東京の秋田人にふるさとでの生活への期待を(第6回あきた寺子屋レポート)

秋田とのきっかけづくりになることを目指して

東京で暮らす秋田人には秋田に対する愛郷心を持っている人がたくさんいます。でも、キャリア半ばで秋田に帰ろうと考えている人は多くはありません。

そうした人たちのふるさとへの思いを強め、いつかは秋田に帰ろうか・・・という気持ちを育てることを目指して始まった秋田産業サポータークラブ主催の「あきた寺子屋」が12月2日、都内で開催されました。

年1回のこのイベントも今年で6回目。約60人が参加しました。男鹿半島北浦の実家で「ににぎ」というカフェと民宿を営む猿田真さん、横手の内科医で多面的に同市の活性化に取り組む細谷拓真さん、CG(コンピューターグラフィックス)プロダクションを経営する伊藤茂之さんの3人が秋田へ帰り地元を盛り上げている先輩として講演しました。

「ににぎ」の猿田さんは、専門学校進学のため上京後、数年で帰郷、介護や不動産の仕事をした後、自宅でカフェを始めました。猿田さんは、人口が減少した男鹿で、観光客と接する中で、秋田の工芸や「なまはげ」などの地元の歴史や伝統を受け継いでいきたいという思いを強くしました。夏は多くの観光客でにぎわいますが、冬は訪れる人が大きく減る男鹿で、猿田さんは、夏は観光関係の仕事をし、冬は工芸やハタハタ漁(!)というようにひとりでいくつもの仕事をこなす暮らし方を提案しています。猿田さんの勧めやその暮らしぶりにひかれ「何はともあれ住んでみたい」と男鹿に移住した若者もいるそうです。

「美の国秋田・桃源郷をゆく」より

細谷さんは仙台での学生時代、世界で活躍する医者になりたいと思っていたそうです。しかし、あるとき仙台から北上線で横手に帰ったとき、駅前の暗さに驚き、「このままでは横手は滅びる」と本気で思い、「Yokotter」と名付けたツイッターによる情報発信をはじめとする町おこしに取り組み始めました。高校生を巻き込んでプロジェクトを実施したり、B級グルメを開発したり、地域の人に光を当てるイベントを毎月開催するなどその活動は実に多彩です。この日の講演では、和歌山県では市内より田舎の方が時給が高いという例を挙げ、人口減少によって地方で人が雇えなくなってきている今は地方にとってチャンスかもしれないと指摘されました。

「Yokotter」より

CG(コンピューター・グラフィックス)プロダクションのゼロニウムを経営する伊藤さんは、ソニー・コンピュータエンタテインメントなどでグラフィック制作を手掛けたあと、仙北市の劇団わらび座で伝統芸能のデジタル記録の制作をしながら起業の準備をし、ゼロニウムを立ち上げました。最先端の3DCGアニメーションゲーム向けのコンピューター・グラフィックやプロジェクションマッピングも制作されているそうです。2013年に秋田で国民文化祭を開催したときの県立美術館の壁を使った3Dプロジェクションマッピングも伊藤さんの作品でした。地方でCGを制作する会社は、安い労働力の供給元としか考えられていないことが多いのですが、ゼロニウムはNHKの「がんばれ!ルルロロ」をシナリオ以外は全工程を自社で制作しているそうです。伊藤さんの調べたところ、CGの会社は全国で400社近くありますが、大半が東京。東北では、宮城に1社と秋田にゼロニウムのほかに1社あるだけだそうです。CG制作をすべてこなせる人材はなかなかいないそうですが、後進の指導も重視し、仁賀保高校や山形の東北芸術工科大学で教えておられます。

「ゼロニウム」が制作した秋田放送のTVCM

講演の後は、ビジネスゲーム「リージョナルゲート」で、参加者が秋田で行いたいビジネスアイデアを競いました。これはさまざまな目的に応じてビジネス的な思考を養う研修用ゲームの開発を手掛けてきたホライズンワークスの林真人さんが地方活性化のワークショップのために制作したもの。真剣な中にも和気あいあいの雰囲気が盛り上がりました。

午後のワークショップ風景