x-Music Lab 23春

長瀬眞承
x-Music Lab
Published in
Aug 4, 2023

今学期の研究会において、私は作曲家として活動している上で常に存在していた疑問:「もっとも大衆に喜ばれる曲は何か」や「多くの人にとってカッコイイ曲とは何か」を解き明かすべく研究を行った。音楽は人々の感情に深く訴える力を持つ一方で、その「良さ」は主観的であり、人により異なる。しかし、音楽が人々に与える影響の本質を理解することで、より多くの人々に共感を得られる楽曲作りの手法を模索することが可能となる。

本研究では、「直感的にもう一度聞きたいと思う音楽」を「良い」音楽の指標として採用する。この指標は、音楽が聴衆に直接的な感情的反応を引き出す能力を反映している。この視点から、音楽的な要素、例えばメロディー、楽曲構成、楽器構成、リズム、エンジニアリングといった要素が、どのように人々の感情に影響を与えるのかを研究した。

本研究によって、作曲家は自身の音楽が大衆にどのように影響を与えるかをより深く理解し、その結果、より多くの人々が熱狂する素晴らしい音楽を作り出すことができるようになると期待される。

今学期行った具体的な研究は以下の通りである

メロディー研究:

  • 独自開発のアルゴリズムを利用した大衆音楽に眠るメロディーの共通点の模索
  • アルゴリズムを活用し、大衆音楽のメロディーをインプットとしたMIDIファイルによるメロディーの生成

エンジニアリング研究:

  • ミキシング方法による音楽の好感度の変化における調査

社会実装:

  • 楽曲コンペへの楽曲提出
  • 三田祭 Official Song Contest への楽曲提出

メロディー研究について:

取り込んだ音源をボーカル音源とその他以外を音源分離し、ボーカル音源のMIDIを収集する。 次に独自のアルゴリズムを利用して、収集されたMIDIファイルを独自のアルゴリズム によって組み合わせ、複数の曲の集合体であるメロディーを生成する。 収集する楽曲を年代やジャンル等で絞ることによって、生成されたメロディーを変化させ、その変化量でポピュラー音楽のメロディー内の共通点等を観察した。

システム全体像

中間発表のレビューを踏まえて:

そもそも本プロジェクトは単体で研究を進めていたものであり、最終発表にて行ったポピュラー音楽を網羅的に理解しようとする研究からは独立したものであった。しかし、中間発表にてレビューや他のメンバーらの発表を観察し、教員との対談の結果、プロジェクトの方向性をより私がやりたいと思うものへと変更した。
今思い返せば、「興味はあるが、朝起きて最初にやりたいこと」ではなく、研究成果も中途半端なものになっていたと感じる。
一方で、この研究成果や作られたツールは、今回は突き詰めることはできなかったポピュラー音楽の共通点というものを見つける上ではとても重要なツールになるのではないかと感じている。

エンジニアリング研究について:

研究者が主観的に集めた年代におけるミキシングの違いを、独自の曲で再現し、アンケートをとり、ミキシングという過程が人々のポピュラー曲に対する印象において、どのような影響があるのかという点を研究した。

主観的であるが、ミキシングをする際に感じた、80年代の音源と現代の音源のミキシングの違いにおいて、強く影響があると感じた点である以下(比較対象は邦楽および米国DBillboard100に記載された楽曲である。):

  • ボーカルの10k以上の音
    現代:とてもクリアであり、「Air」という16kHz以上の音もクリアに聞くことができる
    80年代:「Air」成分の印象は薄く、1kHzから3kHz周辺の滑らかな中音に集中している
  • 全体の音のReleaseの音
    現代:邦楽·洋楽通して、Releaseのタイミングがよりシビアになっており、音楽的でリズミカルに計算されていると感じる。 Reverbなどで音が伸ばされている場合も同様のAutomationを利用した空間コントロールにて、非常に音楽的にReleaseのコントロールがされている。
    80年代:空間的な雰囲気が重視されており、リバーブを多用している。 特に空間系の エフェクトが多く、パンもより大胆に振られていることが多い。
  • 楽曲全体の周波数帯のバランス
    現代邦楽:500Hz以上から高周波までを満遍なく利用し、音圧が比較的高くなっている。また空間性は薄く、ボーカルを主軸として、狭い範囲で音が流れている。音感 的には90年代のHip-hopから強く影響を受けたアメリカポピュラ一音楽に似ていると 感じる。
    現代洋楽:250Hz~500Hz/z/比較的抑えられており、聞き手にクリアな印象を与える。 ボーカルはメインの音であるが、あくまで楽器として捉えられており、 相対的な比重は現代邦楽よりも低いと言える。 特筆するべきでは低音である。低音は現代における邦楽と洋楽の決定的な違いであると考える。特にSub-Bassとも表記される60Hz以下の音が常にある程度の存在感を持ちながら流れている洋楽が多い。
    80年代:邦楽と洋楽共に250Hzから750Hzまでの中音に集中される。特に80年代に絶世期を迎えたアナログシンセサイザーやWurlitzer、Rhodesなど特徴的なエレキピ アノの音色を聴くことができる。またドラムスのスネアやキックのサウンド感も同様である

上記のポイントやその他の主観的な違いを頭に入れながら同じ音源を80年代のスタイルと現代のスタイルにてミキシングを行った音源が以下である:

上記の音源をもとにアンケートをとった:

アンケート結果(平均値)

今回N=23であり、統計学的な立証はならないものの、今後の目安にはなると思われる。興味深い点は完成度が約0.3ずつ離れているのに対し、もう一度聞きたるなるかという点が約0.3ずつ離れていることである。 また、感情移入度も(他の質問が5段階評価だったのに対し、感情移入度を聴く質問のみ10段階評価だったため)約0.3離れていると言える。ここから新たな仮説として、エンジニアリングの方法は変われど、大衆が持つ「完成度」という価値観や指標がエンジニアリングの視点から観察をした際に「良い」ボビュラー音楽というものを作るのではないか、というものが生まれた。

その他社会実装:

  • コンペへの楽曲提出約6曲
  • 業務委託で制作した楽曲3曲
  • 三田祭OfficialSongへの楽曲提出

レビューを通して:

レビューをいただき「より自分のパッションをだす」という課題が明確に見えた。複数の教員より社会実装であるコンペへの楽曲提出などがよりパッションに近いのではないかとアドバイスをいただいた。

「私は自分が本当にやりたいことがまだ見つかっていないかもしれない」

と常に問い続けることが大切だと感じた。

発表後、自身で問うた結果、自分にとってコンペとはツールでしかないことに気づいた。自分の音楽を社会へと出し、より多くの人間に自分の音楽を聴いてもらい、名前を知ってもらうためのツールであった。つまり、自分の音楽をより社会に出すことができれば、コンペでなくても良いのではないか。また音楽業界に作曲家として認識されるようになればコンペでなくても良いのではないかという考えが実った。

まだどこへ行くかわからないが、自分が音楽で何を成し得たいのかという問いを特プロなども活用しながら解読したいと思う。

--

--