骨と糖の切っても切れない関係

UeShun
UeSaku Diary
Published in
7 min readDec 25, 2015
深夜2時前のペン・ステーション周辺

皆さん、実は骨と糖には深い関係があることを知ってますか?
なんと、骨には全身の糖を調整する働きがあるとのことです。そして逆もまたしかり、糖も骨の制御に関係しているという……。

骨というと我々の身体の形を保ってくれる大切な組織であることはもちろん、血液(血球)を作る場であることは皆さんご存知かと思います。また、他にもいくつか重要な役割があることが知られています。詳しくはwikipediaなどに載っています。それらに加えて、骨が糖代謝に関わる内分泌器官だったと言うのですから驚きです。

もう少し具体的に説明すると、糖(グルコース)は骨の形成に関わる細胞(骨芽細胞)を作り出す際に必須であり、その骨芽細胞は全身の糖代謝に関わるホルモンを分泌しているため、体内ではグルコース・骨芽細胞・糖代謝の三者が互いに相互作用し、うまくバランスが取られているとのことです。

グルコースという、体内の各所でエネルギー源として使われている重要な物質の制御に一見関係無さそうな骨が関わっていて、逆もまた同様(グルコースが骨に影響を与えている)だったとは……とても興味深い話だと思います。

この知識は、毎月1回開催される在NY理系研究者勉強会(JASS)にて先日学びました。コロンビア大のメディカルセンターに所属するShimazuさん(博士課程在籍)の発表によります。

ShimazuさんはCellに骨と糖の関係に関する論文を投稿されており、この発表ではその内容についてわかりやすく説明してくださいました。

生物学の知識が無いと少し難しい話だとは思いますが、以下に論文の内容の説明を簡単に述べておきます。

0.簡単な前提知識

  • 骨では破骨細胞が骨を破壊し、骨芽細胞が骨を作り出すという両者の新陳代謝がうまくバランスを取って行われていて、人間では5〜10年で骨が入れ替わることになる。
  • 骨芽細胞は骨形成を行うと同時に、オステオカルシンという糖代謝を制御するホルモンを分泌することが知られている。(骨が糖代謝を制御している)
  • 一方でなぜ骨が糖代謝を制御する必要があるのかはわかっていなかった。
  • 遺伝子の異常で骨芽細胞の分化(骨芽細胞が作り出されること)が十分で無い場合鎖骨が短かったり頭蓋骨に異常な隙間が空くといった、骨の成長に関する病気を発症することになる。(致死率は低い)
  • Shimazuさんらはマウスを使って今回の論文に関する実験を行い、実証した。

注)
いきなり人間で実証することはできません。バイオロジーの研究では、人間と同じ哺乳類のマウスにおける実験で仮説を確かめるケースが非常に多いです。

1.研究の内容

  1. Shimazuさんらは、初めに骨芽細胞が主なエネルギー源としてグルコース(糖の一種)を細胞内に取り込んでいることを突き止めた。
  2. さらに詳しく研究を進めると、グルコースを取り込むために必要な遺伝子の発現のタイミングから、グルコースは骨芽細胞の分化(骨芽細胞が作り出されること)において必要であることが判明した。
  3. グルコースを骨芽細胞に取り込めないように遺伝子操作したマウスでは、骨が通常より形成されず、さらに全身の糖代謝を制御するオステオカルシンの血中濃度が低下していた。よって骨芽細胞において、グルコースは骨形成だけでなく全身の糖代謝にも必要なエネルギー源であることがわかった。
  4. 骨芽細胞の分化が十分でない胎児を妊娠したマウスにグルコースを投与する(高血糖にする)と、鎖骨と頭蓋骨の異常が改善された。よって血液中のグルコース濃度を上昇させることで骨形成が促進されることがわかった。
  5. 骨芽細胞にグルコースを取り込むために必要な遺伝子と、骨芽細胞の分化に必要な(転写)因子は互いに相互作用しそのバランスを取っている(正確にはフィードフォワード制御)ことが実験により判明した。
  6. 2、3、5により、骨と糖代謝が深く相互作用していること(骨と糖代謝のクロストーク)が示された。

2.まとめ

  1. グルコースが十分に骨芽細胞に取り込まれると、骨形成と骨芽細胞の分化が正常に行われ、同時にオステオカルシンという全身の糖代謝の制御に必要なホルモンが分泌されるようになります。
  2. オステオカルシンにより糖代謝がうまく制御されると、糖の一種であるグルコースが体内できちんと働き、これによりグルコースが骨芽細胞に正常に取り込まれることになります。(1に戻る・無限ループ)

このように、骨と糖代謝は密接な関係にあることがShimazuさんらにより示されました。

骨芽細胞へのグルコースの取り込みは骨芽細胞の分化,骨形成,グルコースの恒常性にとって必須であることが明らかにされ,骨と糖代謝とクロストークの重要性が示された.

グルコースの取り込みと転写因子RUNX2が骨芽細胞の分化と骨形成との協調においてはたす役割」より引用

また、上記の流れを図で示した参考画像を挙げておきます。難しいので読み飛ばしても大丈夫です(意欲のある人向け)。グルコース、GLUT1、RUNX2、オステオカルシンの4つが相互作用してうまく骨と糖代謝のバランスが取れているんだなとわかれば大まかな理解としては十分かと思います。GLUT1(グルコース輸送体)は骨芽細胞にグルコースを取り込む働きをし、RUNX2は骨芽細胞の分化に必須な転写因子を示しています。

今回の研究でわかった骨と糖代謝の流れ

図の詳細な説明はリンク先に載っています。生物系の人や興味がある人は是非引用先の記事を読んで全体像を掴んでみてください。

3.応用が期待される分野

今回の研究成果は鎖骨頭蓋骨異形成症の患者さんに対して、出生前におけるグルコースの投与が症状の改善へのポイントになるかもしれないということを示唆しています。加えて、子供における難治性てんかんの治療法の1つであるケトン食事療法(糖・炭水化物の摂取を減らす方法)において、低身長という副作用が報告される理由としてグルコースの摂取不足による骨の成長不足が考えられるのではないかと著者らは主張しています。

4.参考文献

UeSaku DiaryのTwitterはこちら

--

--

UeShun
UeSaku Diary

東京大学大学院生。研究分野は化学及び生物学。研究以外ではEdTechや温泉、外国人向け観光案内に興味があります。