アジャイルの苦悩

ustwo Tokyo team
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Published in
Nov 12, 2021

ヘルスケア業界がアジャイルになろうとすると、なぜこんなにも大変なのでしょうか?この記事では、Eli LillyやNovo Nordiskでリーダーを務めた経験を持つConvaTecのUX DesignヘッドのHung-Hsiang Chenと一緒に、その答えを探ってみます。

こちらはustwoの記事「Agile Agony」を翻訳したものです。

近年ヘルスケア企業は、大規模にデジタルトランスフォメーションへ投資する事で新しいビジネスモデルを作り、オペレーション効率を改善し、患者、医療従事者や、保険料を支払う人たちと直接的な繋がりを作ろうとしてきました。その結果、「アジャイル」はソフトウェアの文脈での草の根的な活動から、医療機関の経営者が口にする行動喚起、または、特にデジタル関連の取り組みに置いて、市場投入までのスピードを上げたいという希望を表す言葉になりました。

しかしこの、「市場へのスピード投入」や「新しい収入源」、といった約束はほとんど実現されていません。ヘルスケア業界には「アジャイルの苦悩」があります。「何百万ドルもコンサルタントやタスクフォースに費やしてきたのに、デジタルで何もできていない」というのが、最近業界でよく聞かれるフレーズです。

この期待と現実のギャップを作り出しているものは何なのでしょうか?

2つのマインドセット

ヘルスケア業界でアジャイルという変革が困難であることの根底には、マインドセットの問題があると私たちは考えます。マインドセット、というのは考えやアクションを形作る、人々の心に根付いた前提条件のことです。他の伝統的な業界でも同様ですが、ヘルスケア業界を占めているマインドセットは、再現性と予測可能性にフォーカスしています。私たちはこれを「工業的なマインドセット」と呼んでいます。

工業的なマインドセットは計画とコントロールが中心です。医薬品の製造や、自動車の製造過程で問題があれば、それは深刻な結果を引き起こしてしまいます。人間の命がかかっている場面で”fail fast”はできません。このような理由から、ヘルスケア企業にはたいてい広範囲をカバーするプランニングのサイクルがあり、書類作りを行って事前に仕様を決めていくのが一般的です。

しかし、どんなにベストな計画を立てたとしても、プロジェクトの軌道修正が必要になるような、現実世界で起こる何通りもの可能性を全て予測することはできません。バリュープロポジションの一部がカスタマーにうけなかった。必要な技術が出来てこない。市場もレギュレーション環境も常に変化します。工業的なマインドセットでは、開発が進んでいる最中に出てきた新たな情報は無視され、進捗は元のプランに沿って評価されます。現在進行形で現実に向き合っているはずのチームは、常に後方にある計画に顔を向けながら進んでいます。計画が危うくなると、元の道に戻そうと多くの努力がなされます。元々の計画が絶対なのです。

逆に、アジャイルのマインドセットは計画に沿うことよりも柔軟性、スピード、変化への適応力を重視します。チームは後方ではなく前方に顔を向けて進んでいます。問われるのは「新しいデータがどう元の計画にフィットするか?」ではなく「新しく手に入ったデータを元に、どう未来に価値を作っていけるか?」です。計画を順守するよりも、柔軟性と結果を優先するのです。

ヘルスケア企業が工業的マインドセットの上にアジャイルの手法を取り入れてしまい、その結果アジャイルの法則が断片的で変質したものになってしまうのを、私たちは幾度となく見てきました。ヘルスケアと生命科学分野の経営幹部たちを対象にしたとある調査では、彼/彼女らの多くがアジャイルになる必要があると認識しているものの、実際アジャイルの方法論やツールについては詳しくない、と回答しています。この理解の無さが「アジャイルの苦悩」の大きな一因でもあります。

詳細な、柔軟性のない仕様書がプロジェクトの初期段階で作られる、というのは既に「包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを」というアジャイルの原則を破ってしまっています。例え開発チームが「スプリント」と呼ばれる2週間のサイクルで動いていたとしても、プロジェクトのアプローチ自体は段階的でもなければ見直しと改善を行なっているわけでもありません。最新のカスタマーフィードバックが違う結果を示しているにも関わらず、最初にカスタマーニーズを定義した人や部署が、頑固に元のアイデアを擁護するかもしれません。こういった場合、プロジェクトチームは新しいデータや情報にうまく対応していけるようなサポートを受けていません。悪循環が続き、チームはとうてい実現できないゴールに到達しなければならないというプレッシャーから、次第にストレスを溜めていきます。その一方で各部署のマネジメント層は、お互いを批判し、プロジェクトが失敗した責任を押し付けあうのです。

アジャイルマインドセットを育む5つの方法

アジャイルの変革というのは単なるプロセスの変化ではなく、マインドセットの変化です。ヘルスケア業界のリーダーたちはこの変化を起こすべく、現場で動くチームが計画の順守よりも変化に対応し、結果を優先できるような体制を後押しするべきです。組織がアジャイルで考え、動けるようになるための5つの方法を挙げます。

  1. 明確なプロダクトオーナーを決める。アジャイルなプロジェクトが成功するためには、プロダクトオーナーは欠かせない役割であり、基盤です。プロダクトオーナーは、アジャイルなチームの価値を最大限に高め、常に新しく入ってくる情報を元に、プロジェクトの優先事項を決めていく責任者です。多くのヘルスケア企業では、この役割は存在しないか、存在したとしても必要な意思決定権を持っていません。
  2. 明確で一貫性のある成功の基準を定める。多くの場合、プロジェクトチーム内のメンバーは、それぞれ違う動機やプロジェクト成功の基準を持っています。スプリントの終わりに成果を評価する時、基準となるのは大元のゴールです。全てのチームメンバーが同じ目的と動機を持っている必要があります。
  3. 機能的な縦割り構造を無くす。プロジェクトメンバーが、クロスファンクショナルなチームの一員ではなく、自分が所属する組織の一員だと考えていると、アジャイルのチームはうまく機能しません。いくつかのヘルスケア企業では、ビジネス部門とIT部門がお互いを信用していないケースもあります。アジャイルチームで働くメンバーたちは、自分たちの部署間の「溝」を乗り越え、共通のアジェンダ、見方や動機を持つ必要があります。
  4. 「振り返り」文化を作る。アジャイルでいうところの「レトロスペクティブ(レトロ)」は、チームが定期的にパフォーマンスと働き方を改善していく為の手法です。アジャイルの原則のコアである「絶え間ない改善とイテレーション」は、新しい情報を考慮し、正直かつ包括的に評価することでしか機能しません。複雑なプロジェクトで起こりがちな困難に対処していくだけの力、そしてしなやかさを持つために、責め合いではない振り返りの文化は必要不可欠です。
  5. アジャイルとリスクマネジメントのバランスを取る。ヘルスケアの分野では、アジャイルは本質的で重大な困難に直面する事になります。命がかかっていますし、法令を順守するには多くの書類と仕様書が必要になり、アジャイルの「書類よりもイテレーション」という考えとぶつかる事になります。しかし私たちは、科学的な手法や医薬品の部門、医療デバイスの部門が必要とする厳しいプロセスと、アジャイルが共存することも可能だと考えます。確かに医薬品の製造ではトライアルの最中に「とりあえずやってみて学ぼう」といったことはできないでしょう。しかし、新しい治療法を導入するためのサービス自体はアジャイルで作れるかもしれません。同様にヘルスケア企業の内部プロセスも、アジャイルなアプローチで改善できる部分があるはずです。

COVID-19からの学び

Covid-19は全てのヘルスケア組織をデフォルトでアジャイルにしました。ヘルスケア分野のリーダーたちはトリアージモードに突入し、従来通りの働き方ではない、パンデミックへの素早い対応を余儀なくされました。ファイザーは、「患者優先」「官僚的文化からの離脱」「正しい目的に沿ったムーンショット的な挑戦」など、アジャイルの原則を応用することで、記録的な速さでCovid-19のワクチンを開発しました。プロトコル通りの対応よりもスピードと患者への効果が優先されましたが、それが科学的、かつ臨床的な厳格さを損なう事はありませんでした。科学と人類の創造性の素晴らしい勝利と言えます。

パンデミックは、アジャイルのマインドセットがヘルスケア業界のユニークなニーズと両立できるだけでなく、デジタルトランスフォメーションを成功させるのに必須である事を私たちに示してくれました。ヘルスケアのリーダーたちは、素早い対応、患者中心で明確な目標の設定、計画よりもスピードと対応力を重視する、そして個人とチームが正しい判断をする事を後押しする、といった事の大切さをCovid-19から学んでいくべきでしょう。

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