[x-Music Lab 23春]作品”Tape Loop Session”の説明

藤家大希
x-Music Lab
Published in
Aug 4, 2023

総合政策学部 三年 藤家大希

概要

カセットテープからテープループを制作し、物理的な加工を施すこと による音のフィードバックを探究した。 また、この探究から得られた知識や技術、感覚を応用して、ループに 沿ってピアノの即興演奏を行うパフォーマンスの形を見出し、その記録として映像作品を制作した。

動機

スマートフォンへの生活の依存を断つための個人的取り組みとして、スマートフォンの代わりにポータブルカセットプレーヤーを携帯し音楽を聴くようになった。カセットに関する情報を集める中で、テープループという概念を知った。テープループとは、カセットテープを分解し、テープの一部を切り取って両端をつなげ合わせて作成したオーディオループである。

https://youtu.be/hER3s1NPr_U
(参考にしたテープループの制作方法に関する動画)

私は、自分自身でテープループの制作を試み、試行を繰り返してカセットテープに馴染む間に、次のことがカセットテープという媒体の魅力であると気がついた。

・物理的、身体的な操作を要求してくるところ。

・音楽の保存に関しても、物理的であり不可逆的な側面を持っているところ。

テープをプレイヤーにセットし、ボタンを押すという操作や、不具合の起こったテープを分解して修復するといった操作は、スマートフォンで音楽を再生することに比べてあまりにも面倒で、身体的な行為であると言える。また、テープに折り目がついてしまうとその部分の再生速度が一定でなくなり、作品のピッチに影響が生まれるなど、音楽の保存に対して物理的な要素を感じとることができる。そして、もちろんバックアップ機能を持たないテープ媒体では、一度破損してしまったデータが修復されることはなく、普段テープに触れる中でその不可逆性を感じ取らずにはいられない。

テープを物理的に切り他のテープと繋げ合わせ、再生すると、文字通り音楽を切り取ってつなげ合わせることができる。しかし、DAWソフト上でサウンドデータを切り貼りして音源を作り替えるのと、テープを物理的に切り貼りして音源に操作を加えるのでは、物理的な感覚を伴う体験として大きな違いがある。身体的であること、物理的であること、そして不可逆的であること、というカセットテープの持つ魅力を、拡張する体験を生み出したい。この取り組みは、DAWソフトによる音楽制作に比べ、結果としての可能性はひどく限定されると考えられるが、身体的な体験を拡張するという意味では、むしろ無限の可能性を提案してくれるだろう。このような期待を元に、私はテープへの物理的な加工に対する音のフィードバックの探究を始めた。

コンセプト

「動機」にて述べた考えを後に制作した映像作品に符合させ、次のようなコンセプト文に表した。

現代社会では、あらゆるものはインターネット上で加工され、半永久的に保存され、破損してもなお簡単に修復される。”Tape Loop Session” は、そのように共有され、保存されることで現象していく日常と、その蓄積として認識された「永遠」を否定する。

身体的であること
歪(いびつ)であること
不可逆的であること
繰り返し続いていくこと

“Tape Loop Session” は、これらを受け入れ、これらと向き合う ための営みとして提案される。ある限られた時間、空間、あるいは関係性の中でのみ現象し、絶え間なく失われていく日常に価値を求め、そこに真の「永遠」を見出す。

私は、今回の取り組みを始めるまでの人生で、カセットテープを使用した経験をほぼ持っていなかった。だから、私にとってカセットテープは懐かしいものではなく、むしろ新しいと感じられる。子供の頃からスマートフォンやSNSを利用している私は、自分の生活がテクノロジーによって共有され、保存されることで構築されてきたと思う。音楽や映画など自分が生活に取り入れる娯楽や情報も、そのテクノロジーに支えられたものばかりであった。
私にとって、カセットテープを生活に組み込むことは、テクノロジーによって構築された生活に別の視点や感覚を与えることである。だからこそ、この取り組みにおいて、「限定すること」や「破壊すること」は全くネガティブな意味を持たない。私は、今の自分自身を無闇に否定したり、遠い昔を懐かしんだりするのではなく、未知の感覚や体験を求めて、この取り組みを楽観的で温かみのある作品に昇華したいと考えている。

探究

磁石による加工
テープは磁性を持つ粉の配列によって音楽を記憶する。磁石を近づけることで配列が均等となり、データが消え、その部分の音量が0になった。部分的に磁石を近づけることで、一定の間隔やリズムで音が消えるループを制作することができた。リズムが強調されるため、ドラムを録音したテープと相性の良い加工であると言える。

引っ張る加工
テープの癖(折れ目や伸び)は、極端な再生速度の揺れを生み、これは独特なピッチの表現に応用できる。テープを引っ張ると、伸びた部分が早く再生され、ピッチが高くうねるように聞こえる。伸ばす加減や程度による音の変化のコントロールが非常に難しく、正確な音の変化を狙って生じさせることはできなかった。

折る加工
テープを折ると、折った部分がヘッド部分を通過する際に引っかかり、音が詰まって聞こえる。自分の手で施す加工に対し、聴覚的にイメージしやすいフィードバックが返ってくるため、興味深い現象だと言える。

傷をつける加工
画鋲によって細かい傷をつけると、フラッター(プツプツという微小なピッチの揺れ)が生じる。文字通り音を傷つけるという感覚を覚えた。同様に、加工に対し、イメージしやすいフィードバックであると言える。

熱による加工
引っ張った際の効果に近く、ピッチの揺れが生じることがある。極端に熱を加えると再生が不可能になることがあるので、細かい調整が求められ、応用が難しい。

演奏

以上の探究によって得たフィードバックから、加工を組み合わせて好みのループテープを作成した。これを再生しながらピアノの即興演奏を行うことで、音に耳を傾け、得られた結果や体験にさらなる価値を見出そうと考えた。以下は、演奏のために必要となった計測や思考である。

適切なテープ1周分の長さ
ループの長さが、短すぎたり長すぎたりすると上手く再生されない。テープのメーカーや種類によって適切な長さが異なる。同じものであっても個体差が認められる。試行を繰り返した結果、今回の取り組みで用いたものでは約22.6cmが適切であるとわかった。

1週分の再生にかかる時間
通常の再生速度設定において、ループ1週分にかかる時間を計測した。結果は平均約4.7秒。

BPM
1週分にかかる時間を元に、ループに合うBPMを計算した。今回、適切なBPMは約100。

録音する際に抜け落ちる範囲
ボタンを押し込んで録音を開始してから四分音符一つ分の音が抜け落ちてしまい、休符となることがわかった。ループの中でボタンを押すタイミングを変えることで休符の場所を変えることができる。

再生速度調整ノブとキーの対応
使用したプレーヤーにはテープの再生速度を調整するノブがある。2半音キーが下がる部分で目印をつけた。

演奏に必要となったメモ

映像作品

学期の最終アウトプットとして、映像作品”Tape Loop Session”を制作し、研究会中間発表で上映した。今回の取り組みのストーリーと作業の詳細な様子のどちらもを伝えるため、ショートフィルムという形式をとった。

今後について

先生や先輩、他の学生から頂いたフィードバックとして、次の2点が特に重要であったと考えられる。

・テクノロジーによって共有、保存されない体験の価値を追求しているにもかかわらず、テクノロジーに支えられた映像作品としてまとめ上げたという矛盾点。
・「探究」が十分な科学的根拠や条件付けに基づいて行われておらず、それぞれの加工とそれに対する音のフィードバックの関係性の価値が小さい。したがって、それを用いた演奏や映像作品でも説得力が十分でない。

まず、最初の点に関しては、次のように考えた。私の探究の面白さを皆に共有することを目的としてワークショップを開き、そこで生まれたコミュニケーションや相互作用から得た新しい学びを作品に昇華する、というアイデアは、指摘された矛盾点を乗り越えることにつながるはずだ。また、見た人を鼓舞し、追体験を生み出すことができるという点で、映像作品の意義を見出すこともでき、必ずしもコンセプトと矛盾してしまうとは言えないのではないかということも考えた。

「探究」の技術的な観点においては、次の二点が反省点として挙げられる。一つ目は、試行においてテープに音を録音する条件に違いがあったので、正確にフィードバックを比較したと言えない点だ。今後は録音環境を整備し、より正しい比較を目指したい。二つ目は、変化の過程が示されていない点である。加工を施すことでどのような変化が生じたかを、時間を追って確認できるように表現したい。

まとめ

今学期は、研究会に所属して初めてソロプロジェクトを持った。自分の価値観を原動力として探究を行い、最終的に何か作品に表すことで、一つのストーリーとして語る。このような制作者として基本となる過程を体験することができたと思う。未熟で稚拙な探究に対して親身になって随時フィードバックをくださった研究会の皆さんに感謝の気持ちを表したい。

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