的な義務と責任について論じています。パパネック氏自身が述べているように、社会的なニーズに取り組むことが重要です。

「最近のデザインは、一過性の欲望や欲求しか満たしていない。そして、人間の真のニーズは無視されている」

これは、サービスデザイン、人間中心のデザイン、デザイン思考において、私たちが「価値」や「共感」と呼ぶものではないでしょうか?

今日のイノベーションの権威には衝撃を与えるかもしれませんが、パパネックは著書のなかで何度も「イノベーション」を参照しています。そして、イノベーションとは「複雑性を単純化した結果」であるとしています(アインシュタインの言葉「物事はできるかぎり単純にすべきだ。ただし、単純にすぎてもいけない」を思い出させます)。そのためにパパネックは、経験・知識・直感を引き出すべきであるとしています。若手のイノベーションの起業家たちは、気を付けておきましょう。

楽しい……ですよね?

それでは「デザイン思考の理論の歴史」第1回を終わります。次の記事では、デザイン理論の第二の波を探求します。リチャード・ブキャナン、ナイジェル・クロス、ドナルド・ショーンといった人物を見ていきましょう。

注意:本記事(および続編)は、私の博士課程の研究を要約したものです。これらの批判的考察を参照する場合は、どうか私の記事やアイデアも参照に含めるようにしてください。画像もすべて私に帰属します。ありがとう。おやすみなさい!

東京工業大学エンジニアリングデザインプロジェクト

Solve various problems in society through engineering design

    角 征典 (@kdmsnr)

    Written by

    ワイクル株式会社 代表取締役 / 東京工業大学 特任講師 / 翻訳『リーダブルコード』『Running Lean』『Team Geek』『エクストリームプログラミング』他多数

    東京工業大学エンジニアリングデザインプロジェクト

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