[x-Music Lab 23春]耳介を開閉して音を聴くためのMoving Auricle Device

Fushi
x-Music Lab
Published in
Aug 4, 2023

はじめに

佐野風史は「想像の宇宙」へのチャンネルを増やすべく、これまで制作を行ってきた。想像の宇宙とは、観測することは不可能であるが、もしかしたら存在するかもしれない宇宙のことである。並行宇宙、パラレルワールド、多元宇宙という概念は想像の宇宙と近しい概念だ。そういった世界を想像するための作品を作っている。
未知なる世界を想像するための想像力は大人になるにつれて衰えてしまうことが多い。もちろん、いつまでも想像する力が衰えない人もいるだろうが、この感性の衰えは、現代において非常に顕著になっているように感じる。

海洋生物学者のレイチェルカーソンは、すべての子どもが生まれながらにして持っている「神秘さや不思議さに目を見はる感性」をセンス・オブ・ワンダーと呼んでいる。著書「センスオブワンダー」においては、この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤となると述べている[1]。都市部に住む私たちは、大人になるにつれて人工的な環境に囲まれて自然との接触機会が減少することが多い。また、技術が発展していくにつれ、私たちの生活はデジタル化がすすみ、地球に起こる神秘的な体験と触れ合う機会が減少している。はたまた、地球の環境問題は深刻に進んでいき、人と自然の間にどんどん距離ができてしまっているという現状もある。

未知の宇宙を想像する力は、センスオブワンダーとの紐づきがあるのではないだろうか。

感性が鈍った現状に置かれている私たちに、身近にも美しい自然が潜んでいることを気づいてもらうことによって、人と自然との距離が縮まり、美しいものや未知なものに目を見張ることのできる感性を持ち続けられるようになるかもしれない。そこで、今はまだ使われていない身体機能を使い、感覚や知覚を掘り起こしていくことで、その感性を活性化することができるのではないかと考えた。現在の私達の知覚器官を別の使い方を検討する。人が持つ知覚器官の中でも、聴覚に関わる耳介には自身を変形させる筋肉はない。しかし、形状が変化することによって感覚に変化が生まれることがわかっている[2]。そこで本プロジェクトでは、聴覚を司る物理的な体の部位である耳介をハックし、動かかせるようにする。耳介を動かし、新たな感覚の獲得を狙い、センスオブワンダーの活性化を図る。

研究命題

「身体を拡張させた未来において、音を通してどのように地球を知覚することができるか?」
大人になる、デジタル化、都市化によって鈍ってしまう感性を、現代において身体拡張を通じ、復活させられないか。

耳介について

耳介において、特に「聴く」ことに注目した時、通常の状態では、耳介は音を集める役割や音源の位置や方向を推定する役割を果たしている。
また、それに加えて、外部から力を加えて耳介を閉じることで、フィルターとしての機能を持つことも可能である[3]。また、耳に手を当てると籠った音を聞くことができるようになる。

先行事例

既存の研究として、耳介を閉じることによる音源位置認識の変化[2]の他にも、耳介を感情表現の手段の一つとしてコミュニケーションに利用した例がある[4]。また、耳介を引っ張ることにより、方向提示の手段として用いた事例もある[5]。このような耳介の形状を変化させる取り組みを参考にしながら、「聴く」という本来の用途に着目し、新たな可能性を模索していく。

卒プロでの計画

耳介を動かすためのデバイスをMoving Auricle Deviceと名付け、「Moving Auricle deviceを使った音の観察とコンポジション」を行う。

卒プロでは大きく分けて以下の内容を考えている。

音の観察
1.:自分の意思で耳介を開閉して音を聴き直すワークショップのデザイン

音と動きのコンポジション:
2.聴かす音をこちらが事前に作り、それをデバイスの動きと合わせて設計し、聴く体験
3.動きが設計されたデバイスをつけて受動的に耳介を動かされながら音を聞く体験

暗室でデバイスを使用している様子(開閉に合わせてライトが光っている)

卒プロ1での実践

今回の卒プロ1では、ワークショップを行う場合の内容を広げるための単独でのフィールドワークと、耳介を動かすデバイスを自分以外の人にも使える形にするために試行錯誤を重ねた。

フィールドワークでは、WSや特定のシチュエーションで利用することで音の近くにどのような影響があるかを収集した。また、手首の角度によって耳介を閉じることができるデバイスを使いおこなった。

フィールドワークにて得られた知見

デバイスの試行錯誤としては、素材選びや形状、アクチュエーターとの接続部の設計などに時間を充てた。

形の検討の一部

元々はステッピングモーターを使い耳介を押す形で形状変化を試みていた。

しかし、動きはするものの、ステッピングモーターのモーター音が「聴く」行為を阻害してしまうことが分かったため、アクチュエーターをバイオメタルに変更した。バイオメタルは熱を加えると縮む性質をもつアクチュエーターである。

最初のバイオメタルのモデルでは、耳介の形状変化とアクチュエーター音の問題を解決することができたが、遠隔で操作ができない点、歩くことには適さない点(持ち運びが不便)が問題だった。
そこで、紐の形状から、耳にかけられる形状へと変えたモデルの設計を行なった。このモデルでは、TPUフィラメントを用いることで、それぞれの人の頭の形状にフィットするように作られている。また、マイコンとしてSeeed Studio XIAO ESP32C3を用いることで、小型化とBLE通信(無線)による制御を可能にした。

バイオメタル収縮の為のインプットとしては、手首側のデバイスを入力装置とした。このデバイスでは、手首の傾きをスイッチとして信号が送られるようになっている。
また、筋電位センサーが入る設計にもなっており、将来的には筋電位を元に動かせるようにもなる予定だ。このモデルは主にフィールドワーク用に使用される想定で制作を行った。

しかし、問題点として、耳介とデバイスを繋ぎ合わせるための磁石と、バイオメタルの必要な長さがかなり人によって異なることがわかった。
そこで使う人を選ばずに使えるモデルとして現在考えている設計が、アクチュエーターをバイオメタルに変えた、一番初めに作った耳を押すタイプのモデルだ。これによって今までに出たすべての問題を解決することができる。そのモデルを成形する前に、「2.聴かす音をこちらが事前に作り、それをデバイスの動きと合わせて設計し、聴く体験」を達成するためのモデルをステッピングモーターを使うモデルで作成した。

今回はスピーカーからの音を想定したため、モーター音を許容して設計を行った。ここでは、耳介を直接動かさず、拡張耳介としてデバイスを作成した。これを用いて、設計と並行して楽曲の制作を行う。

今後の展望

今後の展望としては、先ほど挙げた1,2,3を完成させる。
1.自分の意思で耳介を閉じたり開いたりするワークショップのデザイン
2.聴かす音をこちらが事前に作り、それをデバイスの動きと合わせて設計し、聴く体験
3.動きが設計されたデバイスをつけて受動的に耳介を動かされながら音を聞く体験

1では、既存のサウンドウォークの事例を参考にしながら、デバイスを使ったワークショップを設計する。
2,3では、BLE通信で動くようになったデバイスを活かし、Max/MSPと連携させることでより拡張性のある体験へと昇華させる。

また、これらの作品を、耳介史として耳介からみた歴史の中でどのような意味を持てるか記述することも考えている。

引用

[1]レイチェル・カーソン, 上遠恵子(訳)1996. センス・オブ・ワンダー, 新潮社
[2]Altered Pinna Kenichiro Shirota 代田 兼一郎Roshan Peiris ロシャン ペイリスKouta Minamizawa 南澤 孝太
[3]Musicant AD, Butler RA. The influence of pinnae-based spectral cues on sound localization. J Acoust Soc Am. 1984;75(4):1195–1200.
[4]Orecchio: Extending Body-Language through Actuated Static and Dynamic Auricular Postures Da-Yuan Huang, Teddy Seyed, Linjun Li, Jun Gong, Zhihao Yao, Yuchen Jiao, Xiang ‘Anthony’ Chen, Xing-Dong Yang
[5]A novel tactile navigation interface by pulling the ears Yuichiro Kojima† Yuki Hashimoto† Shogo Fukushima† Hiroyuki Kajimoto†

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