[x-Music lab 22春]家具の演劇の試み

hoshinory
x-Music Lab
Published in
Jul 30, 2022

環境情報学部4年 星野良太朗

今学期は、エリックサティの「家具の音楽」の概念を演劇に転用できないか?という思考のもと、「家具の演劇」の制作を目指し活動を行いました。

概要

「家具の演劇」は、エリック・サティの「家具の音楽」に影響を受けた、観客がそれに気づくか気づかないかわからない、日常に溶け込んだ演劇を作る試みである。どこからどこまでを演劇の観客とするのかを問い、また、演劇の概念を日常に溶け込ませることで、日常の中に潜む演劇性を見出すことを狙うものである。

背景1.エリック・サティ「家具の音楽」とは?

エリック・サティ(1866~1925)は、「家具の音楽」を提唱したフランスの作曲家である。彼の提唱した「家具の音楽」とは、 その場にいる人の邪魔にならない、家具のようにただその場に存在している音楽である。それまでの音楽は主にコンサートホールで演奏するような、音楽を聴くことが最優先となる作品が多かった。それに対して「家具の音楽」は、作品自体を目的とせず、あくまで付随として、人々の空間を満たすことを目的とした作品である。つまり、音楽という非日常を日常に溶け込ませ、日常と非日常をなくすような作品群だったと考えられる。
彼のこの概念は、のちの環境音楽やサウンドスケープなどといった、音楽やサウンドアートを支えた概念、また、BGMという音楽産業を支える概念へと発展している。

背景2.演劇の定義をめぐる議論

演劇の辞書的定義は、「 俳優が、舞台の上で、脚本に従って、体の動きとことばを通して表現する芸術。多くは、舞台装置、照明、音楽などの補助的要素を必要とする。劇。芝居。ドラマ。演戯。」(精選版 日本国語大辞典)である。一般的な演劇のイメージといえば、劇場という専用の建物の中にある舞台のセットや照明などで彩られた空間で、役者が用意されたドラマを演じ、表現するという想像があるだろう。しかし、近年、そうしたイメージとは異なった演劇が生み出されている。例えば、役者は登場せず、事物や照明、音楽のみがそこで展開されるHeiner GoebbelのStifter’s Dinge (2008)や、演劇の参加者が劇場ではなく自分の家に観客を招待し、そこで個人的なストーリーを来訪者に向けて話したり、意見交換したりするRemini ProtokollのHome Visit Europe(2015)などがその例として挙げられる。これらの作品群は、役者の不在であったり、劇場や役の不在であったりと、上記に掲げた従来の演劇の概念を覆すものとなっている。こうした変化から、演劇に必要な要素は、演出と観客の存在の2つとも言われることもある。
今回の作品は、この二つのうち観客という受動的な存在の立場を問う作品になっている。

制作

今回は、観客に確実には気づかれないように演出を行い、その環境内で起こる出来事を観客に体験させるという設計をした。

その中でも、今回は人の振る舞いに注目して試作の実験を行なった。演劇における演出を構成する主要素として、人もしくは物の“振る舞い”があげられる。観客に気づかれない状態で役者に特定の振る舞いをすることを指示することで、役者の演技を引き出した。

また、観客の変化や気づきを促すため、後ほど、観客にはそれまで起こっていた振る舞い指示の内容は伝えた。

試作1

試作1では、通常の会議のメンバー数人に秘密裏に演技をするよう頼み、演技を頼んだ人以外を観客として、ゲリラ的に実験を行なった。具体的には、会議中、メンバー一人づつに以下の振る舞いを1–2割り振り、実行してもらうこととした。

•特定の誰かが喋っている最中のどこかで、足踏みする
•質疑応答の時間、冒頭に「お話誠にありがとうございました」とつけ、できる限り最初に質問を2回する。
•疲れた時以外なるべくずっと、考える人のポーズをとる
•可能な限り教員の右隣に座る
•誰かの足踏みが聞こえたら、2回机を叩く
•机の配置を変えようとする

振る舞いを構成するにあたり、どのような要素が観客に気づかれず影響を与えられるかを分析するため、環境、姿勢、座り位置、発話、発音など、それぞれ違う要素を用いるよう心がけた。また、質疑応答の質問や、発話や足踏みに反応する指示を組み込むことで、反応の連鎖を生み出せるよう工夫した。

実験した結果として、指示した6つのうち、観客に気づかれたのは2つのみだった。机の配置の変化と発言は気づかれたが、役者自身の動作に関する振る舞いは気づかれなかった。一方、気づかれない振る舞いでも、そうした振る舞いをしていたことを後で伝えることで、観客には驚きを提供することはできた。また、発言系の振る舞い指示を会議の参加者でやる役者にすることで、会議そのものが活発化するという二次的な作用も観測することができた。

試作2

試作2では、上記のような気づかれない振る舞いを、会議などの既存の場に依存せず生み出すことを狙い制作した。

役者に上記のカードを配り、3分間の間に、上記の振る舞いを実行してもらい、観客にはただ3分間過ごしてくださいということのみを伝えることで、観客に気づかれずに振る舞い指示を完了することを狙った。

また、そのネタバラシが行われた後に、役者には振る舞い指示を出さない状態でもう3分間を過ごしてもらうことで、観客に役者自身が意図していない動作や発話も意図された振る舞いとして捉えさせ、日常における意図性や演劇性の体感に近づけることを狙った。

今後の展望、考察

観客に気づかれるか気づかれないかわからない演出=振る舞い指示の実施により、観客がいつから観客になったかわからない体験を作ることはでき、またそれは観客に驚きをもたらすことがわかった。
一方、まだ作品の内容は振る舞い指示という原始的なものに止まっているため、音や空間設計、シナリオの作成などを考慮に入れ、総合的な演出をして作品強度を高めなければ、演劇性に近づくことが難しいようにも思うので、後期はそれを重点的に考え制作をしていきたい。

--

--