地域のオープン化戦略をいかに組み込むか

江口晋太朗 | SHINTARO Eguchi
TOKYObeta Journal
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10 min readJan 20, 2019

現在執筆中の本の取材で、井上貴至さんに久しぶりに会う機会があった。

井上さんは総務省に入省後、地方創生の活動のなかで「地方創生人材支援制度」を提案し、自身が第一号として鹿児島県長島町で副町長として二年間働き、長島町で次々と新しい施策を実現してきた。もともと、地域力おっはークラブという朝会を企画したり、学生時代から自費でほぼ毎週末地方に足を運びまちづくりの活動の実際の現場に伺ったりとエネルギッシュな人物だ。

長島町では「食べる通信」を企画したり、地域でも早い段階で東京の求人サービスと連携して地域人材の求人を始めたりと、いくつもの施策を打ち出している。特に有名なのは、地域の金融機関と組んで始めた「ぶり奨学プログラム」だ。

ぶり奨学は地元の高校生や大学生が受けられる奨学ローンで、高校や大学で一度地元から離れても、卒業から10年以内に地元に帰って就職すれば、その返済金の元金分を町が補填する制度だ。また、利息分は町が全額負担で、かつ、その負担金の多くを町民の寄付によってまかなっている。運用してから2年近くたり、100名近くの若者が利用し、すでに数名ほどの若者が長島町に定住しているとのことで、効果も少しづつでてきているとのこと。

そんなぶり奨学の話から派生して、辻調理師専門学校と提携することができたという。調理師専門学校は、大学と比べても授業料が高く、昨今の人口減少とともに、若い人材の減少傾向があることに頭を悩ませており、ぶり奨学を活用することで、若い人が調理師を目指すきっかけになれば、ということから提携が始まったとのこと。

多くの調理師の人たちはいつか地元でお店を開きたいと思う人も多いようで、地元の旬な野菜や魚といった地域の食材を活用した料理やメニュー開発をしたいと考えている。地域の風土や文化によって培われた食材活用、そこにある歴史を体験することは、まさにガストロノミーの一端である。

調理師専門学校との提携をきっかけに、調理師の技術やノウハウや知識を地元の漁師や地元のレストランなどが知ることにより、結果として、地域の食のレベル向上に役立てるようなことも視野にいれているという。

調理師が持つノウハウや知識を惜しみなく地域に還元するという考えは、スペインにあるサン・セバスチャンを参考にしたと井上さんは語る。食の素材が豊かにあるものの、目立った産業がなかった町が、現在では新たな美食の町として世界中の美食家がこの地を訪れるようにまでなったサン・セバスチャンのように、農業と漁業が盛んな長島町を食を軸に町の活性化に生かせないかという考えを持っていた。

食のオープンソース化戦略

このサン・セバスチャンの歴史を少し振り返ってみる。サン・セバスチャンの始まりは1970年代後半、同地域出身のシェフ、フアン・マリ・アルサック氏が「ヌーヴェル・キュイジーヌ」に出会い、そこからインスパイアされたアルサック氏含めたサンセバスチャンのシェフたちが、自分たちでも新しい料理を考えようと地元の素材を活かしながら、新たな料理への開発に取り組み始め、伝統に革新を加えた料理「ヌエバ・コシーナ」というムーブメントが起き始めたという。

photo by Pug Girl on Flickr

もともと目立った産業がなかったサン・セバスチャンだが、「ヌエバ・コシーナ」を目指し多くのシェフが集まり、研究を重ねながら少しづつそのムーブメントが起き始めた。とはいえ、ムーブメントはただ一部のシェフたちがはじめても動き出すわけではない。ポイントは、これまで料理業界ではありえなかった「レシピの共有」を実行したことにあるという。それまで、シェフの世界はある種の職人的世界観により徒弟制度のもと、いかに味を盗むかが重要視されていた。

それに対して、「レシピを共有する」ことは自分が苦労して考えたオリジナルを失うことでもあり、本来であれば、オリジナルの味として門外不出にすることによって自身の価値を高め、それによって自身のレストランの売上を挙げたり集客をしたりするはずだ。それを共有化することにどのような価値があるのだろうか。

しかし、蓋を開ければサン・セバスチャンという街全体のレストランのクオリティが高くなり、そのクオリティの高さがさらに多くのシェフたちを集める要因となる。次第に街にミシュランで評価されるほどのお店が次々と立ち並び始め、いまでは世界中の美食家にとって欠かせない街にまで成長した。さらに、サン・セバスチャンではいくつもの「美食倶楽部」というサークルがあり、サークル内で意見交換や研究が行われ、それらが日々の活動をアシストするコミュニティとして機能としてた。これらをきっかけに、大学や食を学ぶための様々な機関が設立され、そうした活動の積み重ねによって、現在のサン・セバスチャンが築き上げられたのだ。

私達は、この事例から何を見い出せばよいのか。それは「レシピの共有」とともに、街全体が新たなムーブメントを生み出そうという連帯感があったことで、互いに学び合い、共創しあう文化が醸成されていったことにある。もちろん、ここではミシュランレベルのシェフや、新しい挑戦をしようとする新進気鋭のシェフたちが考えるレシピだったからこそというのも忘れてはいけない。それは同時に、彼らにとって常に新しい成長と学びを図ろうとするがゆえに、作り上げた知識や技術を惜しみなく共有化し、それによって高みを目指そうという考えがある。

レシピの共有は、いわゆる食の「オープンソース」化と呼べるもので、街全体の食レベルの基盤が構築されるようになる。若いシェフも年配のシェフも、アクセスできるレシピや料理法は同じ。若いシェフにとっては料理の技術を上達させやすく、年配シェフは、共有されたレシピの型をもとに、自身のオリジナルの料理を生み出す、素材として活用しやすい。一人ひとりシェフのみならず、街全体がレシピにアクセスすることで、結果として地域の料理としての型を自分たちで作り出す、まさに「伝統」を作りながら、日々研究を重ねることで「革新」を続けていくための素地を作り上げているといえる。

こうした情報を「シェア」することは、地域を考える上で大切にしたい考えである。長島町の副町長だった井上さんも、長島町でやっている一つひとつの取り組みは、よその地域でも真似できるものばかりで、積極的にみんなで真似してもらいたいと話している。事実、井上さんが取り組んだぶり奨学も、いまでは氷見市や下仁田町など全国の自治体にも導入が進んでいる。自治体だけでなく、その地域で活動する地域金融機関の存在も大きい。氷見市では、銀行・信金・協同組合の壁を超え、市内のすべての金融機関が手を組んでいるところもある。

こうした、地域を巻き込んだり、自社だけの囲い込みではなく、シェアや他社や他業種とのコラボによって、結果として自社も他社も利益を上げる方法は、自分“だけ”の利益ではなく、地域“全体”の利益を考えようとした結果生まれる方法論で、こうした動きは各地で起き始めている。

少し形は違うかもしれないが、東京・谷中にあるHAGISOが行っているhanareという分散型ホテル、いわゆる「まちやど」という考え方が広がり始めている。これは、従来の囲い込み型の宿泊スタイルではなく、地域の商店と連携しながら、いかにして街全体の経済圏を作り上げるかを考える考え方である。これは、場所性によって価値を持っている空間だからこそ、地域全体とのつながりのなかにある連携性のなかにおいて、点ではなく地域の面全体で経済圏が成り立つことが、結果として点そのものに対しても影響が波及するというものである。

点つまり個の魅力がつながることで面が強化され、面全体が活性化することで点にも好影響を与える。つまり、個と全体が相補に影響しあっているのだ。持続可能な経済圏を作り出す一つの考え方に、この個と全体性の関係をデザインすることは大きな軸となりうるだろう。これは、まさにシビックエコノミー的考え方であり、自分たち事をデザインしている事例であるといえる。

ノウハウ共有を超えたもの

レシピやアイデア、技術など、様々な知識のことを「ノウハウ」と私達は読んでいる。ノウハウ、英語では「Know How」である。つまり「物事や動作においてどのようにするかを知っている」と訳すことができる。この「How」の部分において実は2つの言葉が続く。「How What」と「How Why」だ。「How What」とは「何をどのようにするか(を知っている)」である。レシピであれば「どのような食材を、どのような手順で、どのような調理法で調理するか」だが、もう一つの「How Why」を知ること、つまり「なぜそのようにするか(を知っている)」こそが、本来のノウハウである。「なぜその調理法なのか、なぜその火入れのタイミングなのか、なぜ、そのような下味にすると食材にとって良いのか」という、具体的な方法の裏側に培われた、目に見えない価値の部分にまで考えを及ぼすことによって、真の理解を得ることができ、そこから新たにオリジナリティを生み出す源泉となる。

学習においても同じことがいえる。ただ数学の公式を覚えるのではなく、なぜその公式を使うのか、公式を使うことで導き出せる考え方を自身が理解していることが重要である。たまたま似たような問題であれば覚えていた公式を当てはめるだけでよいが、応用問題や複合的な問題になった瞬間に解けなくなるのは、そうした自身の理解が暗記的になっている証拠である。Whatでなく、Whyによって物事を理解すること。ノウハウの本質はまさにここにある。

食のオープンソース化は、例えば地域の伝統料理や調理方法などを共有化し地域全体に広がることで、次の世代へと継承する機会を生み出す。その地域の文化資源を共有することで、よりその文化資源の価値を高めるための一手をつくることができる。また、ただ継承するだけでなく、いかに革新をしていきながら次なる伝統を作り出すか。そのためにも、ノウハウを共有することには大きなメリットはあるはずだ。

現在行われている様々な地域活性の事例も、コンテンツなりプロジェクトをそのままのものを真似するのではなく、自分たちの地域の実情に沿った形でカスタマイズは必要で、そのカスタマイズも含めた調整こそがクリエイティビティである。その事例が生まれた背景や事例の裏側にある緻密な仕組みを理解し、それらを分解しながら、自分の現場、自分の地域や組織においてどのように応用できるのかを理解すること。なんとなく事例の魅力さに惹かれ、同じようなものをやれば自分たちの地域も大丈夫、と無思考にプロジェクトを導入しようとするのではなく、自分たちの足元をきちんと理解し、なにが問題で、自分たちの地域の文化や風土、特徴を分析しながら、どのような応用が可能なのか。

大事なのは、コンテンツそのものだけでなく、いくつものプロジェクトを通して解決したい地域の課題がなにで、それに対してどういうアプローチをしていくか。地域のこれまでの歴史や文化、過去の経験などをもとに、どのような打ち手を行っていくか。まちの文化資源を見出し、その文化資源をどのように共有化すれば次なる価値へと転換できるのかを考えることが重要になる。

自分たちの地域を自分たち事化し、どのようにプロジェクトを起こしていくか。そのために、シェアできるものはなにか、他社なり他の地域からシェアしてもらえるものはなにか。地域同士が、競争ではなく共創する関係になっていくことによって、社会全体がより良いものになってくるはずだ。

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