手軽さと手間。インスタント快楽とすぐ結果を求めることの危険性。

インスタントに結果を求めるのは辞めたほうがいいよね。

インスタントな結果をくれる現代

この前うちのギターの先生がこんな感じの話をしてた。

レストランで出るような美味しいカレーを作るときは、複数のスパイスを調合したりするでしょ。肉なら叩いたりした後にワインで漬け込んだり、ジャガイモなら一度茹でたりとか工夫するでしょ。音楽もそうで、良い音楽には手間がかかります。

この話を聞いてて「すぐ結果を求める」っていうのはリスクのあることだなって感じた。

日本はとても便利だ。

少し歩けばコンビニがあるし、Amazonに頼めばすぐさま配送されてくる。

ドラえもんで未来デパートっていうのがあったけれどAmazonは未来デパートみたいだよね。

でもその代わりに私たちからは予想外の良い品に出逢う機会が減ってしまった。

結果や便利さを手軽に求めることが可能なのは現代の利点だけど、欠点でもあるのだ。

言うことは簡単だし、当然のことなんだけれどもヤマダはイマイチ理解できていない。

結果とそれに伴う快楽を手軽に求め貪ることを「インスタント快楽」と名付けよう。

インスタント快楽の危険性

娯楽やサービスが飽和状態のこの世は思っている以上に危険だ。

寿命を無意味にすり減らす娯楽がそこらじゅうに散りばめられている。

辺り一面が毒の海。じわじわと寿命を削っていく遅効性の致死毒だ。

君はそのゲームを遊ぶことで何らかの成長性を獲得できるのだろうか。

そのマンガは君の人生に何の教訓を与えてくれるのか。未来への布石となるのか。

それとも、死んだ後は何も感じないだろうから今ある快楽を美味しそうなもの順に貪っているだけだろうか。それは良い選択だろう。賢い。

確かに「今は無価値な時間だけれども後々素晴らしい未来に繋がった」という事例は山ほどある。

でも、手間をかけずにインスタントな快楽だけを摂取してたら人生の味が不味くなるんじゃないかな。怖くならないのかな。

インスタント快楽でお腹一杯になった瞬間、罪悪感に苛まれるのがヤマダだ。

ケーキ食べすぎちゃったどうしよ~とか言ってる女の子と一緒だね。

インスタント快楽に手間をかける

インスタント快楽がダメな理由って快楽を手軽に求める所なんだよね。

快楽を貪るだけ貪って色々なものを消費しちゃうからダメなわけで。

じゃあ、対策を考えよう。

インスタント快楽を摂取するのを止める

簡単に見えるけれど、難しいよね。

年中ダイエットしなきゃって言ってる人と一緒じゃん。

断つための施設とかはないし、心持ちを変えるのもダメなら物理的に距離をとるしかない。

アプリを消すなり、捨てるなり。

でもWEB経由だったり友達と同じゲームとかだとライフラインに密接していて難しいかも。

インスタント快楽に手間を加えて美味しい快楽にする

ゲームなら賞金を稼げる所までもっていく。

マンガならアウトプットできるレベルまで持っていく。

そういう手間を加えることにより、罪悪感なく快楽を得る手法を模索する。

熟成された分、すっごい気持ちいいんじゃないかな。

でもそのためにはリソースの裂き方を変える必要性が生じるよね。

手軽さと手間のトレードオフ

手軽な快楽を得るか、手間をかけて濃縮された快楽を得るか。

結局はそういうことだ。

手軽さだけのインスタントな結果だけを求め続けるのは次に繋がりにくいから辞めたほうがいいんじゃないかな。

だけど、手間をかければ必ず良くなるということでもなかったりするのが嫌らしい所だよね。

散々インスタントは良くないって言ったけどさ、手間をかけるorかけないの見極めは難しい。

だから、さしあたっては「それに手間をかける価値はあるのか」と問いつつ行動するのが良いんじゃないでしょうか。

語り疲れたのでここまで。

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