[x-Music Lab 22秋]指向性スピーカーを用いた音楽・表現可能性

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x-Music Lab
Published in
Feb 5, 2023

環境情報学部3年 柴田

2022年度秋学期は、指向性スピーカーを用いた作品作りに取り組んだ。

背景

これまでx-musicで、“Clothes Synthesis”と“Invaded and Aided Presentation”という、2つの即興作品を作ってきた。これらの作品では、音色または音質と言われるような音の質感そのものが、時間に沿ってどう変化していくかという点に重きが置かれていたと感じる。音量や左右のpanにおいて、定位にも即興性があったものの、音源の位置の変化という点での即興性は作品を構成する際にもあまり考えられていなかった。私は指向性スピーカーの存在を知ったことで、今年度を通して、即興音楽の設計における「定位」の存在 をより重視するべきではないかと考えるようになった。

現実空間で音作品の立体的な知覚を促す場合、マルチチャンネルを用いて、スピーカーそれぞれから出る音の時間差や音量差を微調整し、臨場感を再現することが多い。 空間や装置、その位置は、あらかじめ定位のために用意されている。しかし指向性スピーカーを用いれば、即興にも応用可能な、より自由で豊かな定位の設計と展開ができるのではないかと思う。

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指向性スピーカーとは

超音波と変調を利用し、本来回析しながら進む音に、 鋭い直進性を持たせた音響装置で、 中心から約20°の狭い領域のみによく音を伝達する。壁に反射すると、反射した壁面に音源が存在するように錯覚する。

パラメトリックスピーカーは、その特性から、展示や防犯、拡張現実感(AR)、 複合現実感 (MR)の分野において実用・研究が進められている。多くの場合、鑑賞者の位置を予め予想し、反射音や直接音が鑑賞者を想定したスポットに届くよう、スピーカーの位置や角度を調整・固定した状態で使っている。

今回用いたのは、秋月電子のキットで自作したもので、周波数特性は400Hz~5KHz程度である。また、今学期を通して音を試す中で、他にも以下のような特徴を把握している。

・sin波、スネアのようなシャカシャカ音は指向性が薄れる
・500~5000Hz、11000~12500Hzは音量が出やすい
・反射面との距離が1m程度以内のとき、音を聴いて感じる音源との距離感はあまり変化がない。
1m以上反射面から離れると一気に指向性感が薄れる。
(スピーカーの可聴域がだんだん広がってしまうためと考えられる。)
・主観では、以下の材質の順により反射する
鏡≒陶器≒コンクリート(教室の壁など)≒ガラス≒木材(教室の机)
>スチレンボード>段ボール≒布≒紙
・左右の耳に直接音が当たるように別の周波数を流しても、脳内でうなりは起きない。
・超音波の道が重なるように設置すると、重なった場所ではうなりを聞ける。
・音の通り道(と思しき線)がわかるわけではない。反射した場所はわかるし、
そこから音が聞こえるように感じるものの、音の線は、聞くだけでは検討がつかない。

制作(ORF2022)

ここからは、11月にORFにて展示をさせていただいた作品について記したいと思う。

ORFでは、βドームにて、音の万華鏡という作品を展示させていただいた。指向性スピーカーをムービングライトと一体化させることで制御して動かしながら音楽を流す作品で、システムは以下のようになっている。

システム

今回展示の場となったβドームは特徴的な音響空間であった。

・音源が中心に近づくほど残響時間が長くなる
・音源が外側から4.5m以内の半径に入ると、残響から反響へ明確に変化する
・sin波に近い音はより残響時間が長くなる
・中心付近で向かい合って喋ると相手の声が後ろから聞こえる

サウンドデザインでは、これらの空間特性や自作スピーカーの特性を参考に、周波数や音色を選定した。また、音源が任意の方向に変わることで起こる、不意を突かれる感覚や思わず振り返ってしまうような驚きをより助長させるために、喋り声や警報音などの日常音を基にしたサウンドも展開に組み込んだ。

独特な音響建築空間内で、多方向から音が奏でられ、それらの音が反射/多層化することによる音響体験を探究する作品。超指向性可動スピーカーの直接音と反射音を活かし、βドーム内の多方向から音源を発生させることで、鑑賞者はそれぞれの聴取場所を起点に、万華鏡が描く光のように不意に降りかかる音の図像と邂逅する。

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その他の試み(ORF後)

ORF後は、ORFの作品で達成できなかった機構のアップデートや、ダーティプロトタイプを試みた。

まず音の万華鏡では、音源の再生とスピーカーの制御が同期していなかったため、音源に伴いスピーカーの動きを自動制御し たり、逆にスピーカーの動きに合わせて音を生成できる仕組みを実装すべきであった。M4LのLiveAPIを利用することで音源のVolumeと操作部の同期を、Sonobusを利用することで音源とスピーカーの動きの同期をできるようになった。

ダーティプロトタイプとしては、反射板として画用紙をオーナメント状に吊るし指向性スピーカーから音をあてたり、左右の耳に別の周波数の音をあてたり、指向性スピーカーは動かさずに反射板を動かすことで定位を変化させる試みをしたり、人感センサーの搭載されたスタンドに指向性スピーカーをくっつけて音に追われてみる、といったことをした。指向性スピーカーの精度や、前にあげた特徴などを掴むことができた。

ダーティプロトタイプのためのスケッチ例

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展望

ORFでは以下のような展望を抱くことができた。

指向性スピーカーの可能性の模索

敢えて鑑賞者の位置を縛らずとも、スピーカー自体を動かすことで豊かな定位体験を提供できる可能性を感じた。音の錯覚現象を活かしたり、自分の声が返ってくる機構にしたり、連続的な音源の推移をモチーフにするなど、新たな表現の可能性もある。鑑賞者の反応をトリガーとして、スピー カーの動きや音が変化するよう設計することで、連鎖的な即興を生み出すこともできるだろう。また、一歩隣にいるだけで聴取音は全く異なるため、鑑賞者同士の挙動の相互反応も考えられる。

βドームの音響の解明

音響解析システムなどを用いて複雑な音環境を理論的に解明すれば、聴取環境の改善や音作品の制作に活かすことができる。

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