木村くんインタビュー

191203 / Tue / 18:10–19:10 / 晴れ / ドコモハウス

僕、木村がおばちゃんについて語る試みである。インタビュアーを同じ研究会の太田風美さんにお願いした。

はじめに by 太田

インタビュー当日の1週間前に「太田にインタビュアーを頼みたい」とだけ言われ、私でよければおっけーですよと返した。インタビューは全然得意じゃない。気付いたら自分の話ばっかりしてて後から思い返して気恥ずかしくなるからだ。対してマサヤはどんな話をするにしても、ゆっくり時間をかけながらも着実に言葉を話すひとだと思う。たぶん私たちに共通しているのはどちらかというと「エディター気質」なところで、後から言いたかったことを言葉やビジュアルで補完したり不必要なところをカットしたりするのは得意だけど、一発ライブパフォーマンスでバシッと決めることはあんまり得意じゃない。

「あぁ、私がマサヤを道連れに色々な話に寄り道させてしまうことになるだろうなぁ」とは思いつつ、寄り道先で発せられる言葉にちゃんと耳を傾けるようにしようと意識してインタビューをはじめた。

「お願いしまーす」
「どうもこんにちは」と太田が笑いながら入りを言う。
「こんにちは」つられて木村も笑う。
「今日の体調はどうですか」と木村は言われ、ニヤケが止まらない。
「今日の体調、あ、そう僕、風邪ひいたんですよ、この前」
「あら」
「この前、しゅうじろうくんとマオと鍋するってなって」
「うっそ」
「ひびきとれいと」
「行ったら、寒気するって言って、体温計貸してもらって測ったら38.5℃出てて、帰った」笑いながら言う。
「そういうのばっかりだよね」
「そう」
「なんか、本当にその場に居たいのかどうかっていう問題が」ふたりで笑う。
「みんなそう言うけど、すごい楽しみにして待ってたのにその日」太田も笑う。「行ったら風邪だった」
「おもしろい」
「だから金曜日も仕事休んで、一日寝て、病院行ったら、インフルだと思って、インフルの検査受けたら、先生に『The 風邪』って言われた」
「ユーモアのある」
「そう、おもしろい先生でした」
「で、今は治ってんの」
「治りました、無事」
「なるほどね。いつも体調悪いじゃん」
「養命酒飲んでるのにさ、意味なくねと思って」
「そんなおじいさんみたいな飲み物飲んでるの」
「いや、でも、冷え性改善したいし」
「冷え性だったんか」木村、笑われる。「私も冷え性だけど、何、末端?」
「うん、末端」
「女子じゃーん」
「辛くない?冷え性」
「辛ーい。寝れないしね、寒いと。寝るまで時間かかって、朝起きるとあったかいとぼーっとして」
「ね」
「でも養命酒だけは飲まないわ」
「なんで」笑って聞く。
「美味しくないからだよ」と笑う。
「飲んだことある?」
「ないよ」
「そんな気になんないよ」
「何味なの?葛根湯でしょ?」
「違う違う。シナモン風味の味だよ」
「へー、知らなかった」
「ちなみにアルコール度数14度だよ」
「え、だめじゃん、じゃあ。ショットみたいなグラスに入れて飲むよね?」
「そうそうそう、20ml」
「じゃあ、文字通りショットなんだね」
「うん、ショット」
「どうすんの」笑って聞く。
「でもね、意外と別になんでもないからね、なんかそんな強くないんだぁと思う」
「知らんかった」
顔を見合わせて、ふたりで「はあい」と言って笑う。
「養命酒続けようか続けまいかどうしようかって迷ってる」
「おばちゃんも飲んでないの?」
「飲んでないね」
「おばちゃん、どうやってるんだろうね。ずっと仕事してるでしょ?」
「うん」
「まちの人のために、ずっとお店開けてるわけじゃん?」
「うん」
「すごいよね。元気なのかな」
「元気じゃないね」
「元気じゃないのね」
「うーん、やっぱり、この前もマオと一緒に行ったら、その日めちゃめちゃ、前日・前々日くらいに人多すぎて、疲れすぎて病院に行ったって言ってた」
「人が多すぎて?お客さんが多すぎて?」
「お客さんが多すぎて」
「お店、じゃあ、人気なんだね」
「まあ72歳のキャパに対しては人気なんじゃない?」
「たしかにな。72歳に見えないけどね」
「うん」
「すごいね」
「マジですごいよね。何十年も週7だよ?朝9時45分から夜7時15分くらいまでやってるんだよ?」笑って聞いた。
「この前行ったところ、桜井(奈良県)の取材先の人も定休日を決めてなくて、基本的に開けっぱなし、みたいな。いつも人が通ってくのを見て、お店から見てっていうのを」
「へー。あれ、どこだっけ」
「仏具店の人」
「あー」
「そういうまちの人がさ、とりあえず開けっぱなしにしてっていうのはわかるけどさ、柿生はそこに比べたらまあまあ都会じゃん。そういうまちで開けっ放しにしてあげる店って珍しい、よく頑張るよね」
「うーん、そうね。菜穂子さんが時々変わってはいるけど、でも本当すごいなとは思う」
「ね」
「店番しながら寝てたりするからね」と言って、ふたりで笑う。
「それはどうなんだい」と太田。
「(寝てるとき)俺が行くとめっちゃ慌てるよ。俺隠し撮りした写真あるもん」
「へへへ。なんで慌てるんだろう。写真撮られると思うのかな」
「いや、なんか、『あ、やばいやばい』みたいな」
木村が写真を探す。
「『なんだー、木村くんかー』って言われる。俺ならいいんだ、みたいな」木村は自虐しながら笑う。
「あー、お客さんだと思って、起きたら真清だった」
写真を探している間に太田が質問をする。
「おばちゃんのLINEは知ってんの?ってか、おばちゃん、LINEやってるの?」
「おばちゃん、LINEやってないよ。ガラケーだもん」
「マジかー」
「絶対スマホにしないって言ってる」
「それはなんでなの?めんどくさい?」笑って聞く。
「うーん、なんだっけな、もうついていけないみたいなこと言ってた」
「あはは」続けて聞く。「電話番号とか知ってんの?」
「知ってる」
「おー」
写真が見つかって、太田に見せる。
「こうやって寝てるの」
「あー、こういうタイプね」
「そう。でも基本的にメアド、メールが多いかな」
「あぁ、そっか」
「うん、メル友だから」ちょっと誇らしげに笑いながら答えた。
「メール見たーい。一番可愛かったメールは?」
「一番可愛かったメール…」メールを探る。「うわ、懐かしい、『木村真清です』っていうメール見つけた」
「はじめましてのメール?」
黙って頷く。
「いつからメル友なの?」
「18年の5月3日」
「だけど、それより前から店には通ってる?」
「17年の3月には行ってる」
「あー」
「そうすると、意外と(間に)時間あるんだな」
「ね。2年と半年くらいか。『メアド交換してくださいよ!』って言ったの?」
「いや、おばちゃんに言われた」このタイミングでちょうど可愛かったメールを見つけた。「ほら、記念日にくれた」
「えぇ!?どういうこと!?ハッハッハッハ」面白かったようだ。「すごーい。この何て言うんだっけ、デコ文字みたいな。懐かし〜」
「たまにiPhoneだと表示されないんだよね。四角にバツみたいに表示されちゃう時がある」
「めっちゃウケる」ずいぶん長く笑ってる。「え、待って、egao.smileなの?」驚いて聞いた。
「そうだよ」僕にはもう当たり前になったことだけど太田には面白く写ったようだ。
「えー、マジかー」
「何でそんな衝撃を受けてるの」衝撃を受けすぎていて笑ってしまった。「うちの担任の英語の先生も、happy-go-luckyだった」
「あー、言ってたね、それ、どこかのタイミングで」
「happy-go-luckyか〜って思ったけど、今でも思い出せるくらいに覚えてるから。egao.smileて」
「超笑顔だよね。誕生日@docomoだから」
「あ、そうなんだ。すごいね、余韻を感じつつ。これもらってどう返したの?」
「この時は、写真送ろうとしたんだけど、iPhoneで撮った写真をガラケーに送るのって無理らしくて」
「大きすぎるから?」
「そうそうそう、あまりにも大きすぎて、サイズが。だから超苦戦して、送れなくて。無視したみたいになったんだよね」
「あぁ」
「撮った写真も添付して返信しようとしたら、送れてなかったらしくて、無視したみたいになっちゃって」
「あぁ、ひどい〜」
「冗談で、『やっぱり木村くんは無視するのね』みたいなのを言われて」
「かわいそうに〜」
「『無視してないですよ〜』って、これ送れたのかな、送れてないのかな」当時のメールを太田に見せた。
「蕎麦の花って何?」メールに蕎麦の花の文字が書いてあって、質問をする。
「蕎麦の花はおばちゃんが買ってきてくれたお土産かな」
「かわいいね。『ふたりで食べな』って買ってきてくれるんだね」
「めっちゃくれるんだよね」
「へー」

ここから話はおばちゃんとの関係に。
「何話してるの?」
「うーん、何話してるのって聞かれると、あれだけど、別に普通だよ、友だちみたいな」
「その感覚がわからんからな」
「あー」
「仲のいいおじさんというか、そういう人がいないから」
「普通にいないよね。いるわけないよね」
「ね。だからすごいよね。そういう人に出会えたこともすごいし、2年、3年近く関係が続いているのもすごいし、周り巻き込んで、コミュニティというか共通の知人ができるのもすごいし」
「まあでもそれは、おばちゃんの特性だと思うけどね、僕は」
「あぁ、そうなんだ」
「うーん、だって、僕そんな社交性ないし」
「川村さんっていう女子大生も紹介してもらった?」
「そうそうそう、『フィルム写真はじめたいです』みたいな感じで、おばちゃんのところにきてて、大学生で柿生の子だったんだけど、『会わせたい子がいる』って」
「へぇ〜〜〜。たしかにそう考えると、そこがすごいな。ならんもん」「大﨑くんっていう子もそう」
「大﨑くんの方があと?こういう子がいて、よければ紹介するよって?」「よければとかじゃなく、紹介するね!って」
「ははは」ふたりで笑った。
「すげえ。なんだ」
「諏訪さんっていう人にも会わせてもらって、カメラ譲ってもらったりとか、僕の今の愛機なんだけど。おばちゃんはくっつけるのがうまいんですよね」
「ね。うまいというか、くっつけがデフォというか」
「うんうん、不思議だけど」
「ここに来た時点で、遠慮がないわけじゃないけど、何なんだろう。でも紹介するからってなるのがすごいよね。私が行ってもなるのかな。真清の友だちという文脈を一切伝えずに行ったらどうなるのかな」
「あぁ〜〜〜」
「フィルムカメラ気になって、まずは最近写ルンです始めててって、つらつらと喋ってみて、もしかしたら紹介されるのかな」
「されるんじゃない?おばちゃんが気に入ればだけどね」
「あっ」
「けっこう判断するからね。なんか気に入るからね、“お客さん”っていう風に接しようっていう人と仲良くなろうっていう人と二種類いるんだよ」「すごいね。何の違いなんだろう」
「マオとかすごい気に入ってた」
「あははは」ふたりとも想像がついて笑った。「『笑顔が素敵!』って」ふたりとも爆笑である。「しかも(マオが)クッキーつくって行って、『可愛すぎて食べられませーん』ってメールこの前帰ってきた」
「あっはは。かわいい」
メールを見せる。
「かわいいね。普段のメールは落ち着いてるんだね。余韻がある感じじゃない」
「あ、そう、けっこう、サバっとくるよ。ほら、『了解。』って」
「ははははは」
「記念日のメールなんだったんだ」
「気合入ってる」
「ね、よっしゃー一発やったるでって」
「基本的にはめっちゃ男っぽい。男とメールしてる感じ」
「男前だね」
「だって、ほら」先日のメールを見せる。「怒ってんのかなってくらいでくる」
「絵文字も使わないし」
「絵文字使わないって言ってた、基本的に」
「へえ」
「記念日は、メル友始めたてだし、僕の彼女にも送るからみたいな感じなんじゃないかな」
「そうか、真清の生態みたいなのが知れて、もうこいつデコメ使わなくてもいいかって感じになったのかも知れない。おもしろいな。今聞いて、意外な要素があるよね。割と何でも共有してもらっていた気がしていた」
「何でも共有してもらっていたような感じ?」
「いや、そういう気になるじゃん。こういう発表毎回聞いてて、ジャーナルもかなり読んでるし、『おーん、おばちゃんはこういう人ね』ってなんとなく形としてあるけど」
「はいはいはい」
「そこにegao.smileがよこされると、『えぇっ!?』みたいな」
「あははは」
「そうね、プライベートで遊んでるからね」
「本当にそういうおばちゃんなんだな」
「フィールドワークしにGoPro持っていく日以外にも、写真出しに行ったりもしてたし」
「友だち?」
「友だち…」悩む。「友だちなのかなぁ」
「知り合いっていうほど希薄ではない」
「うん。…友だちではないような気がするんだよね」
「友だちの定義が同年代のっていうふうになっちゃう」
「そうだね」
「でも、エレメントだけみたら友だち同士でやってることをやってる気がするよね」
「そうかな」
「そうじゃない?ういっすーみたいな感じで入って、喋って、たまにごはん食べて、メールしあって」それでも木村は判然としない様子。「友だちじゃないの?」
「友だちっぽいね」
「友だち以上?親友?」
「友だちってむずいよね。結婚式呼ぶ呼ばないみたいな」
「ははは」
「おばちゃんは呼びたいんだよね。でも友だちって俺いないなって思ってる方だから。あまり呼ばない人多いなみたいな」
「ね。一回あすかくん(同じ研究会の学生)たちと話していたのは、研究会の仲間を友だちと呼ぶかっていう話を研究会の仲間とするっている」
「あはは」
「研究会の仲間って私は言いがちなの。一緒のことを一緒に目指す仲間。だからマオちゃんとかしゅうぴん(しゅうじろう)とかとサマソニに行けたことが自分の中ではデカくて」
「それは友だちだよね」
「これは友だちと呼んでもいいんではないでしょうかって。友だち少ないって自分も思うようなタチだけど。友だちの領域の方に移動した感じ」「あるよね。でもそういう意味で言うと、お出かけっていうのはないかな。おばちゃん膝悪いっていうのもあるけど」
「でも、出かけられない代わりに君がお店に行くわけじゃない?」
「あぁ。じゃあ友だちだ」
「はは。あなたにとっておばちゃんとは」いつもの質問を笑いながら聞く。
「すげえ不思議なんだよなぁ」と木村は改めて悩む。「用意してこなかったわ、それ」
「あはは。でも友だちじゃ、なんか腑に落ちない感じなんじゃない?」
「めい(同じ研究会の学生)に夏休みの継続課題で、『どう思ってるんですか?』って言われた時に僕答えられくて、いやでもそれはもう『おばちゃん』なんじゃないかって。おばちゃんが僕のこと表す時に『木村くん』として言いようがないんじゃないかって。思ったんですよね」
「それは聞いたの?想像?」
「想像。もしかしたらマオのインタビューで聞いてるかも知れないけど」
「あぁ。まだ見てないんだ」
「楽しみ」
「そういう関係性の人に恋人でもないのに出会えてるってことがすげえって」
「そうっすね…」
「ふふふ」
「でもおばちゃんパワーだと思うけどね」少し間が開く。木村が考える。「でも最初のきっかけとして、僕は救われてるからね」
「ほう」
「彼女にも言えないし、家の人にも言えないし、友だちにも言えないような愚痴みたいなのをずっと聞いてもらってた側だから」
「そっから入れるのもすごいけどな。そういう自覚をしたのはいつなの?」
「5月くらい?」あやふやな記憶を辿って答える。
「その2ヶ月の間はどうしてたの?お店としてお客さんとして来て、だけどついでに、だけど、お話して」
「うん」
「それってどういう瞬間に出たの?」
「覚えてないなー」
「気づいたら話してた?」
「気づいたら話し込んでたなー」
「青春だな」
「でも、いろいろ聞かれてたのはあるよ。『どこ住んでるのー?』とか、『今大学でこうこうこうで』って。あ、でも最初、慶應ボーイで僕のこといじって来たから、『いや、とはいえ、大変ですよ』っていうのを最初に愚痴ったかも」
「なるほどね」
「慶應ボーイいじりはどこかでも書いてたもんね。でも、そこから話を聞いてくれるようになったの?」
「そう、最近、おぼっちゃまいじりはしなくなった」
「ははは」
「『おぼっちゃまいじりをすると木村くんは怒るからね』っていういじりを最初はしてたけど」と少し真似をしながら言った。「それもしなくなった最近」
「ちゃんと聞いてくれる人はいい人だ。聞き手役の才能をすごく褒めるツイートを最近見て。他人の話を一通り聞き切った後に、自分の意見を言うことができる人って一握りしかいない。それができるって思う人は大事にしたほうがいいって。たしかにって思うんだよね。インターンとかで、研究会外の人と話す機会が増えて、普通に社員の話は遮るわ、私たちの話は遮るわ、会議中で静まると『これでこういうことっすかね』ってボソボソって言うんだけど、一人でささっとホワイトボードを書き換える。彼なりに気まずさをコープしてるっていうか、仕事の進捗を生み出すっていう方法なんだろうと思うけど」
「おばちゃんはそれが自然にできるんだろうね」
「それにプラスアルファでその人の適正というか、キャラクターを見て、引き合わせたくなっちゃう」
「うん」
しばらく木村が考えこむ。
「おばちゃん自身も友だち少ないんだっけ?女友だちが少ないだけ?」と太田が聞く。
「うーん、友だち自体はそんなに少ないわけじゃないんじゃないかな。忘年会とか参加したけど、おばちゃん界隈の」
「何人くらい?」
「10人くらい?」
「あー」
「一部のメンバーではあるけど、固定メンバーの」突如思い出したように言う。「あ、でも、おばちゃんって奢るんだよね。絶対払わせてもらえないの僕」
「へー!やだよね。やだよねとは言えないけど」
「そう、まあ、対等ではないんだなとは思う」
「友だちだったら割り勘だもんね。どう頑張っても自分が年上っていう固定観念、年長者が必ず払うっていう」
「うん」
「なんだろうね。ちょっと線引きされてる感あるかな」
「ちょっとね。半社会人みたいになってるのにね。そこは超えられないね。これからはどうなるんだろうね」
「え、でも、あと10年で、おばちゃんは80歳で自分は30歳で、それはもう良くない?いつまでも子どもに見られるのかな。いや、でも大人に見られたいわけでもないよな。大人の男に見られたいわけじゃないじゃん?」「孫的なポジションではあるみたいよ、彼女の中では。彼女、孫いないんだけど」
「あー、そうなんだ。孫いないんだ。子どもはいる?」
「うん」
「ある種、孫みたいなポジションではあるらしいよ。どうしても見ちゃうんだね」
「孫でいいの?真清的には」
「いいか悪いかで言ったら…」
「ははは。違和感があるかどうかで言ったら?『孫かー』みたいな」
「孫じゃなくていいかなみたいな」笑いながら答える。「自分で払うし」
「ははは」
「会いたい時に会うし」
「孫だったら、『わざわざ来てくれてありがとうね〜』ってなるのかな」「そうじゃないかな」
「でも真清的には、別に会いたいから会いに来てるだけで、様子見に行かなきゃみたいに行ってるわけじゃないじゃん」
「うん」
ふたりとも考え込んで黙る。その後、太田が口を開き、話題を変える。
「写真を撮られたくないっていうのはどこから来てるんでしょうね?真清に限らず?」
「だって、この前、彼女がわざわざ卒業式にファミリーカメラに行ったのは、おばちゃんと写真を撮りたいからでもあったのに、言っても撮らせてもらえなかったからね。一生に一度なのに」と思い出したように、そして愚痴を言うように木村が答える。
「袴着て」
「そうそうそう」
「へー」
「新宿で袴来て、三田で式あげて、柿生までわざわざ来たのに、写真撮らせてもらえなかった」笑って伝える。
「へぇー!」
「本当に嫌なんだと思う」
「なんて言って断られるの?」
「『わたしなんかが写っても』って自分を卑下した感じで断る、いつも」「へぇ〜」
「『せっかくの写真なのに、なんでわたしなんか写るの』って」
「そんな強い言葉で言うんだ」
「そうそうそう」
「遠慮みたいな感じじゃないんだ」
「だから俺がキレるみたいな」
「ははは」
「反抗すると、『すごい反抗するのよ』って」
「反抗っていうか。でも、『おばちゃんと撮りに来たんだよ』って言った?」
「言った。でもダメだった」
ふたりで考える。
「何なんだろうね。もしかしたら何かあったのかもね。トラウマなのかわかんないけど」と木村。
「あー、写真のトラウマ?」
「わかんないけど。でもそうじゃないとそこまで断るかっていうくらい断るけどね」
「ね。でも『わたしなんか』っていう卑下する言葉は気になるよね。自信がないのか。裏方に徹している自分が好きとかなら、そう言わないと思うんだよね」
「あー」
「うーん」
「不思議だよな」と木村がぽつりと言った。
「今の話の流れでは、おばちゃんは媒介地点にいることが好きなのかって思ってたんだけど、こことここがあって、あくまで自分はここにいる存在でって。けど、卑下されちゃうと、また違うのかなって。おばちゃんのディープな心理判断ってできないけど」
「ははは。できないけど。でも何にしろ、『申し訳ない』ってすげえ卑下するんだよね」
「え、ちゃんと言ってあげてる?『おばちゃんのこと好きだよ』って」
「あはははは」
「『おばちゃんのこと好きな人いっぱいいるよ』ってちゃんと言ってる?」
「言ってる言ってる」
「けどー、ダメなの?」
「だってこの前、マオが来た時に、会わせる前に僕が言っといて、会わせたんだけど、『慶應の人がこんなお店に来るなんて、来ちゃダメだよ』『増井と申します。こんなのですいません』って。すげえ卑下するんですよね」
「マオちゃんならそこは解きほぐせているかも知れない。そこは音源に期待だね」
「そうだね」
「不思議だね。すげえ自信家みたいなお客さんが来たら、お客様対応するのかな」
「あぁ、でもいるよ。ちょっと偉い管理職に就いた人がいるってよくおばちゃん言うよ。『すごい偉そうにして』って。あと俳句おじさん来るんだけど、『あの人には逆らわない、意見は言わない、うんうんそうですねって言ってれば早く帰る』って。すごいお客さん扱いする」
「そうなんだ」
「でもその人たちも愚痴とかは言っていくから」
「けどあしらわれちゃうんだ」
「でもその人たちは気持ちよく帰ってる」
「いや、でもそれはさー!おばちゃんの犠牲の上に成り立ってるわけじゃん」
「そうそうそう」
「おばちゃんから発せられるおもてなしパワーによって、癒されて帰ってくんじゃなくて、おばちゃんが削られたことによって癒されて帰ってくんでしょ?」
「うん、めっちゃストレスあるから」
「それはよくないよ」
「そうだよね」ふたりで笑って木村が続ける。「だから大変だなと俺は思うよ。俺には結構愚痴とか言うからわかるけど」
「よくないよとかは言ったことはある?それはよくないですよって」
「それは言ったことないかなー」
「おばちゃんが削れるのはよくないですよって」
「言ったことないかなー。聞いてくれないしなーって思っちゃうし。どうにか癒す方向に持っていっちゃうな」
「癒す?」
「削れた部分を癒してあげる」
「話を聞いてあげるとか?」
「とか、プレゼントあげるとか」
「プレゼントあげるんだ」
「誕プレとか、お土産とかね」
「あぁ」
「そっちの方向に持ってっちゃうな。今度聞いてみよ」
「『おばちゃんが削れるのは見たくないっすよ』って」
「いや、でもさ、持続可能性的にさ、絶対保たないじゃんって思うんだね。体調崩してるしさ」
「うんうんうん」
「まあこれまで保って来たからあれなのかも知れないけどさ」
「え、おばちゃんには真清的に、あのお店に長く居て欲しいと思う?」「いや、でも僕は正直、いいと思う、辞めて。役目は果たしてると思うよ」
「ほぉーん」 言葉にならないような相槌をついた。「役目っていうのは?まちのカメラ屋さんの」
「そうね、おばちゃんは開けなきゃいけないのよって言うんだけど、待ってくれてる人がいるから、使ってくれてる人がいるから、開けなきゃいけないっておばちゃんは言うけど、俺はもういいと思う。それこそさっきの話だけど、損なわれてるから」
「うーん」
「関係ないんだから、もう。お金も困ってないし。儲けほぼなしくらいでやってるからさ、むしろマイなんじゃないかと思うくらいでやってるからさ」
「ねぇ〜。そうだねー」さらに切り込む太田。「役目を果たしたからもういいよって思うのか、本当におばちゃんに幸せになって欲しいからもういいよって思うのか」
「おばちゃんの幸せはわからんよ。だってあそこにいるのが幸せなんじゃないかと思う時もあるしね」
「あー、そうか。たしかにね」
「インタビューした人も言ってたけど、なんだかんだあそこが居場所になってる面もやっぱりあると思うから」
「うん」
「あそこに居続けた方が幸せなんじゃないかって思う面もある。けど、俺はいいと思うよ、辞めて」
「プラスのことが幸せだとすると、居場所があることは0な気がする。たまに好きなお客さんが来てくれた時はプラスの領域に入る気がする、デフォは0」
「あー。求められてても?」
「うーん。お店が居場所だから、そこを奪うことがおばちゃんの幸せを奪うことかもしれないっていうのは、わたしは違う気がする。居場所があって当たり前、居場所がない人は誰でもマイナスにいる気がする。居場所にあるとデフォに戻れる。居場所があって、さらにそこに好きな人がくるとプラスに行ける、イメージ。ファミリーカメラが居場所としてしか機能していないのであれば、辞めた方がむしろ幸せになるのかも知れない。全然わからんけど」
「今おばちゃんの中でもめっちゃ揉めてるんじゃないかな、どうするか」
「ひょこって、卒論がこんにちはするみたいに」
「そう。再開発したらどうしようって」
「そうか。いやでも、ファミリーカメラがなくても俺がいるよって言ってあげる」
「俺…今いるお客さんが路頭に迷っちゃうのが心配なんでしょ?おばちゃんは多分。一部のお客さんに『辞めないで』って言われるのも気になっちゃう」
「へー。それはその人の自分自身の居場所を確保するのにおばちゃんをあてにすんじゃねえって感じだけど」
「そうね、たしかにそうね、おっしゃる通り」
「けど、まあ、人をくっつけたりする役割もあるから、責任取れよじゃないけど、そういう人が出るのも仕方ないのか」
話はアウトプットへ。
「読んでもらうことを期待するわけじゃん」
「うん」
「読んでもらってどんな気持ちになって欲しいの?アウトプット」
「それでいうと、そんな卑下しないでって、ずっと元から思ってるから、個人的にはすごい存在だと思うんだよね。あの人がいるっていうのは。ちょっとは認識してくれたらいいかな」
「あなたはすごい人だよって?」
「すごいよ〜って」続けてぽろっと言った。「引退すんのかな、本当に」
「読んだら変わるかも」続けて疑問をぶつけた。「メッセージは自分を卑下しないで、なの?」
「うーん、メッセージはないんじゃない?だって、僕語らないもん、文章書かないし、インタビューをまとめてるものだから。ちょっと今日語ってるけど。おばちゃん、卑下しないで〜だったらめっちゃ書くけどね。こんだけすごくてって。お礼ではあるけど、メッセージはないかも」
「卑下しないでっていう指示になっちゃうのか。メッセージは感謝」
「あ、そうね」
「感謝っていうのは、卒プロに協力してくれたっていう感謝はそうだし、柿生に生ける木村真清の人生の一部になってくれたっていうことに対する感謝。以上です、みたいな?」
「かなぁ。あまりメッセージ性っていうのは考えてないからなぁ。実はお礼をやめた方がいいのか」冗談ぽく言った。
「お礼はいいけど、それ以上にこんなにおばちゃんに対して思っていることがあるのに、パッケージ性を重視するあまり、そこがなくても成立するくねってなるのは、もったいない気がする。こうやって一年間おばちゃんのことを研究することをあたりまして、自分はこう思っていることに気づきましたということ、素直なところを報告して、どうか卑下しないでくださいって言うよりかは、おばちゃんがおばちゃんを思っているよりはすごいですよって。あなたのこと大好きですよって。言わなきゃダメじゃない? 」
「それはあとがきに書くのかな。書くね」
「愛を」手でハートをつくってみせた。「ちゃんと、伝えてあげることも大事だし、自分で自分のこと好きって思うのも大事、だから。とにかく伝えてあげることだね」
「伝えます」
「あ、ありがとうございます。そしたらきっと完全にこんなにもすごいつくってくれて、おばちゃんのこと好きだよって書いてあったら、おばちゃんの中で変わるかもしれない。わかるじゃん、そしたら。『そんなこと言って〜』って言い逃れできないじゃん」
「なるほどね!」
「無理して開けなきゃとか、自分の好きなことを自分の好きなタイミングやろうって思うかもしれないし。今、気になるわけじゃん。『本当に素晴らしい人だ!』って、手放しに言えてる状態じゃない中で、真清が伝えてあげる、言い逃れできないくらいに、愛と共に」
「うん」
「いい話」
「…フィールドワーク展に来てくれるといいな」
「そうね」

おわりに by 太田

マサヤとおばちゃんには語られていないスピンオフエピソードが沢山あった。そんな話知らなかったんだけど⁉︎と驚くことばかりで、私の中にあったマサヤ⇆おばちゃん間の矢印像はだいぶ変わった。

おばちゃんはどの地域にでもいる「ご当地おばちゃん」的な人として見られていて、「ご当地おばちゃん」ってつまりはどういうことなんだろうっていう興味から入っているんだと思っていたんだけど、全然そんなのではなくて。私たちの研究会の教授の言葉を借りるならば「愛でしかなかった」。月一のプレゼンはどうしても研究の進捗報告として受け止めてしまうところがあって、関係性とかおばちゃん周りの人々のネットワークとか、少しアカデミックな理解の仕方をどうしてもしてしまっていたんだけど、いや、やられた。

しかもマサヤはエディターなだけでなく、フィルムフォトグラファーなんだった。“あ、この瞬間”というところを逃さずに、大事にできる人なのだった。小さな言葉の交わし合い、小さなエピソードの積み重ねを大事に切り取ることがこのプロジェクトであり、おばちゃんへの、こんなにも大きい愛だった。

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