いつもの秋になったらブログをやりたい波が来た

それこそ昔は240px×320px時代の携帯で夜中2時間も3時間もベランダでポチポチポチポチそれこそ半角カナでポチポチポチポチ何があんなにも溢れていたんだろう、自分の思っていることを書くということが全然苦じゃなかった。

今から10年前の2006年、当時の私にとって携帯というのは

  1. 今読み返したら何にも本当に意味なんかないけれど毎日の出来事や考えてることをポチポチ文章にする
  2. それを自分に酔いながらミクシーにアップする
  3. ミクシーの足跡をチェックする
  4. アップできないようなことをポチポチした時は下書きボックスに大事にしまっておく
  5. もう一度ミクシーの足跡をチェックする

私にとって携帯電話はあの頃ミクシーと下書きボックスだった。

携帯の着信音が単音から4和音になったことがイノベーションだった私たちの携帯は
2008年でしたかね、長方形の黒光りの方の登場を機にいつからか綺麗な写真が撮れるようになった。
その写真をイケてる風に見せるアプリというものまでできた。

私にとって携帯というのはいつからか

  1. 写真を撮る
  2. その写真をインスタグラムにアップする
  3. その写真がもっと気に入ったらフェイスブックにもアップする
  4. 暇な時は何も考えずにインスタグラムかフェイスブックを意味もなくスクロールする
  5. インスタグラムもフェイスブックもスクロールし終わったらユーチューブに行ってスクロールする

私にとって携帯電話はいつからか意味もなくスクロールする物体と化してしまった。

この10年で脳から何も溢れなくなっていることに気付いた。
この10年、結構色々あったのに。
それを毎日じゃなくてもいいから、
何かしらの形で残していたらどんなに素晴らしかったことだろう。

インスタグラムには私の2010年からの写真がズラリと残っている。
その数4000以上である。
たまに何でか怖くなったりして非公開にするけれど、基本的には公開の航海、
私のインスタグラムはおっぴろげ状態である。

私はテイラースイフトではないので歴代の彼氏も何もかも消さずに置いてある。
我ながらなかなかの度胸である。
そんな私がいざブログとなると、いざ文章となると
おっぴろげが恐ろしく怖いのである。
私はテイラースイフトではないので
私が何を公開しようと世間様方は何にも気にしないということもわかってはいるのに
アクセスがある前から、アクセスが0の段階からアクセスが1000やら10000やらの時のことを考えて怖いのである。
写真と文章の日記ブログをしたい、だけど写真載せるの怖いなぁ。
とインスタグラム大公開中の私が思っているのである。

アホ以外の何物でもない。

というあれやこれやのは全部言い訳で
ただ単にこれは毎年恒例でやってくる自分の日記を残すブログをやりたいのにやっていない祭りです。

このような文章を今年も書いていることを、誇りには全然思いません。

ありがとうございました、以上です。