ブロックチェーンガバナンスデザインフレームワーク
ベルリンのBBW(Berlin Blockchain Week)のとあるパーティに参加した際、Prysm Groupというブロックチェーンの経済とガバナンスに特化した監査&コンサルティング企業のファウンダーとお話しする機会がありました。今回はそのときに教えていただいたガバナンスデザインのためのフレームワークをご紹介します。
いままで経済学者で構成されたガバナンスや経済設計をしているブロックチェーン監査法人があるとは考えもしませんでしたが、コード・セキュリティや金融監査があるならあってもおかしくないですよね。PolkadotやAragonなど実際の経済的要・政治的要素を取り入れて民主的な分散ガバナンスを行おうとしているプロジェクトは非常に複雑な仕組みを導入しているため、外部の専門家からの監査は必要不可欠と言えます。
ツイッターでこのフレームワークについて言及したら結構多くの方が興味あるとのことだったで、この記事でその一片でも紹介できればと思います。日本ではまだ分散型ガバナンスについての議論が少ないと感じているのでこの記事で紹介するフレームワークを元に日本でもガバナンスを用いたプロジェクトや議論がより盛んになれば幸いです。
1. 分散型コミュニティ・プロジェクトにおけるガバナンスの重要性
ガバナンス vs オペレーショナルルール
ガバナンスとオペレーショナル(運用上の)ルールの違いを理解しておくことはフレームワークについて学ぶ上で非常に重要になります。オペレーショナルルールとは簡単に言うとプラットフォームを運用し続けるために必要なプロセスやパラメータのことを指します。例えばコントラクト、マーケット、トークンデザイン、コンセンサスなど。
ガバナンスはエコシステムのコミュニティにおいてオペレーショナルルールを決めたり、アップデートするためのプロセスのことです。ガバナンスはプラットフォーム同士の競争や予知できないイベントに対応するためにはなくてはならないものです。運用ルールが白と黒(良い悪い)なら、ガバナンスは灰色(不確実性)といったところです。
不完備性契約
そもそもガバナンスが必要ないほど完璧なスマートコントラクトをデザインすればガバナンスはいらないのではないでしょうか。答えはNOです。不完備性契約(contractual incompleteness)という概念があり、全ての契約は内的に不完全です。改竄不可能なスマートコントラクトはいくら未来を見越して設計されていたとしても、長期的にみるとセキュリティ脆弱性や経済問題などステイクホルダーやプラットフォームに望ましくない、予期しない状況に陥る可能性があります。ガバナンスはこのような不確実性に対し、コミュニティの一般意志を最適に反映した意思決定をするために、必要不可欠なのです。
もっとガバナンスについて一般的な理解を深めたい方はこちらの記事を読んでみてください。
2.The Prysm Group Wheel:ブロックチェーンガバナンスデザインで考慮するべき7つの要素
Prysmのガバナンスウィールは、MVG(Minimal Viable Govenance)のためのフレームワークです。以下の7つの項目に基づいてデザインすることによって、複雑になりがちなガバナンスデザインにおいて必要不可欠な要素をカバーすることができます。
7つの項目は特定の順番通りにカバーする必要はありませんが、プラットフォームが進化するにつれてそれぞれの項目を何度も繰り返し考える必要があります。
3.各項目の解説
Scope of Decisions(意思決定の範囲)
どのような意思決定がガバナンスを通して決められるべきかを決めておくことは大切です。エコシステムが直面するさまざまな決定はガバナンスプロセスの違いによって得る利益が異なります。例えば専門家の知識などを必要とする決定や、十分なbuy-inを得るためにコミュニティの好みを反映する必要があるなど。
事前にアップグレードがされるであろうオペレーションプロセスのカテゴリーと、潜在的に必要とされるであろう決定をアウトラインしておくことは堅牢なガバナンスシステムをデザインする上で役立ちます。
Stakeholders
それぞれのエコシステムの参加者はプラットフォームの全体的な成功に関心があることを前提として、分散型ガバナンスを通して参加者の望みに沿った意思決定をする必要があります。ステイクホルダーの目的やインセンティブを最初に仮定しておくことはガバナンスシステムの成功に重要です。また、プラットフォームの成功を達成するためにコンフリクトしてしまう個々のインセンティブの対処方法を考慮することも大切です。
Policy Research & Development
意思決定された提案が最終的にシステム上で実行されるには、提案が詳細まで開発される必要があります。これがいつ行われるかはガバナンスのプロセスにより異なりますが、ブロックチェーン上のガバナンスの場合は遅かれ早かれ、提案はコードに翻訳される必要があります。
現実の例を挙げると、カリフォルニア州ではまず小グループの政治家により開発された提案が市民に提示され、市民はそのなかから最も好ましい選択肢に投票します。UKでは逆に、市民が新しいポリシーが必要かどうか、また必要ならどのようなポリシーかを投票によって決め、その後、小グループの政治家がその提案の詳細を開発します。
どちらの場合も提案の選択肢と詳細やその結果はどこかのタイミングで決定される必要があります。そのため誰が小グループになるか、投票はどのタイミングで行われるか、その他投票方法やメカニズムなどを事前共有しておくことは重要です。
Proposal Process
全ての提案は投票によって承諾/否認される前に、コミュニティやポリシー提案ドラフト作成者に、その提案が解決しようとしている課題の一般的な理解や、解決策などを伝えることが必要になります。そのためガバナンスシステムは明確な提案提出プロセスを用意することが重要となります。
Information Distribution System
様々なバックグラウンドを持つステイクホルダーがエコシステムの意思決定メンバーとして参加する場合、どのような些細な情報であれ伝達されるべきです。
特にブロックチェーンでは複雑なステイクホルダーの利害関係などにより、プラットフォーム上の変更がもたらす潜在的な影響を理解するのに技術・経済学的専門知識を要するため。
そのためにはコミュニティが情報交換をすることのでき、非常時にも利用できる公式/非公式の情報チャネルが必要となる。BitcoinCashのハードフォークは情報チャンネルの不在により起こったといわれている。
Decision Making Procedures
ガバナンスの最終的な目的は、コミュニティの一般意志を最適に反映した意思決定を導くこと
最終的な意思決定に達するためには様々なメカニズムが採用される。ある程度の投票率(quorum)を要するコミュニティ全体での投票や、協議会などの委託された組織が存在する間接型投票制や、CEOのようなコミュニティリーダーが最終決定を行う場合など。これらは他のフレームワーク要素やエコシステムの分散レベルに依るところが大きい。
Implementaion & Property Rights
ガバナンスデザインするにあたって、エコシステムのステイクホルダーの財産権は見過ごされがちだが、エコシステムを維持する上で必要不可欠なリソースはステイクホルダーの財産であることが多い。例えばBitcoinのマイナーが所有するコンピュータのハッシュパワーなど。
これらのリソースの所有権はガバナンスプロセスにおいておおきな影響を持つ要素でもある。「一人一票」のルールは一人がエコシステムの80%のリソースをコントロールしている場合、意味のないものになる。ガバナンスデザインにおいてコードに書かれることのない財産権などオフチェーンの影響も考慮する必要がある。
まとめ
以上、Prysm Groupのガバナンスデザインのサイクル型フレームワークの紹介でした。サイクル型というのはこのフレームワークを何度も繰り返すことにより、よりクオリティの高いガバナンスシステムをデザインできるということです。ブロックチェーンを基にしたガバナンスはマイナー、デベロッパー、投資家、バリデータなど様々な利害関係の異なるステークホルダーが参加するため、複雑になってしまいがちです。そのため、システムが最適なバランスに達するためには何度もデザインを見直す必要があります。このフレームワークの7つの要素をもれなく考慮することで、効率的にバランスのとれたガバナンスをデザインすることができます。
今回は簡単な紹介でしたが、このフレームワークについてもっと詳しく知りたい方はPrysmGroupの記事を読んでください。
意見・質問はTwitterで@masakiminamideに気軽にご連絡ください。
参考
・A Framework for Blockchain Govenance Design: The Prysm Group Wheel, https://link.medium.com/zbxrPRN8sZ