タテマエメソッド

d.schoolのデザイン思考に「POV madlib」というツールがあります。

POV madlib by d.school

POVはpoint of viewで「視点」という意味、madlibは「穴埋め問題」のことを指します。つまり、穴埋め問題を記入することによって、視点をうまく切り替えながら、課題を解決していきましょう、というものです。

オリジナルのテンプレートは以下のとおりです:

[USER] needs to [USER’S NEED] because [SURPRISING INSIGHT]
| [ユーザー]は[ニーズ]をする必要がある。
| なぜなら[驚くべきインサイト]があるからだ。

「東京工業大学エンジニアリングデザインプロジェクト」でも当初はこのテンプレートを使っていましたが、どうもありきたりというか、当たり前の視点しか出てきませんでした。よくあるのは「友達に伝えたいからだ」のような社会的な欲求、「役に立つからだ」のような機能的な欲求、「楽しいからだ」のような感情的な欲求です。いずれも「まあそうだろうね」の域を出ることはなく、驚くべきインサイトからは程遠いものでした。

というか、インサイトとは?

ところで、「インサイト」とは何でしょうか。「気づき」と訳されることもありますし、「見識」や「明察」と訳されることもあります。あるいは「劇場版 機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編」のラストの字幕に

And now… in anticipation of your insight into the future.
(そして、今は皆様一人一人の未来の洞察力に期侍します)

とあったことから、頑なに「洞察」と訳す人もいます。まあ、私はぜんぜんガンダム世代ではないので、普段は「知見」を使っています。何の話だ。とにかく、これまでは認識していなかったけれど、何かをきっかけに新たに気づいた情報のことを「インサイト」と呼ぶわけですね。

インサイトの発見にはTCSを利用せよ

d.schoolでは、こうしたインサイトを発見するきっかけとして、3つの切り口を提唱しています。それは、tensions(対立)、contradictions(矛盾)、surprisings(驚き)です。それぞれの頭文字を取って、私は勝手に「TCS」と呼んでいます。

さて、元のテンプレートに戻ると[驚くべきインサイト]を穴埋めしろとあります。しかし、そう簡単にインサイトは見つかるものではありません。そこで、いっそのこと「TCS」をテンプレートに入れ込んでしまえばいいのではないかと思い、東京藝術大学の八木澤優記先生とホワイトボードの前で立ち話をしながら、新しいテンプレートを作ることにしました。

タテマエメソッドの誕生

そこで生まれたテンプレートがこれです:

[状況]にある[ユーザー]は、 
[行動]をしている or する必要がある。
なぜなら[タテマエ]だからだ。
とはいえ、本当は[インサイト]である。

前半部分にも少し手を入れていますが、注目すべきは後半部分です。

まずは[タテマエ]を見つけ、「まあそうだろうね」の段階をすばやく通り過ぎます。ここは簡単に見つかるはずです。重要なのはここからで、「とはいえ…」と続けながら視点を変え、ユーザーの深層心理を探り、最終的に本当の[インサイト]にたどりつく、という構成になっています。

ここで[タテマエ]と[インサイト]の関係がTCSになっていれば成功です。つまり、対立・矛盾・驚きが成立していれば、不自然な状況になっている(= 解決すべき課題がそこにある)ということになるわけです。

まずはタテマエを置く、というところがすごく日本的であり、日本人に使いやすいツールになっているのではないかと思います。

タテマエメソッドの効果

このツールの誕生によって「まあそうだろうね」の割合は大幅に減りました。なかなかおもしろいPOVも出てくるようになりました。「とはいえ」を明示的に示すことで、本来の「視点の切り替え」という目的に合致したツールになったということでしょう。

例を示しましょう。d.schoolの資料に「悪いPOVの例」として、以下のような文章が載っています。

10代の女の子は、 
栄養のある食事をとる必要がある。
なぜならビタミンは健康に不可欠だからだ。

「まあそうだろうね」という感じですよね。これにタテマエメソッドを適用してみましょう。すると、たとえばこんな感じになります。

10代の女の子は、
栄養のある食事をとる必要がある。
なぜならビタミンは健康に不可欠だからだ。
とはいえ、毎日は食べられない。

こうすることで、「不可欠」なのに「食べられない」という「対立」が生まれ、そこに解決すべき「課題」が浮かび上がってくるのです。じゃあどうすればいいのだ、という次の段階に移ることができるのです。

タテマエメソッドの課題

とはいえ、それでもまだ「使いにくい」という声が聞こえてきます。特に、新規的な事項を扱うときは「課題解決型」ではなく「価値提案型」になりますので、「とはいえ」の対立は不要なのかもしれません。

ですが、自分たちの使いやすいツールを作ることもデザイン思考の一貫だと思います。学生のみなさんには、ぜひとも使いやすいオリジナルのツールを作ってくれることを期待しています。

講義で使用したスライドもあります。あわせてご参照ください。

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角 征典 (@kdmsnr)
東京工業大学エンジニアリングデザインプロジェクト

ワイクル株式会社 代表取締役 / 東京工業大学 特任講師 / 翻訳『リーダブルコード』『Running Lean』『Team Geek』『エクストリームプログラミング』他多数