イモほり、宿題、本

うちの母親が、鳴門金時の苗をもらってきてサツマイモを畑で育てていたのであるが、さて、そろそろ収穫のとき、ということで、近所の子どもたちらを呼んで、イモほりをした今日。ワッサワッサと生い茂った葉っぱやツルをまず、取り除いて、茶色い土をほる。出てくる赤紫のサツマイモたち。土の中にうまったイモを掘り出す、という作業の繰り返しだが、みんなでやるとなぜか楽しい。一人でやるとかなり退屈な単純作業にもなりそうだが。というか「ここの畑のイモ、一人で全部ほっといて。1時間で」とか言われた日には自分の人生呪うよね。

で、イモほりしながらも、私の頭の片隅にあったのは「宿題」のことである。「宿題」とは、「参加者が3ヶ月の講義のうちに出版社をそれぞれ立ち上げる」ことを目的とした「徳島パブリッシングプロジェクト」の初回講義で出されたそれのこと。「mediumに初回講義を受けて、何か書け」というものだ。初回講義があったのは確か10月2日。知らない間にそれから20日も過ぎ、ああ、あと10時間もしないうちに第2回講義が始まるじゃないか、という状態で、イモをほった日の夜中にその宿題に取り組んでいる。あ、この文章そのものが、「宿題」というdeliverable である。

「イモほり」とか「宿題」とか、こんな語彙がたくさん出てきたら、子ども時代を思い出すなー。

小学生の頃は、ランドセルに教科書をたくさん詰めて、毎日、学校に歩いて通った。中学生の頃は、自転車で学校に通った。中学生の頃の記憶があまりないので、教科書をどうしてたか覚えてない。高校生の頃は、列車に乗って学校に通った。家で使わない分厚い教科書とか参考書は教室に置きっ放しにするようになった。

大学生の頃は、生まれ育った場所を離れて東京に住んでいた。長い休みには帰郷した。その度に、課題のレポートを書くためにたくさんの本を段ボール箱に詰めて宅急便で実家に送った。大半の本は読まれないまま、休みが終われば東京に送り返された。大学院生の頃は、日本を離れてイギリスに行き、現地でたくさん本を買った。帰国するときに段ボール箱数箱分の本を、いかに安く日本に送るか色々調べて、なんか、結局、別送便の航空便で送ったような気がする。子どもが生まれてメキシコに行ったときには、子どもの絵本や自分の本を段ボール箱数箱分、送った。帰国するとき、また箱に詰め直して送り返した。

と、これまでの人生を振り返ると、本を(読みもしない本も)やたらと移動させてばかりいることが分かる。本は重い。重いから輸送にもお金がかかる。面倒なことばかりだが、本がそこにあれば、安心した。多分、本というカタチがあるものを所有することで、カタチがない「知」や「物語」を自分のものにできるような気がしていたから。

今。もう38歳になった今なら分かりますよ。ただ本を自分の近くに並べてたからって、賢くならないことは。分かっていない物語を分かったことにはできないことは。そして、本があの重さから解放され、デジタル化されてとてもうれしい。ただただ、その重さがないこと、がうれしい。

しかし、鬱陶しいのは、デジタル本を買うと、すべて自分の購入履歴として残ってしまうことだ。「なんか軽く読み飛ばしたい小説」をkindleで買うと、クラウドライブラリにずっとデータが残るし、Amazon側に購入したという履歴が残ってしまう。そんな本を読んだことなんか、なかったことにしたくても。(森さんも言ってたけど、デジタルデータの方が捨てるのが難しい!)人に隠れてこっそり読んでいたい本があっても、自分の名前も住所もクレジットカード番号も知っているAmazonさまが、買ったことを知ってるとなると、なんだかこっそり感もないよね。

講座で参考図書に挙げられていたクレイグ・モドの「ぼくらの時代の本」を読んでいたら、「紙」の本として残るのは、「物理的な形態がコンテンツと結びついて、内容をより輝かせる」ものだとか、「形状と素材の使い方に自覚的」なものだとかが挙げられていて、それはそれで同意するけれど、ほかの本も紙で残ってほしい。Amazonにidentifyされずに本を買いたいときのために。あと、自分が読んだ本を人にあげる、とかって機能、kindleでできるようになんないかしら。ならないんなら、やっぱり紙の本は残ってほしい。デジタル版てシェアに適しているはずなのに、シェアできないというのがよくわからん。

kindlle本などのいわゆる電子書籍は、重さはないけれどまだ輪郭のある本。ある種の本は重さともに、輪郭も失ったという話については、また今後、考えたい。

あと、名刺作って、ワークシート完成させるという宿題もあるんだった。明日、朝起きたらやろう。今日の晩御飯は掘ったサツマイモ入りのカレー風味豚汁でした。カレーと味噌は合う。

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