[x-Music Lab 23秋]作品Yadorigi制作記録

藤家大希
x-Music Lab
Published in
Jan 26, 2024

所属

藤家大希

慶應義塾大学 総合政策学部 3年

x-Music Lab 藤井進也研究室

概要

私の2023年度秋学期の主な活動は、関内にある象の鼻パークで12月に開催されたZOU-NO-HANA FUTURESCAPE PROJECTでの出展に向けたグループ作品制作だ。
私たちは、リーダーの斎藤理貴君の以前の作品をもとに、「音を素に成長する木」というコンセプトを起点として作品制作をスタートした。グループメンバーの多くにとって大きな予算をもとに多数のお客さんが訪れるイベントでの出展は初の体験であり、クオリティ担保やスケジュールのシビアさに苦労したが、紆余曲折を経て作品を一つの形へとまとめ上げることができた。

チーム・作品情報

チーム名:sonilife

作品名:Yadorigi(s)

メンバー:斎藤理貴、新美陸人、藤家大希、保阪明奈、佐野風史、村松春来、田中堅大、小林良穂、魚住勇太、藤井進也

所属:x-Music Lab 藤井進也研究室

主催:象の鼻テラス

プロジェクト:ZOU-NO-HANA FUTURESCAPE PROJECT

開催場所:象の鼻公園

開催日:2023年12月8日(金) — 10日(日) 16:30–21:30

協力: Ishii-Ishibashi Fund

ディスカッション

「生命は環境に適応し、競合しつつも棲み分け、ニッチと呼ばれる固有の空間をモザイク状に共有しながら相互作用していく。このようなダイナミクスを持ち、遷移・進化していく音楽・音響はいかに可能だろうか?」

活動開始当初の私たちのチームは、この生態学的な命題からディスカッションをスタートした。生物種はその生息環境や餌、エネルギー源を取り合っており、その中でそれぞれが固有に確保した生態的地位がニッチと呼ばれるものである。ニッチは種によって明確に区分されることはなく、あらゆる種が部分的に互いに共有し合い、ネットワークを作り上げている。このネットワークの様態は、膨大な相互作用の中で時間と共に移ろう動的なものである。このシステムは、生物にとどまらず、音楽や言語など他の領域にも当てはめて考えられるのではないか。そのようなダイナミクを抽出して音楽作品として表現することが可能なのか。これが私たちが起点とした命題である。
加えて、今回の展示イベントは「ナイトアウト(夜遊び)」を主題として強調しており、暗闇と光の対照性の美しさを醸し出すため、「影(陰)」を媒体とした作品を作ろうと試みた。 これらの命題をどう作品展示として成立させるか、私たちはプロトタイピングによって手探りで表現を追求し始めた。

プロトタイプ1

コンピュータグラフィックによって成長する木をデザインし、プロジェクターで投影する案。影によって動的な木を表現するという課題に対し、まず実現可能性が高いアイデアとしてコンピュータグラフィック(processing)を用いて試してみた。この案でダイナミクスを表現することは容易そうだが、作品の「モノ」としての価値を高め展示会場の他の作品と差別化を図るため、この案は捨て影を映すための実際のモデルを制作することに方向転換した。

先行事例

Hiroko Iwasaki, Momoko Kondo, Rei Ito, Saya Sugiura, Yuka Oba, Shinji Mizuno Faculty of Information Science, Aichi Institute of Technology, Japan (2016)
Interaction with Virtual Shadow through Real Shadow using Two Projectors
実際の影とプロジェクションによる影を融合させるAR体験アートの例。

プロトタイプ2

影を落とす物体として最初に考えたのは画像(1枚目)のような機構だ。何層にも重なったカップの内部には針金が通っており、下部の箱の中から手で操作して棒状の物体を動かすことができる。層に分ける構造にすることで生命感の演出を出し、さらに同じ構造を縦に三つ並べることで重なり合った影の表現を実験することができた。見た目の印象が弱いことや、箱内部で人の手を使わずに自動で針金を操作する機構が難しく次の案へ。
なお画像2枚目はプロトタイピングまで進めなかったが、アイデアとして出た粘菌の動きを影絵として表現する案だ。

プロトタイプ3

木の影を落とす直接的な手段としてモールを組み合わせ木の枝の形を模倣した。根本をモータで回転させることで影の動きを自動化することもできた。モールを折り曲げることで細かい表現が可能になったが、モータによって回転していることが分かりやすく影に表れてしまう結果となった。ディスカッションを通し「影絵の魅力はオブジェクトが影に変わるプロセスにおける意外性である」と定義し、オブジェクト自体が木に似た構造をしている上、オブジェクトの動きも直接的に影絵に反映されてしまっているという点を考慮して、この案を捨て新しい構造を考えることとなった。

プロトタイプ4

先述した影絵の魅力の定義に基づき、視覚表現としての美しさ、作品の芸術性を高めるためデザインを一新した。これまでは「環境に寄生する作品」であるというコンセプトを強調するため、展示会場に既に設置されている照明を利用していたのだが、照明が固定されている状態ではアイデアが限定されるため自分たちで用意したものを使用することにした。これによって、オブジェクトを固定していても照明の動かし方を工夫することで複雑な影を映すことが可能であると気がついた。照明を複数用意し、一度は手動で面白い演出を探り、それを自動化するため実装するといったプロセスで何度かプロトタイピングを繰り返した。これが最初に考えた案であり、床、地面に設置したオブジェクトにストロボ的に照明を当て、意外性を持っており切り替わりの美しい影絵の表現を試してみた。

プロトタイプ5ー完成品

プロトタイプ4で得た感覚を基に、木、生命のダイナミクスの表現に立ち返り、音の情報をやり取りする木の「木漏れ日」を影絵として表現する方法を探した。
私の帰路で見つけたカーゲート(画像1枚目左上)の影が発想のきっかけとなり、5角形の穴と面に対し垂直に尖って立つ棒によって構成されるカラス除け(画像1枚目右上/左下)をオブジェクトとして使うことにした。カラス除けに対し垂直に複数のペンライトで光を当て、ライトを手で動かす方法を工夫すると、木漏れ日に似た模様の影絵(画像1枚目右下)を作ることができた上、モアレと呼ばれる興味深い現象を起こすことに成功した。モアレとは、規則正しい模様が重なって動いた時に生じる縞模様のことである。
私たちは、この現象を自動でペンライトを動かす機構によって実現することができれば、音の情報を基に動く影絵表現を作ることができるだろうと考えた。 このアイデアを実現するため、ペンライトの機構を考える担当、扱う音情報や音楽表現を考える担当、全体的な筐体の制作をする担当など、チームで役割を分担した。
私は筐体の外装として、カラス除けを手前の面とし、ペンライトを動かす機構や音を再生するスピーカーを中に収めるための外箱の制作に取り掛かった。カラス除けやスピーカーを採寸して考えた簡単な設計図(画像2枚目左下)を基に木の板を購入し、加工して組み立てた後ペンキで黒に塗装した(画像2枚目右下)。
箱の内部では、マイクロコントローラーがノートPC、ロボットアーム(モーター)、距離センサーにそれぞれ接続れている。箱内部両端に設置されたロボットアームは、ペンライトを左右に揺らす役割を担っている。機械的な動きに加えてより木漏れ日らしい細かな影の動きを作るため、アームから垂らした輪ゴムを介してペンライトを取り付けた(画像3枚目左上)。また、中央に設置されたモーターによって、2本のペンライトが一つの軸を中心にゆっくりと回転する仕組みとなっている(画像3枚目右上)。これによって自動で先述のモアレ現象を発生させることができるようになった。 ロボットアーム、モーターの速度、加速度、角度などの情報は、ノートPCからマイクロコントローラーを介して送信することができる。これらの情報は振幅、周波数といった音の情報に置き換えられ、ソフトウェアで音楽を自動で生成し箱内部に据え置かれたスピーカーから再生した。これによって影絵の動きと音楽表現との連動に成功した。さらに、カラス除けの一部に設置した距離センサー(画像3枚目左下)によって、展示会場において筐体の前の人流の情報を計測、分析し、それらが影と音の変化を生じさせる仕組みを作成した。

展示

作品説明

公園空間に仮想の影絵の「⽊」を宿らせます。⼈の流れ、⼈々の会話、気温や⾵。ナイトライフの「賑わい」や環境によって会期中、形を変え、⾳と光を⽣み出します。⽊は⽣命のメタファーとしてプログラムされ、ナイトライフの環境の⼀部となります。⽊は⼈々の様⼦によって変化します。⼀⽅で⼈々も⽊に集ったりと⾏動が変化します。互いの影響の中で⽊と⼈々の関係が移ろい、⾳と光も変化していきます。

以上の説明文とともに、制作した作品を象の鼻パークの海岸沿いの地点に展示した。私たちは先述した方法によって、センサーで取得した人流に関する情報が影絵の動き、音楽を生成するシステムを作り上げた。そしてそのシステムを一つの箱に収め、パークの隅に「寄生」するように溶け込ませることで、特有の環境の中で移ろっていく淡い影と音を演出することができた。
展示当日はイベント足を運んだ多くの人に作品を見ていただいた。本作品を展示した地点は、イベント全体の人の導線から少し外れており、そのことがかえって作品の静かさや細かな揺らぎの表現を伝わりやすくしただろう。

展示した作品

振り返り

今学期の制作活動で私たちが直面した問題は、設定した難解な作品コンセプトに関する理解をグループ内で共有し、具現化された作品に落とし込むことの難しさと、その過程をタイトなスケジュールの中で実行する厳しさである。多くの学説や過去の作品例をメンバーが各々持ち寄り、また研究会のメンターの方々にご教授いただくことで、生態学、サウンドアート、プロダクトデザイン、システムエンジニアリングなど多岐に渡る領域で知識を広げることができた。制作に伴う多くのの命題に対し、私たちの表現の要素ひとつひとつがどの概念をどう具現するか、またそのアイデアは実現可能であるかを、少しずつ検証していった。ディスカッションとプロトタイピングを繰り返す中で、抽象的な概念に形を与え他に共有する力が養われていくように感じられた。同時に、何が実現可能で何がそうで無いかを見極め、実現可能の領域を少しずつ広げていく能力も身についた。この成長は、イベントへの参加としてタイトなスケジュールの下行ったこと、たくさんの方々、団体様の協力により資金をいただいたことで初めて成り立ったものだろう。自分で考え込む前に仲間に話してみる、すぐに必要そうなものを揃えて手を動かしてみる、これらのプロセスを短期間で何度も踏むことによって、強い負荷を糧に大きく成長することができたのだ。
作品に関し具体的な振り返りをすれば、一つの「箱」という筐体に全てのシステムを内包するという形を実現できたことが、私が個人的に最も満足する点である。私たちのグループは、研究会内の他のグループと比較しても特にアイデアが紆余曲折、分散しつつ進行した方だと思う。そのことはこうして改めて各段階のプロトタイプ、ディスカッションの道のりを見て明らかだ。しかし、個々人が先述したような成長を経る中で、私たちには一つ一つの命題をクリアし抽象概念を具現することで、作品「Yadorigi」を収束させた。したがって、皆で頑張って捻出したシステムの全てを一つの箱に収められたことは、私たちの今学期の奮闘の結果を象徴しているように思えるのだ。
反省点として残るのは、グループ制作を進める中での役割分担やタスク管理、スケジューリング等、マネジメントが上手くいかなかったことだ。非常にタイトなスケジュールの中で、私たちの活動は深夜に及ぶことも多く、グループメンバーの多くが体調を崩すこともあった。今後の活動では、マネジメントを担当する役割をグループに設け、今期見えた多くの課題を解決するよう積極的に働きかける必要があると感じた。

謝辞

私たちの今学期の制作活動、そして以上で述べたような成長は、主催の象の鼻テラス様をはじめ、Ishii-Ishibashi Fund様、藤井進也先生、慶應義塾大学様等、皆様に資金面でのご協力をいただいたからこそ成し得たことに他なりません。学生だけでは持ち寄れない総額の資金を予算とし、何度もプロトタイピングを繰り返すことができました。心より感謝申し上げます。また、展示会場にて撮影、編集を請け負っていただいた吉屋様、当日機材管理や運営でご協力いただいた象の鼻テラス・パーク関係者の皆様、ありがとうございました。重ねて感謝申し上げます。
そして、毎週の研究会に加え毎日のようにフィードバックをしていただいた藤井先生、魚住先生、小林先生、田中さんをはじめとする先輩方、そして運営にご尽力されたSAの柴田さん、江村さん、本当に感謝しております。ありがとうございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。
最後に、今季の活動を一緒に進めてくれたsonilifeチームの皆、その中でも忙しい中メンターとして導いてくれた風史君、本当にありがとう!迷惑をかけたことも多かったと思うけれど、とてもスリリングで楽しい半年間でした。これからもよろしく😀

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