スタティスティシャンとはどのような仕事なのだろうか

Hidemasa Oda
UeSaku Diary
Published in
8 min readSep 11, 2016

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今回は日本では馴染みの少ないスタティスティシャン(Statistician)という仕事について解説をします。

スタティスティシャンは統計学を用いる仕事です。スタティスティシャンの多くは政府機関で働いています。しかし、民間企業で働いているスタティスティシャンもいます。例えば、製薬会社で新薬の効果を測定する専門家や、シンクタンクでビックデータを解析して政策立案・政策提言を行う専門家もスタティスティシャンです。

スタティスティシャンの職能団体

専門的資格を持つ専門職従事者らが、自己の専門性の維持・向上や、専門職としての待遇や利益を保持・改善するために、組織する団体を職能団体(Professional Body)と言います。

スタティスティシャンの職能団体は、英国の英国統計学会Royal Statistical Society)と米国の米国統計学会American Statistical Association)とが有名です。

英国統計学会(RSS)は、1834 年に Statistical Society of London として発足しました。英国の統計に関する職能団体には、Royal Statistical Society と Institute of Statisticians との2つの団体が存在しましたが、1993 年に 前者が後者を吸収合併しました。会員数は約 7,200 人です。

米国統計学会(ASA)は、1839 年に Boston, Massachusetts で発足しました。米国に2番目に古い職能団体だそうです。会員数は約 18,000 人です。

プロとしてのスタティスティシャン

英国統計学会(RSS)と米国統計学会(ASA)とは、それぞれ、独自の基準を設けて「プロ」としてのスタティスティシャンを規定しています。

英国の RSS では、他の職能団体とは異なり、全ての会員のことを Fellow と呼びます(他の職能団体において通常 Fellow は正会員のことを指します)。Fellow の内、統計学の学力査定を通過した者を GradStat (Graduate Statistician) と言います。この学力査定を満たす1つの基準は、英国内の統計学部(Department of Statistics)を指定された基準以上の成績で卒業することです。他の基準については別記事にして紹介します。学力査定を通過し、かつ十分な実務経験を経て、一人前のスタティスティシャンとして認められた者を CStat (Chartered Statistician) と言います。

米国の ASA でも 2010 年から同様の認証評価を開始しました。ASA の会員の内、統計学の学力査定を通過した者を GStat (Graduate Statistician) と言います。また、学力査定を通過し、かつ十分な実務経験を経て、一人前のスタティスティシャンとして認められた者を PStat (Professional Statistician) と言います。

RSS は、「RSS の CStat と ASA の PStat は同格である」と声明を発表しています。また、この声明の中で、「RSS の GradStat と ASA の GStat が同格である」とも主張しています。

スタティスティシャンが活躍する業界

スタティスティシャンが活躍する業界については、“Types of Job (RSS)” と “Which Industries Employ Statisticians? (ASA)” とを参考にしてください。

アクチュアリー(Actuary)

アクチュアリーは保険会社が抱える負債(責任準備金)を算出する専門職です。アクチュアリーをスタティスティシャンに含めて良いかは微妙なところです。アクチュアリーはアクチュアリーで個別の職能団体を各国に有しています。アクチュアリーの職能団体の構成は複雑ですので、別記事で紹介させてください。
Actuary (RSS)”, “Insurance (ASA)”

科学捜査官(Forensic statistician)

犯罪捜査などで科学的証拠の鑑定を行う専門職です。法学や医学と関係する仕事を行います。犯罪現場から採取された資料などの鑑定が主な仕事であり、犯罪心理の研究や虚偽検出に携わることもあります。
Forensic statistician (RSS)”, “Law (ASA)”, “科学捜査研究所研究所(警察署)”

環境統計研究者(Environmental statistician)

自然環境のデータを分析調査する専門職です。地球温暖化や森林破壊の問題に関わる方もいます。産業化に伴う公害の影響調査に携わる方もいます。
Environmental statistician (RSS)”, “Forestry (ASA)”, “Ecology (ASA)”, “環境統計(環境庁)”

政府統計研究者 (Government statistician)

政府各機関でデータの調査分析を行う専門職です。国内の主要指標の策定や国勢調査の実施や分析に携わる方もいます。また、調査分析を通して、政策立案・政策提言に関わることもあります。
Government statistician (RSS)”, “Census (ASA)”, “統計局(総務省)”

医療統計研究者(Medical statistician)

病気の発見や病気の治療に統計学を用いる専門職です。感染病の流行の発見や対策に携わることもあります。タバコやアルコールの人体への影響を研究する方もいます。
Medical statistician (RSS)”, “Epidemiology (ASA)”

製薬統計研究者(Pharmaceutical statistician)

治療に用いる薬の効果の測定を行う専門職です。効果の測定のみならず効果の測定に必要な実験の計画にも携わります。多くの方が製薬会社で働いています。
Pharmaceutical statistician (RSS)”, “Pharmacology (ASA)”

市場調査士(Market research statistician)

市場調査(マーケティング)に統計学を用いる専門職です。顧客の購買動向の調査、テレビCMの効果の見積り、新商品開発の是非に関する提言などを行います。
Market research statistician (RSS)”, “Marketing (ASA)”

スタティスティシャンと近い領域の業界

拡い意味では、統計学を専門的に用いる仕事が全てスタティスティシャンです。しかし、統計学を専門的に用いる仕事であっても、自身の職種を「スタティスティシャン」と称さない業界があります。

産業界に直接関係が深い業界

アクチュアリー(Actuary)と市場調査士(Market research statistician)とは、RSS と ASA とともに types of job で紹介していたため、「スタティスティシャンが活躍する業界」に含めました。しかし、この2つの業界は、独自の職能団体を有しており、自身の職種を「スタティスティシャン」と称さない傾向にあります。また、同じく金融業界で統計学を用いて活躍するクオンツ(Quant)に関しても、自身の職種を「スタティスティシャン」と称さない傾向にあります。

比較的最近注目を浴びている業界

IT 業界は、統計学を用いる業界で急成長を遂げています。IT スキルを用いて市場調査を行う市場調査士(Market research statistician)は1つの応用です。また、近年、注目を浴びているのが機械学習(Machine Learning)を用いて過去および将来のデータを分析または予想する領域です。過去のデータの分析を通して背後にある構造を解釈する専門職をデータサイエンティスト(Data Scientist)と言います。一方で、データの学習を通して未来のデータを予想するプログラムを書くことを専門とするマシーンラーナー(Machine Learner)という専門職も登場しました。機械学習は、数値のみならず、音声・画像・言語などの情報を取り扱うことができ、統計学を専門とする人材の新たな就職先として期待されています。しかし、データサイエンティスト(Data Scientist)とマシーンラーナー(Machine Learner)とともに、RSS や ASA などの職能団体に所属せずに、個人でエンジニアとして IT 企業で活躍される方が多く、自身の職種を「スタティスティシャン」と称さない傾向にあります。

まとめ

統計学を用いる業界は非常に広範でありながら、自らを「スタティスティシャン」と称する職種は多くはありません。スタティスティシャンは、公的統計か医療薬学統計に携わる者が多く、職能団体に所属して認証評価を受けることにより自らの能力を公的に証明します。専門性が深く求められる一部の職種と異なり、隣接する業界(経済・医療・薬学・環境)を含む幅広い分野の理解が必要です。複雑な数式を処理する能力よりも、他分野の専門家に平易に統計処理結果を説明する能力が求められています。

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