スタートアップの資金調達に有効な「リスクの玉ねぎ理論」という考え方
そしてリスクの玉ねぎ理論をスタートアップのアイデアに適用する、合理的に見えて実は不合理な考え方
(この記事は 2016 年 6 月 8 日に慶応義塾大学ビジネススクールで行った授業の内容をベースにしたものです。昨年の授業はこちら)
Andreessen Horowitz の著名 VC であり、Netscape を作った起業家でもある Marc Andreessen が様々な場で紹介している「リスクの玉ねぎ理論」というものがあります。
これは「起業家も理解しておくべき VC の投資判断基準」の考え方です。こうした VC の視点を起業家側も持っておくことで、起業家は資金調達の際に VC をより説得しやすくなります。また実際の事業進捗の一つの基準として使える考え方でもあります。
リスクの玉ねぎ理論とスタートアップのリスク
VC はスタートアップへの投資を行う際に、「このスタートアップはどのリスクが既に検証されているのか」「今回の資金調達で得たキャッシュでどのリスクの検証を行うのか」という視点で検討すると言われています。
そのリスクは以下の様なものです(ほとんど 2007 年の Marc のブログからの翻訳です)。

- 創業者リスク:正しい創業者たちによって始められているか、凄いエンジニアと経営者がいるか、Founder/Market Fit があるか
- マーケットリスク:プロダクトやサービスを受け入れるマーケットがあるか、誰がそれを欲しているのか、お金は払ってくれるのか、どれぐらい払ってくれるのか
- 競合リスク:同じことを既にやっている競合は既に多くいるか、他のスタートアップと十分に差別化できているか、既存の大企業との差別化もできているか(ちなみに「競合はいません」「巨大なマーケットの 2% を獲得します」の 2 つは絶対言うな、とのこと)
- タイミングリスク:早すぎないか、遅すぎないか
- ファイナンスリスク:利益を上げるまでに残り何個の追加の資金調達が必要か、幾らぐらい必要か、こうした推測がどれぐらい確からしいか
- マーケティングリスク:マーケティングコストはどれぐらいか、ユニットエコノミクスはどうか、セールスのコストをカバーできるか、バイラルで成長できるか
- ディストリビューションリスク:ディストリビューションパートナーが必要か、パートナーを獲得できるか、できるとしたらどうやって?
- テクノロジリスク:プロダクトはきちんと作れるのか、技術的に難しいものは含まれているのか、根本的なブレイクスルーが必要なのか、もしそうならそのブレイクスルーはどれぐらいの確からしさで起こるのか、このチームならできるのか
- プロダクトリスク:理論的にプロダクトが作れるとして、このチームはプロダクトを作れるのか
- 採用リスク:計画を実行するためにどういうポジションの人を採用する必要があるのか(例えばスケールするのであれば VP of Operation が必要など)、創業者チームはそうした人を採用できるのか
- 地理的リスク:スタートアップはどこに居を構えているのか、正しい才能を採用できる場所にいるのか、VC が 20 分で駆け付けられる場所か
その他にも、チームが崩壊するリスクはないか、ビジネスモデルにリスクはないか、などなどがあるかと思います。
こうしたリスク一個一個をリスクをタマネギの皮一枚一枚に見立てて、スタートアップは次々にタマネギの皮を剥くようにリスクを剥いでいく必要があるため、こうした考え方をリスクの玉ねぎ理論と呼んでいます。
段階に沿って「タマネギの皮を剥く」
スタートアップの初期であればあるほど、未検証のリスクの数は増えます。たとえば最初のシードラウンドの資金調達は創業チームのリスクやプロダクトがきちんとローンチできるかのリスクを検証するための調達と考えることができます。ほかにも 2016 年の現状だと、一般的な SaaS ビジネスにおける Series A の調達はユニットエコノミクスが検証された後にどうやって事業を伸ばすか、人を採用できるかのリスクの排除に充てられる資金と見なされます。
VC はリスクマネーを投資すると言われますが、彼らも闇雲にリスクを取るわけではなく、適切な範囲内でのリスクにしか投資しません。なので VC から資金調達をしたい起業家がやるべきことは、事業のリスク要因を明示して状況を説明してあげることです。リスクを隠すことではありません。
だから VC のところに資金調達の相談に行くときには、「これまで自分たちは◯◯のリスクを排除し、今はまだ◯◯のリスクがあり、今回の資金調達では◯◯のリスクを検証して、次の資金調達時にはこのような状況になっているはずです」といったように、どの程度のリスクが今排除できているのか、そして今回の資金で何をするのかを説明できるようになっておくと話がスムーズに進むと思います。
リスクを排除する順番
また大きなリスクから順に排除していくのがポイントとも言われます。Web やモバイル系では顧客がいるかどうか(顧客に課題があるかどうか)が大きなリスクでしょうし、ハードテック関連のスタートアップでは技術リスクが大きいかもしれません。
ビジネスモデル全体を順序立てて検証する一つの良いフレームワークとしては、Lean Canvas (Running Lean 所収) を用いることをお勧めします。特に初期の頃の考え方の整理には効果を発揮すると思います。

リスクの玉ねぎ理論からの起業する前の人への示唆
リスクの玉ねぎ理論は、スタートアップをした後の人、特に資金調達時にこそ有効な考え方です。
しかしこれをスタートアップ以前の人の視点で見てみれば、自分がどの程度のリスクを取れるかによってどういうスタートアップを始めるべきかどうかが分かる、という示唆を得られるように(一見)感じます。
たとえば「そこそこのヒットを狙おう」として、US でヒットしている SaaS ビジネスのコピーを展開する、いわゆるタイムマシン経営を行うことが考えてみます。このとき、マーケットリスクやテクノロジリスク、ビジネスモデルのリスクはほとんど US で検証済みです。残る検証は、日本でのタイミングリスクや自分たちのチームが成功するかどうかのチームリスクがメインになります。この考え方は一見合理的です。

しかしスタートアップのアイデアを選ぶ際には、実はこうしたリスクの玉ねぎ理論のような合理的な考え方は危険そうだ、というのが、Y Combinator や Peter Thiel が解説するスタートアップへの反直観的なアドバイスから学べることです。
とある起業家は別の面から、「タイムマシン経営ならどの会社かはたぶん当たる。それは自分の会社かもしれないし、他人の会社かもしれない。でも自分がやりたいと思っているのは誰かが確率的に当たるようなビジネスではなくて、自分しかできないもっとリスクの大きいこと」「自分しかできないこと以外は誰かほかの人がやればいい」といった表現をしていましたが、実はそうした一見不合理な判断が、ことがまま起こるスタートアップという業界にとっては合理的だとも考えられます。そのロジックについては上述の記事をご覧ください。
(※授業ではこの玉ねぎ理論の話をした後に、反直観性の話をしました。これは玉ねぎ理論が無効だと言っているのではなく、資金調達の際には有効だけれど、玉ねぎ理論の考え方をスタートアップのアイデアに応用すると危険そうだ、という話です)。