造=材の一致という建築的踏み絵/材がつくる参加のナショナリズム

建築討論 015 | 201801特集 「造」と「材」:磯達雄さんの新国立のレポートを読んで。

・新国立の「やり直し」に付着した口実的なナショナリズムと木材使用の関係、そして建築評価における一貫性という踏み絵的問題などをひとつひとつ解きほぐしていく磯さんの的確なバランス感覚はさすが。

・踏み絵的問題・・・なんて磯さんは言っていないのだが、要は「材」の真正な使用を要求すると普通は「造」に帰着させることになるんだけど、それを当然の善とするか過剰な抑圧とみるか、という問題ですね。前者はヴィオレ=ル=デュクあたりから20世紀初期の虚偽構造批判、あるいは文化財保存にすら流れ込んでいる一元的統合性・忠実性(integrity)の要求。後者は、建築の多元性すなわち複合性の肯定という立場から、強引な忠誠心の要求を奇形的な抑圧とみる批判。ヴェンチューリが近代建築の統合性信仰を「ダック」と揶揄したあれ。

・二つの立場。どっちをとる?「さあさあさあ」と問い詰めると踏み絵問題になるが、それはニセの問題だよね、というのが「造/材」という今回の特集の主旨なんだろう。プロジェクトの文脈によって、通すべきスジは違ってくるんだから。

※ integrity の対義語はたとえば fraction(断片的で欠けた状態)。
integrity は内部が一貫し、かつ揃っていること。たとえば「材」がその建築にとって integral か、という問いは、それが統一的全体性の成立について必須であるか、という問いになる。integrity には、忠誠心や倫理がある、といった意味もある。だから違反すると「虚偽」になる。ヴェンチューリは integrity に反対し、彼がよしとする全体性を difficult whole と表現した。


・閑話休題。2015年末だったと思うが、感心のあまり大声を上げて膝を打つ経験をしたことがあった。本特集にも書いてもらっている伊藤暁さんと徳島県名西郡神山町の製材所を取材していて、興味ないという反応も覚悟のうえで新国立(のやり直しコンペ)の案について大人しい社長さんに発言を求めたら、即答が返ったのである。B案(伊東ら)は大断面集成材で、大手メーカーの仕事だから我々は無関係だが、A案(隈ら)なら全国どの産地でも関われる可能性があると。

・これ、明治神宮内苑(1920竣工)の森をつくるときの「献木」システムだなーと深く深く頷いた。カリスマ的天皇の崩御は、その顕彰のための多様な国民的運動を噴出させたのだが、「献木」はあの時代の雑多な国民的欲求をうまく整流させた。

・表象のナショナリズムではなく、参加のナショナリズム。鉄やコンクリートに比べて、木材は「産地」という地域ナショナリズムも働きやすい。表象とか、形をつくる作為も排除されるしね。

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