魔法の言葉「圧倒的当事者意識」
東京工業大学エンジニアリングデザインコースでは、春の「デザイン思考基礎」という講義で「羽田空港にいる外国人にインタビューする」というなかなかハードルの高い(デザイン思考を学ばせたいのか、英語を学ばせたいのか、いまいちよくわからない……)経験をしてもらっています。
なぜそんなことをしているのかというと、デザイン思考の最初のステップが「共感(empathy)」だからです。建物(講義室)の外に出て、ユーザーに直接インタビューしたり、現場の様子を参与観察したりすることで、とにかくユーザーの世界に飛び込んでみよう!! というわけです(そのことをimmersionと呼びます)。
年間を通じて、この「共感」プロセスを継続的に行なっていくため、このような大変な思いを最初に経験しておくと、あとから楽になるようです。
実際の受講生の言葉を紹介しておきます。
外国人にインタビューすることに比べたら、日本人にインタビューするなんて楽勝っすよ!!(研究者志望のAくん)
でも、それで「共感」できたら苦労しない
これまでインタビューをしたことのない人が「はじめてインタビューをする」というのは、想像以上に大変です。実際にインタビューに行くまでに、いくつもの心理的ハードルが存在します。ですが、その点については、上記の(乱暴だが)効果的な方法で、うまく解消できています。
すると次に問題となるのは、インタビューしても「共感できない」というものです。もちろんインタビューがうまくないと表面的な話に終始してしまいますが、そういうレベルの話ではなく、たとえインタビューがうまくても「他人事」のまま終わってしまうのです。そうすると、ソリューションも「他人事」、プロトタイプも「他人事」、テストも「他人事」になり、チームからみるみる活力が失われていきます。
これじゃあダメだと、最初のうちは「共感できてないよ!! もっとちゃんとインタビューしよう!!」と伝えていました。そう伝えるだけで共感できるようになる、そんなふうに考えていた時期が私にもありました……。でも、それで「共感」できたら苦労しないわけですね。
なにがダメかというと「共感」の定義がないからです。でも、「共感」の意味を定義して、それに合致しているかを確認する、みたいなことをしたいわけではありません。そんなことをしたら、逆にウソくさくなるでしょう。そもそも「共感」という言葉がキレイすぎて、なんだか近寄りにくい響きもあります。「共感」という言葉そのものに共感できないわけです。でも、どうにかして「共感」のイメージを伝えなきゃいけない。
どうしたもんかと悩んでいたところ、TdX講演会#01「チームと開発者Kaigiづくり」にゲスト講演者として来ていただいたDroidKaigi代表理事(*1)の日高正博さんから、有益なヒントをもらうことができました。
それが「圧倒的当事者意識」です。
圧倒的当事者意識
元々はリクルート社の企業文化だった言葉が、DroidKaigiのスタッフのなかで流行したものだそうです。私もすぐに影響を受け、授業で頻繁に使うようになりました。言葉のチカラというのはすごいもので、「共感できてないよ」を「圧倒的当事者意識が足りてないよ」にするだけで、「なんだかよくわかんないけどやらなきゃ!」という意識に変わりました。
ここで重要なのは、言葉の意味を定義せずに、とにかく勢いで押し切ることです。そのためには、意味のわかる単なる「当事者意識」ではダメで、意味がよくわからない「圧倒的当事者意識」にする必要があります。なんだかわからないけどすごい、そういうパワーワードが必要なのです。
いまでは他の先生方や学生たちも使ってくれるようになりました。「タテマエメソッド」とも対になっているので、まずはタテマエを使って、それから圧倒的当事者意識で、という具合にうまく住み分けができています。
また、圧倒的当事者意識は「共感」ステップだけでなく、「プロトタイプ」や「テスト」でも使える魔法の言葉です。対象となるユーザーが高齢者であっても、幼い子どもたちであっても、学生の皆さんには「圧倒的当事者意識」を持ってプロダクトを作ってほしいと思います。
「圧倒的当事者意識」を教えていただいたDroidKaigiのスタッフのみなさんには、感謝しかありません。感謝っ……! 圧倒的感謝っ……!
(*1) DroidKaigi 2016が東工大で開催されたという経緯があります。