「遠くからでも見える人 — 森北 伸 展 絵画と彫刻」展覧会コラム

Arts Towada
Towada Art Center
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6 min readOct 26, 2017

いま自分が存在している世界は、どんな場所であるか。森北伸の作品は、自分を取り巻く世界の捉え方のヒントをくれる気がする。

愛知県立芸術大学美術学部の彫刻を専攻した森北は、90年代から活動を続け、彫刻作品だけでなく絵画やインスタレーションなど幅広い表現方法で取り組み、国内外の展覧会で作品を発表している。家、人がモチーフとして度々登場し、丸や棒線など視覚的にシンプルな形が絶妙なバランスで構成される。

森北 伸

2009年にドイツのザクセン州立美術館で行われた展覧会「KAMI:静と動―現代日本の美術」では、コラージュ作品《無題》を出品した。この作品は、四角い画面の中央に、向き合って俯いた2人の人間が描かれ、一人は顔から支え棒のような線がとびだし、もうひとりは赤い格子の柵に囚われているようで、体の線が消えかかっている。その周りには原稿用紙に描かれたドローイングのビル、家、炎、山、木があり、淡い画材の色と、言葉のような走り書きがそれらを説明するかのように書かれている。どこかの国の物語か、想像をかきたてられる作品である。

また、今年の9月17日まで東京のケンジタキギャラリーで行われた「森北 伸 新作展−so alone」では、絵画や彫刻、照明作品も展開されていた。絵画作品は、線で描かれた人や月、湖、家、穴のモチーフが、深い青、緑、灰色などで塗り込められた静謐な画面の中に存在していた。また、木を切り出した人の形のような彫刻は三つ足のテーブルの上に置かれ、人の頭部分が照明になったようなあかりの灯る作品は、現代生活のツールと原始的なイメージを放つ素材との組み合わせが新鮮な表現になっていた。

森北が立体作品に扱う素材は多岐にわたり、鉄、真鍮、銅、陶器、土、ガラス、木などそれぞれの特性を生かし、素材の持つ質感やイメージを活かしながら、空間に作品を生み出していく。

現在、十和田市現代美術館で開催中の展覧会「遠くからでも見える人―森北 伸 展 絵画と彫刻」では、常設展示の《フライングマン・アンド・ハンター》から繋がる過去作品と最新作を展示している。3つの展示室で構成され、最新作の絵画と彫刻の第一展示室、過去の作品を紹介する第二展示室、そして作家が一貫して取り組む制作の根源的な世界を垣間見るようなインスタレーションのある第3展示室である。

第一展示室にある今回のメインビジュアルの絵画《stranger in blue》は、画面の下に青い湖面があり、二人の人の形が手に松明のような灯りを持っている。さまざまな色の重なりの上にある象牙色の質感は砂漠を思わせ、夜空に5つの青い月と星が浮かんでいるが、同じように展示室の壁に、5つの丸い月に頭がくっついたような人の形の立体作品《月への使者》が展示されており、この腰の部分は湖をモチーフとしているという。

また、モーターで回る彫刻作品には目のようなガラス玉が埋め込まれ、ぐるりと回る様子は展示室を一周眺めるかのようである。展示を見に来た方々には、ぜひ思い思いの物語を紡ぎながら作品同士の関係性も踏まえて楽しんでいただきたい。

展示風景

第二展示室には、常設展のフライングマンの原型と言える立体と、大型の絵画《Nowhere Man》が展示されている。飛ぶことに身構えているのか、これから飛び立とうとしているのか、手を広げてかがんだ《フライングマンの原型》は、しっかりとした人の足のフォルムをしている。背景の絵画は世界地図にも見えるが、第一展示室に見られるような立体の形や最新作の中にも見られる要素が詰まっており、10年前の作品の中にすでに一貫して作者が表現したいものの根が張り巡らされているように感じる。

《フライングマンの原型》

第3展示室は過去に発表した作品《a colony on the table》の2017年版である。作家の内面世界のように神聖な雰囲気の展示室であり、吊るされた円形の照明作品の下に、テーブルが2段重なっている。上にはドローイングが広がり、テラコッタやガラスの球体、銅で作られた人型が立ち上がり、展示室に浮かび上がる影が一層存在感を増幅させている。テーブル2段目の頂上には、正面から見ると何かの形かと思われる立体が、側面に回るとブリッジをするような人の姿であるとわかる。もしかしたら作家自身の姿かもしれない。地に着いた頭からイメージやドローイングが流れ、棒を手に持った人が立ち上がっている。

《a colony on the table 2017》

森北は、絵画と彫刻を行ったり来たりして創作のバランスを保っているという。過去から現在の作品に登場する人物を見ると、初期の頃、人間の骨格に基づいてくっついている肉感はだんだんと薄くなり、現在はぺらぺらの紙のような薄さになっている。しかしどんなに薄くなっても人の存在感は変わらず、逆に2次元と3次元を自由に行き来している。また、作品の中の人は、最初は俯いていたが、だんだんと顔が上がってきており、最新作では真っ直ぐ前を見るか、斜め上を向いている。何も手に持っていなかったものが、棒や火、明かりを持つようになった。森北の作品は思想が織り交ぜられながら展開しつつ、作家自身が俯瞰的に作品を見つめながら、様々な世界の軸を行ったり来たりして構築している。今後どのように作家の世界が進化していくのか、見届けたい。

執筆:十和田市現代美術館 学芸スタッフ 新岡 恵

《stranger in blue》

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