選択
あれは日本を襲った、大きな地震の3日後だった。
学生時代、バイトを通じて知り合った一つ上のお兄さん。
なんだかんだで仲良くなって、先輩後輩のまま、私たちは社会人になった。
お互い、一度もその手に触れたことはない。
何度も一緒に旅行に行く仲だったのだけど。
誰も信じてくれないのだが、本当に、一度もお互いの手に触れたことがない。
それに私たちには、お互い別の恋人もいたし。
それでも白状する。
ここはネット上だから。
私はずっと、彼が一番好きだった。
そして彼も、私のことがずっと一番好きだった。
いつか結婚する相手だと思っていた。
そして彼も、そう思っていたと思う。
でも私たちは、ずっとずっと、友達だった。
関係を壊すのが怖かった。
あの日、テレビでは映画のワンシーンのような映像が流れ続け、コンビニには何一つ食糧が置いていなかった。
日本全体がピリピリとして、異常な空気に包まれていた。
そんな中、彼は私に、手を差し出したのだ。
誰もが大切な人を想って、深い悲しみに暮れる中。
彼は静かに、私に手を伸ばした。
本当は容易に、その手を握り返せていただろう。
だって私は、彼の気持ちを、ずっと前から知っていたから。
彼も私の気持ちを、ずっと前から分かっていた。
でもあの日、私は、あと一歩が踏み出せなかった。
あの時、私があと少しだけ、今の恋に不誠実で。
あの時、私があと少しだけ、自分に素直だったら。
私は彼の手を握り返したのかもしれない。
あの時、もし彼が、気持ちを言葉にして。
あの時、もし私が、もっと寂しかったら。
私たちは何かが変わっていたのかもしれない。
あの日がもし、大震災の直後じゃなければ。
あの日がもし、恋人のための日だったら。
きっと、何かが変わっていたのだろう。
そして私たちは、別々の道を選んだ。
私が別の道を選んでしまった、と言った方が良いのかもしれない。
後悔があったかと言われれば、あった。
涙を流したこともたくさんあった。
あの日から、もう何度も「3月」を過ごしたけれど。
時々、昨日のことのように思い出す。
そしてきっと、これからも私は、彼の事を想いだす。
それでも今こうやって、この宝石のような想い出を抱いていられるのは、贅沢なことなのかもしれない。
「彼はあの日、大震災の直後だったから、私に手を伸ばした」
これで良いのではないか。
おとぎ話の続編は、読まなくて良いのかもしれない。
人生は選択の繰り返しだ。
毎日毎日、人は選択を繰り返して生きる。
別の道を選んでいたら、変わっていた未来もあるのだろう。
それでも私たちは、自分がその時選んだ道を、いつか「この道を選んで良かった」と思えるように、淡々と歩いていくしかない。
一度も後悔しないで生きるなんて、きっと出来ない。
それでも。
今の延長線上には「未来」しかやってこないのだ。
そしてその未来は、結局「今」をどう生きるかで変えていくことしかできない。
選択は難しい。
それでも選択は素晴らしい。
選択に苦しむ人生ではなく、自分が「選択できる環境にいる」ことに目を向けて、これからも来る未来を受け入れていきたい。