[x-Music Lab 22春]自作品『公衆電話』・『平林寺』における創作思考

Mio Matsui
x-Music Lab
Published in
Jul 30, 2022

慶應義塾大学 総合政策学部 4年の松井美緒です。
この記事はx-Music labの22年春最終レポートです。

はじめに

私は今年卒業予定であり、今学期研究会では卒プロとともに卒業制作を進めています。卒業の最終成果物として、卒業制作と創作の過程をまとめた文書の提出を行う予定です。

創作ノート

創作の過程をまとめた文書とは、先端芸術音楽創作学会に提出できるフォーマットのものです。(ここでは創作ノートと呼ばれている)
卒プロ1の成果物として、また、卒制時の練習として作成したのでここにリンクを掲載します。以下、Mediumに記載の内容と同じものになります。

https://docs.google.com/document/d/1bRj6pN0IjTZsLWGNWZz9lzUpZNxKgp6X65P2OWljLC0

概要

本作『公衆電話』『平林寺』は、フィールドレコーディングした音と電子音を組み合わせて作曲したものであり、暗い空間や夜中にふと感じる恐怖心や、誰もいないはずなのに何かいる気がするといった気配感を音楽を通して表現・再現することを試みるものである。

1.はじめに

恐怖という感情には種類があるが、特に暗闇や背後に誰かいる気がするといった気配など、得体の知れない、わからないものへの恐怖に着目した。そのような恐怖は、時に妖怪や怪奇伝説として具現化される。

民俗学者である伊藤龍平は、「『妖怪』とは、身体感覚の違和感のメタファー」、「その違和感が個人を超えて人々のなかで共有された時『妖怪』として認知される。 少なくとも、民間伝承の妖怪たちの多くは、そうして生まれたのだろう。」と述べた。

さらに、暗闇への恐怖や、背後に違和感を覚えたことがある人は多いだろう。その時感じる感覚や怪しさは不思議と多くの人に共通するものであり、その感覚を伊藤氏は「妖怪感覚」と表現した。その感覚を共有するものとして「妖怪」があり、「妖怪感覚」を絵や言葉で表現し、共有する感覚を具現化しているというのだ。

本作品の目標はこの「妖怪感覚」、つまり多くの人が同様の感覚を抱いてしまい、言葉だけでは表現しきれないような恐怖の感覚を、音楽で表現することで具現化し共有できるようにすることである。また、そういった恐怖感を感じるような場所の空気感を音楽を聴くことによって追体験できることを目指す。

2. 作品解説

2.1 『公衆電話』・『平林寺』の作品構造について

全体の構造は三部形式となっており、それぞれの切り替わりについては「違和感」の延長のような感覚になるように徐々に変化を持たせている。

図1: 作品構造

『公衆電話』はレコーディング音を素材として曲に取り入れている一方で、『平林寺』はレコーディング音をベースに曲を構成した。また、曲の随所に20Hz前後のサイン波を入れている。人間の可聴域は20Hz〜20,000Hzと言われており、聞こえるか聞こえないかの音を鳴らすことで気配感を再現しようという意図がある。

2.2 『公衆電話』の作曲における思考

歩く音、扉を開ける音、着信音などの具象音を実験的に多く取り入れた。これまでこれを避けていた理由として、直接的な表現を多用すると、物語的になりすぎてしまい、決められたシナリオを聴くことになってしまうと考えたためだ。そうではなく、同じ環境から鑑賞者各々が感じ取ったものが不思議と共通してしまうような音楽を目指している。

具体的な音から徐々に抽象的な音になるよう変化をつけることで現実と違和感のギャップを大きくするように試みた。

また、録音された音はその場所で耳で聴くよりも静かに感じたため、「外にいる」感じを誇張するために、虫の音が綺麗に撮れていた小学校の前で撮った音を混ぜた。さらに、夜中に一人で電話ボックスに入っている感覚は、透明でも個室的な空間であることから張り詰めたような感じがするため、水音や徐々に大きくなる低音で表現した。また、大きくした音量を一気切ることで鑑賞者に緊張と緩みの感覚を強く与えるようにした。

2.3 『平林寺』の作曲における思考

具象音は少なく、レコーディング音と電子音、人の声を加工したものを使用した。

レコーディングは、道を挟んで左右が森という場所で行っている。たぬき注意の看板があり、何かが枝や枯葉を踏むような音がしたためそれを強く残した。

実際に録音だけを聞くとその場の臨場感や恐怖感の差が大きかったため、その感覚を復元することを意識して作曲した。

また、長い道を一台だけバイクが通り、その音が空間の広さ、静かさをわかりやすくしていたので生かした。

さらに、風の雑音がヘッドホンを通して聴くと雑音でしかないが、ウーハーを通すことでとても迫力のある低音になったため生かした。

3. フィールドレコーディングについて

深夜1時〜2時頃、埼玉県の新座駅周辺を自転車で回りながら、zoomのH4nPro ハンディレコーダーで1分ずつレコーディングした。平林寺(森)、野火止用水路、公園、廃墟、公衆電話、公衆トイレ前、地下駐輪場前、改札前、高架下、畑、小学校で行った。

4. 音響システムについて

システムについては、図2のような流れになる。ドーム型の空間で、部屋中央に円形のテーブルがあり、鑑賞者はその周りに座っている。テーブル中央に円形の穴があり、その真ん中に、エンクロージャーから外したウーハーのユニットを真上を向く形で設置した。

図2: 音響システム

現状、しっかりと設計されたものではないため改善の余地がある。

5. 視覚効果について

視覚効果として写真を使用した。

暗い場所で撮影した写真を、より闇の部分が多くなるように加工し、曲再生中に見てもらうことで、鑑賞者の想像力を働かせることを目指した。実際に鑑賞者からは音に合わせて何か動くのではないか、何か見えるのではないかと目を凝らしてしまったとの感想があった。実際にそういった暗い場所では、光で照らされた部分以外は見えないことにより、不確定要素が増えて恐怖心や気配感につながるため、そういった感情を引き出すには要素の多い動画よりも、想像の余地がある写真は効果的であると考える。

6. 恐怖感情に関するアンケート結果

本作品の制作前に、恐怖の感情について10代を中心とした21名にアンケートを行った。目的は、「妖怪感覚」的な恐怖心を実際にどれだけの人が感じるのか、またそういった感覚の感じやすさは年齢や性別、過去の経験によって差が生じるのかなどを知ることである。また、本作品は「より多くの人に」とって共通する感覚を具現化することを目標としているためにもアンケートが作品制作に必要だと考えた。

結果については、「あなたは幽霊や超常現象を信じる方ですか。」という問いに対して、5段階評価で(5が非常に当てはまる、1が全く当てはまらない)47.6%の人が5–6と回答し、23.8%の人が3と回答、28.5%が2–1と回答した。ややばらつきのある結果である。また、「心霊体験をしたことがありますか」という問いに対しては66.7%が全くないと回答する結果となった。一方、「とても怖いと評判のお化け屋敷に入ったとします。あなたはどんな反応をしますか。」という問いには52.4%が大きく反応してしまうと回答した。

これらの結果から、実際に心霊体験をしたことがなかったり、そういった類のものを信じていない人でも「妖怪感覚」的恐怖心があるのではないかと推察する。つまり、「妖怪感覚」が当人の経験によって生まれるものではなく、誰しもが共通して生来持っている感覚なのではないかという予測を立てることができる。

今回は中高生を中心にアンケートを実施したため、答えやすいように「怖いお化け屋敷」などの表現で質問を制作した。

また、「あなたが怖いと感じる場所を思いつく限り記入してください」という自由記述に対して、以下の回答が集まった。

さらに、「あなたが怖いと感じる音を思いつく限り記入してください」という自由記述に対して、以下の回答が集まった。

この2つの質問は、恐怖の感覚の共通点を見つけるために有効であると考える。これについて考察するためにはより多くの回答を集める必要があると考える。

7. 今後の課題について

冒頭に述べた本作品の目標達成のためには、このような作品を10曲以上作成し、鑑賞者のデータを集めていく必要がある。多くの場所をもとにたくさんの曲を作るため、近所から日本全国に足を運びフィールドレコーディングをすることが必要である。さらに、この作品はその地の伝承など民俗学的な要素も含むため、それらの調査を同時に行うことで作品により深い意味を持たせることができると考えている。

さらに、音響システムについては特に改善の余地がある。現在所持しているウーファーのエンクロージャーは非常に重量があり移動に適さず、ドームに設置することが難しいためドームの空間に合う形状のエンクロージャーを作ることを今後の課題とする。

そして、視覚効果について、現在の写真を同時に鑑賞させる形式が最適なのかどうかも研究していきたい。

8. 参考文献

伊藤龍平 2018. 『何かが後をついてくる 妖怪と身体感覚』青弓社

以上が創作ノートと同内容の今学期の制作のまとめです。

作品URL

作成した曲はこちら

構成全体図
構成全体図

発表・フィードバックを受けて

そもそもβドームで音を鳴らそうと思ったきっかけが、オンラインではなく対面で研究会を開催できるようになったのに生の音を聞けない進捗発表は寂しいなと思ったことでした。自分の作ろうとしていた作品はゼータ館でウーハーやトレッドミルを使うもので、どんなに作ってもドームで、みんながいるその場で演奏することができない、デモ映像を見せるしかないという状況でやる気が半減していました。流石にこのままだとまずいと思って、とりあえずパソコンを複数台使った曲を作ってイメージを伝えるということをやりました。その時に、やっぱり鑑賞者の反応を生で見れるのが一番楽しいなーと思ったことだったり、あと1年足らずで卒業する自分が何をできるのか、何なら最大限自分の能力を活かせるのか考えた結果こういった発表になり、これからこれを本格的に制作していこうと決意できました。院進せず、就職することが確定したのもあり、SFCの設備であるβドーム丸ごと作品にしたいという思いもあります。
長くなりましたが、こういった思いがあったので感想として「鳥肌がたった」「寒くなった」「楽しんで作っているのが伝わる」などのコメントをいただき嬉しいです、がんばります

さらに、やはりエンクロージャーごと持ってこれないことが大きな課題であると自分自身も、もらったコメントからも認識しました。そしてドームの形状×本領発揮ウーファーの可能性を感じました。

今後やること

・円柱状の軽量エンクロージャーを作る
円柱となると木を曲げないといけなかったり色々大変なので多角形かもしれないし普通に四角かもしれないんですけど、βドーム用の、ユニットが真上を向く形の、そして多少軽いエンクロージャーを作ります

・フィールドレコーディングする
なるべくたくさん、日本各地に行きます。ここの情報量が結構重要だと思ってるから

・妖怪や怪奇伝承についてリサーチ
フィールドレコーディングする場所はこれによって決めます。
妖怪というよりは、その地の伝承とそれの元となった音みたいなのを探りたい

・アンケート
今学期行ったアンケート内容をブラッシュアップし、数を集める

・校内展示
秋学期始めごろにβドームで校内展示を行う。その際に鑑賞者の心拍数を収集したい
(そういえば今学期はレコーディング時に自分の心拍数をとってみたのですがいい結果が得られませんでした。Polarの使い方を習得したことだけが成果です)

終わり

メインはGoogleドキュメントの部分です。
後で振り返った時に何考えてたかわかるようにMediumの補足分は雑記になりましたがなるべく言葉にして残しました

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