リクルートに伝わる、主体性=当事者意識を文化にする魔法の言葉「お前はどうしたいんだ!」

人材輩出企業リクルートの魔法の言葉「お前はどうしたいんだ!」

さて、前回は新卒でリクルートに入社した僕が、教育係のUさんから人材輩出企業リクルートの魔法の言葉、「お前はどうしたいんだ!」を投げかけられ、「担当者が『どうしたらいいですか?』と人に聞くのは責任転嫁だ」「人に言われたとおりにやって、それで仕事が面白いんか?」と言われたところまでを書いた。

誰に聞いても「お前はどうしたいんだ!」

Uさんに「お前はどうしたいんだ!」と聞かれて何も答えられず、スゴスゴと席に戻って「自分はどうしたいのか」と考え始めたけど、新人の僕にそんなことわかるはずがない。そこで一計を案じた。Uさんが席を立った隙に他の先輩に聞いたんだ。

「この仕事を担当することになったんですけど、どうしたらいいんですか?」

その先輩は即答した。

「お前はどうしたいんだ!」

同じ課の先輩に何人も聞いたけど、答えは同じ。

「お前はどうしたいんだ!」

とうとう、隣の課の先輩にまで聞いたが、その先輩も笑いながら、

「で、高野君はどうしたいの?」

社内のどこに行っても、誰に聞いても返ってくる答えは「お前はどうしたいんだ!」なのだ。そして、どこに行っても、誰に聞いても、何の仕事でも「お前はどうしたいんだ!」と言われ続ける。アタマで合理的に考えて「こうすべきだと思います」なんて言った日には、「おまえがどうしたいのかを聞いてるんだ!」とどやされる。

当事者意識があってはじめて、仕事に本気で取り組める

自分の中から湧き上がる「僕はこうしたいんだ!」という心の声が聞こえるまで、「お前はどうしたいんだ!」は繰り返される。考え抜いても正解がわからず、誰も決めてくれず、自分で決める。自分で決めた方法で取り組むと誰にも責任を転嫁できない。後には引けなくなって、なりふり構わず、本気で取り組むようになる。それが当事者意識、即ち主体性だ。

そして「僕はこうしたいんです!」という言葉がでたとき、拍子抜けするほどあっさりと「よし、お前に任せた」とくる。後になって気づくんだ。先輩たちが最初から最後まで、自分のことをちゃんと見ていてくれて、いいタイミングで手を差し伸べていてくれたことに。

当事者意識を“文化”にした言葉、「お前はどうしたいんだ!」

こうしているといつの間にか、意見を言うときにはまず自分はどうしたいのかを言おうとするようになる。そしてそのために、何かにとりかかるとき、何かを決めるとき、「俺はどうしたいんだ」とまず自分に問いかけることが癖になる。その癖がついてから、後輩を迎えると、後輩から「どうしたらいいんですかあ?」と聞かれると、やけに無責任な発言に聞こえて腹が立つようになり、自然に「お前はどうしたいんだ!」ときつく言うようになる。

こうして「お前はどうしたいんだ!」は時を超えて受け継がれていく。まさに“文化”だ。

どこで、どんな仕事に就いても、この癖が身についている元リクは、仕事を自分ごととして捉える。だから重宝されるんだろうと思う。

僕はこれがリクルートの強みのひとつだと確信しているし、これを若手に叩き込む文化こそがリクルートの競争優位のひとつだと思っている。

「お前はどうしたいんだ!」は相手の立場に立つことも教えてくれる

後輩を持つようになったとき、決して無責任にこの言葉を使ってはいけない。後輩にそれを言う以上、自分にも「自分ならどうしたいか」がなければならない。そうでなければ責任を持った的確なアドバイスはできない。

あるいは自分がやったことのない仕事のことで相談を受けるかもしれない。そのときも「自分がその人の立場だったら、どうしたいと思うか」と自分に問いかけ、自分ごととして考えて答えなければ無責任だ。だからリクルートでは、相談すれば責任を持った意見が返ってくるし、責任を持った意見は受け入れやすいから活発で有効な議論が起きる。

この文化によって、上下に関係なく互いに異なる意見を言うことが許容される組織になる。これが「お前はどうしたいんだ!」の副次的な効果だ。


※本記事は旧ブログからの転載です。

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