『ペペロンチーノ』から見る震災の記憶

被災者であるイタリアンレストランのオーナーシェフ・小野寺 潔を演じるのは草彅 剛。彼の心の葛藤と歩みの10年の物語は、脚本を書く上で丁寧に取材したであろうことが伺える。様々な登場人物のセリフから震災の記憶を辿りたい

『ききたくねぇんだ、あの頃の話は。10年とか騒ぐのも気に食わねぇ。時間で気持ちが切り替わっかぁ?外の人がたまに思い出す。そのためだけだよ、10年なんて・・・。町はできた でもここではあの日がずっと続いてる』

『時間を埋めるだけの酒に頼った。2年間 四六時中 寝る時以外は・・・。死ぬのが面倒だから生きていた。酒のプールに浮かんで・・・』

『俺はアルコール依存なんだよ 次飲んだら死ぬって言われてる。酒で山ほどやらかして、東京の病院にも家にも居づらくなった。浴びるまでのんだからな・・・ 被災地支援でこっちきて、そしてここにいる。飲みたくなると落語と寝る。人間50年、俺の好きなように生きてやるのよ!』

『2021年にもう一度会おう。お前はそのゴールがあるから走れるんだ』

『前は気づかなかった。美味しいとあんなに嬉しいんだ 美味しいとあんなに幸せなんだ。蒼(少女)が教えてくれた』

『震災の後、避難所をまわってボランティアでヘアカットしてたの。町の人も支援の人もみんなが言うんだよ。より子さん凄いね、より子さん強いねって。そう言われるとそう振舞わなきゃいけねぇ気がしてずっと無理してきた。強いんじゃない!強がってただけなのに・・・ あれ? あれ?? 泣いてる、私。あの日から初めて泣いたよ。私・・・ ちゃんと泣けるんだ』

『あの津波が天地をひっくり返した。安定した仕事ってなんや?!安定なんかどこにもねぇ!!いつどうなるかわかんねぇんだから 好きなこといっぺぇして・・・(数秒沈黙) 海好きなんです。大学やめて、ここ戻って・・・ 養殖手伝って。いい車買って(笑)(省略)仲間がたくさん死にました。その人たちのぶんまで楽しむ義務があるんです・・・ おいたちには』

『いちばん簡単で いちばん難しいペペロンチーノに納得できたとき、俺は動き始めた。商工会にグループ補助金を申請した。銀行に通った。足りない金は親や親せきに土下座して・・・。新しいパラディーゾ(イタリアンレストラン)は海を食べる店だ。だから前よりもっと海に近い場所を探した。町から離れても海に近いことが大事だった』

『どんな記事でも、どんな取材でも 俺が被災者だって必ずそこを書くんです。それを書くために取材にきます。(涙をこらえながら)あなたの記事には一行もなかった。震災とか復興とかそういうの何も書かないで普通のレストランとしてほめてくれた。ありがとうございます。俺は被災者じゃない!俺は料理人です』

潔:灯里はここにいます

より子:私、町できいたよ?

蒼(あおい):おんちゃんの奥さん、津波で流されて行方不明だって・・・

潔:灯里は東京の人だ 俺がここ戻る時、結婚してつれてきた。知ってる人がいない場所だ。いつもそばにいてやる 俺は約束したんだ。だからそばにいる あいつはここにいる。俺の隣にいつもいるんだ

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Miyabi's Movie Diary
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