[x-Music Lab 23春] Inaudible

小向諒
x-Music Lab
Published in
Aug 4, 2023

はじめに

私は今学期、Inaudibleという作品を通して音楽の限界を探求した。ここではこの研究に至るまでの経緯のまとめと、最終的な成果物の報告をまとめる。

研究概要

最も感覚的な音楽とは何だろうか。

最も多様化・解釈される音楽とは何だろうか。

Inaudible はこの概念に着目し、限りない音楽の限界に挑戦する、” 聞こえない音楽” を体験者に提供するアートの形式である。作品内では、聴覚以外の感覚と内的思考を刺激し、実際には聞こえないはずの主観的幻聴と感覚的イメージを呼び起こすことを試みる。これにより、客観的な形での音の観測可能性を排除し、 録音・再生・共有を不可にすることで、鑑賞者によって異なり変化し続ける音楽をつくる。それらは共有不可の感覚的音楽体験であり、通常の音楽鑑賞とは全く異なる新体験を可能にする。

背景

Inaudible は、腹話術効果やマガーク効果を代表とする” クロスモーダル効果” について興味をもったことをきっかけに制作した作品である。これらの効果に代表される感覚の変化は、他人から客観的に知覚されるものではないため、ある意味で” 最も主観的な感覚体験” であると解釈できる。本研究ではその観点に着目し、Inaudible が共有不可な主観的限界音楽の形態の一つとなることを目指した。また、オノマトペを使用することにより、内部的思考における印象を操作することを試みた。

*クロスモーダル効果 (Crossmodal) 視覚情報と聴覚情報が同時に入力された際に、視覚情 報によって聴覚情報が変化する効果がこれに代表され る。クロスモーダル効果とは、ある感覚情報が他の感 覚情報(メカニズム)に干渉することによって感覚情 報自体が変化する現象を指すものである。

作品テーマ

Inaudible 1.0

舞台となるのは、神奈川県横須賀市にある”猿島”だ。猿島は戦前東京湾の首都防衛拠点として利用された無人島であり、幕末には台場が築かれ、昭和前期には沿岸防衛や防空のための施設として利用された。猿島は時代に応じ、軍事的重要拠点としての役割を果たしてきたのである。戦後に民間人が立ち入れるようになってから現在に至るまで大きな開発が進む事はなく、島内はかつての史跡が放置されたことによる旧日本軍の歴史的建造物が広大な自然と融合した様子を観察出来る。

今回の作品はアクリル板とベニヤ板を使用した聴覚器官以外を刺激するアートパネルと、フィールドレコーディング作品によって構成される。アートパネルにはフィールドレコーディング作品と同じ場所の写真が印刷され、表面に複数の感覚器官を刺激する視覚・触覚加工が施されている。アートパネル内には写真の視覚・触覚イメージを抽象化したオノマトペを配置し、内的思考における印象に影響をあたえる。また、今後の発展を考え、今回の猿島の作品はInaudible 1.0という呼称とした。

今回の作品は5つの場面で構成されており、従って5つのアートパネルとそれに対応するサウンドアートが用意されており、鑑賞者は発表者の指示にしたがって次の場面へと移行する。この際には鳥の鳴き声の合図が鳴る。

(実際のアートパネルの写真)
Inaudible1.0の鑑賞方法

Inaudible Short

Inaudible Shortは中間発表でのフィードバックを経て制作した、Inaudibleをより多くの人に楽しんでもらうために、アートパネルを3組1セットのキーホルダー形式にし、絵本のようなポップなデザインした作品である。中間発表の際には、想定よりも多くの観客がいたことで、一つ一つの作品に集中して鑑賞してもらうことが出来なかった。Inaudible Shortではその点を改良し、小型化した。また、質感や手触りなどを楽しむ、子供向けの絵本をイメージしてデザインをより分かりやすく、直感的にした。

Inaudible Short (展示ポスター)

Inaudible Shortでは、6個のアートパネルを自由に取って鑑賞できるようにした。また、卓上のiphone11で再生されている動画で、それぞれの鑑賞するアートパネルと対応した音が流れるようにし、好きなタイミングで鑑賞を始められるように工夫した。

Inaudible Short (実際の作品の写真)
(発表で使用した動画)
三脚の位置にIphoneを設置して自由に鑑賞できる形式になっている

今後の展望・課題

音象徴による客観的な視点における効果を生かし、より発展的・分析的な視点においてオノマトペを活用することが可能である。オノマトペには主観的な領域を超え、ある母音や子音が人に与える印象において深い関係性があることが分かっている。これは例えば、母音「a」には”平坦・平面的なイメージ” があり、一方で「i」には一直線、線的なイメージがあるといったようなものである。いくつかの研究によれば、オノマトペを定量化し、その音素特徴に内包される意味合いをベクトルデータで表現することが可能である。そこから、ある印象をもつオノマトペは創作することが可能であると考えられる。この創作オノマトペを利用し、印象操作の客観性を作品内に持たせることは、製作者の主観的意図のみに依存しない客観性と共感性の高い、「感覚器官への刺激とオノマトペによる内部思考の印象操作の協同」に高い効力を発揮するのではないかと考えられる。

また、最終発表でのフィードバックを踏まえてこのアート形式がより説得力のあるものとなることを目指し、今後この構成要素と表現方法は修正していく予定である。

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