[x-Music Lab 23春 ]環境音を用いた即興演奏システムの提案

Nimisha Anand
x-Music Lab
Published in
Aug 4, 2023

今学期の研究意義としては、比較的にクリシェな導入だった。ヘッドホンをつけて既に環境をシャットアウトしようとする現代人として、「今、ここにいる」ことに自覚を持った暮らしができるのではないかと思った。しかし、私には、ヘッドホンを外すだけでは、環境音を「聴く」ことは難しかった。フィールドレコーダーを持って、ヘッドホンをつけて外に出て初めて、耳を傾けることができると感じた。レコーダーなどの「機械の耳」 を利用すると、普段だと耳にしない環境音に気づくことができることは、大きな発見だった。 その感覚を活かし、即興音楽を用いた新しい環境音との向き合い方のデザインを目指した。

環境により意識を向かせるインターフェースの開発を試みて研究を進めていくうちに、 自分と「環境」との関係性について考えが深まった。 そもそも環境とは何なのか。 環境に意識を向けることは、外で鳴っている音に耳を澄ませるだけなのか。 環境は、そこに生きる人たちとの間で構築される。自分自身も環境に影響を及ぼし、影響される再起的な関係性の間にい る。つまり、環境音を聞くことは、環境と対話することでもある。今期の研究発表として提案するシステムは、一方的に音を聴くだけではなく、自分は環境の一部であること、そして個人の主観性、自分にしかできない環境との対話性を強調するシステムである。

即興演奏という形で、自分の演奏によって環境音の聴こえ方を変化していく、ある種のリスニングデバイスのシステムを提案する。今回行ったデモンストレーションは以下の図の形で行われた。

System Diagram

1. Environmental Improvisation

まず、演奏者は環境音の生音に反応し、即興演奏を行う。今回は、一番身体化していると考えるギターを楽器として用いたが、サックスやピアノなど、違う楽器でも行えるだろう。自分自身で行った場合のルールとして、環境音のピッチ感とリズム感という「音楽的要素」を意識して、音の「模倣」と音との「バランス」を意識して即興演奏を行った。環境音の偶発性に応じて演奏を行う。

2. PC System:Envelope Follower

演奏者のギターの音は、インターフェースを通してパソコンに入力され、インプットの音量(ボリューム)を取得する、Abletonのデバイスである Envelope Followerに通している。このデバイスは、取得した値を、他のデバイスやエフェクトの値にマッピングすることが可能である。バスドラの音量に合わせてベースを鳴らせる、ポップミュージック上で使われる手法であるサイドチェーンと同じ理屈だ。

今回は、マイクでリアルタイムで取り入れている環境音にかかるバンドパスフィルター(EQ)の中心周波数にマッピングした。この手法を用いて、環境音の「聴こえ方」を、ギターの演奏法によってコントロールできるようにする。

3. Feedback Composition

ギターの音と、加工された環境音は、ヘッドホンとスピーカー両方にアウトプットされる。ここで、環境音・加工音・演奏者の間でリフレクシブ(再起的)な関係性が築かれる。演奏者は加工音と環境音の二つを聴き、それに応じて、繰り返し反応しながら演奏を行う。その演奏に応じて加工音も再び変化し続ける。さらに、ギターと加工音はスピーカーで流されることで、環境音の一部となり、従って、環境音自体が変化する。そのフィードバックの重なり合いのフィードバックループの中で、音楽が生まれてくる。

Routing inside A

実際、自分の実家・近所である川崎市幸区の公園でセッションを行なってみた。演奏の動画は、以下のgoogle driveリンクからアクセスできる。

かわさき周辺でセッションを行う様子

環境音の偶発性と、演奏者の主観性:

冒頭で説明した通り、このシステムは「機械の耳」を用いて新しい聴こえ方を可能にする。まず前提として、環境音のフィールドレコーディング・リスニングは、客観的にみえるが、非常に主観的なものである。自分の立ち位置、自分の身長、選択した環境、選択したリスニングの媒体(レコーダーやヘッドホンの種類、生耳で聴くという選択肢自体)と「耳」との関係性は、自分に聞こえる環境音を非常に変化させる。自分の身体は、環境音を操作する。フィールドレコーディングなどで多くの場合は、「自然の音」を変化させないように録音することを心がけるが、今回は逆に、避けることのできない「主観性」や「影響力」を用いて作ったシステムである。自分の演奏によって、環境音の強調部分はあからさまに変更する。即興演奏者として、演奏は以下を気にかけて演奏を行った:

  1. 偶発性のある自然音とのバランスを探る。踏切の音、電車の音など、偶発的に鳴る環境音に反応し、即興的に演奏を行わなければならない。
  2. 自分の演奏と似合う音や音域を、演奏音量調整によって探っていく。踏切の音に反応してフレーズを弾いた場合、高音量で弾かないと、踏切の周波数は強調されない。逆に、電車音を鳴らしたい場合は小さい音量で弾き、低音域を強調させる。
  3. 自分が反応したいと思う音、面白いと思った音を演奏によって強調しようとする。高音域の虫の鳴き声にリズム性を関した場合、大きい音量を鳴らし続け、その音域のリズム性とセッションを行う。逆に、そのリズム性に飽きを感じたら、低音域の音を聴くために、低音量でギターを鳴らす

同じシステムで、多様な向き合い方ができるのは、演奏者として、非常にユニークで面白い演奏体験だと感じた。特定の環境音に耳を澄ますためには、自分の演奏を変えなければならない。そして、その特定の環境音もさらに変化し続けている。そして、自分の演奏だけではなく、自分にとって環境音はどう聴こえるかによって、生まれる音楽は大きく変わる。もっと複数の人に試して欲しいシステムだと感じた。

今後の展望:

発展性はいくつもの方向があると考える。

その中で最も工夫の余地があるのは、マッピングについてだ。今回はenvelope followerの値をバンドパスに振ったが、違うエフェクトにマッピングすることもできるだろう。さらに、envelope followerの周波数を制御し、複数の値を変化することもできる(高いピッチの音量はリバーブに、低いピッチの音量はEQに、など)。また、音量以外にも、ピッチなどの値をinputとして使うこともできるだろう。

今回の演奏では、スピーカーで音を実際鳴らしてみたにも関わらず、あまり環境への変化が伺えなかった。なっている周波数と、生の環境音の反応がより明確化すれば、より次元の高いセッションが可能になると感じた。

環境音を聞く中で、注意を向ける音・「ノイズ」として捉える音は、個人の社会的・文化的価値観を反映する。その、 環境音に対するバイアスは、多くの場合無意識(unconcious bias)であるが、それは逆にいうと客観的に偏見と向き合 える強力な道具にもなりえる。 環境音をどうフレームするか、耳を通して環境とどう向き合わせるかによって、社会的・文化的価値観の変化にもつながるのではないかと思う。

番外編:研究意義と社会学的アプローチ

私は昔から、川崎駅周辺を歩くときに、同じインド人コミュニティーの人たちが集まっているのを見ると、なかなか言語化で きない違和感・不快感を抱くことがある。他人に「迷惑」「うるさい」と思われてしまう恐れがあるからだったかもしれない。 今回「フィールドレコーディング」・「環境音」の研究を進めるにあたっても、「整っている」フィールドを研究対象とし がちだった。本研究とパラレルに行ったアプローチとして、インド人家庭の録音を用いた作品制作を行い、なかなか 言語化できない、環境や社会に対 して私自身が抱くバイアスに向き合うことを試みた。

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