やせいのきょうしつ⑺

Mao Kusaka
にじだより
Published in
7 min readMar 31, 2020

前回までのフィールドワークで蓄積した記録と分析をもとに、2019年11月半ばから大きく3回のプロトタイプの制作をした。今回はその過程と、成果物の実践について記述していきたい。

ゲーミング・シュミレーション「やせいのきょうしつ」

プロトタイプⅲは2020年1月7日から作成を始めた。また、特にプロトタイプⅰからⅱのテストプレイでは「参加者それぞれに気づきを促しても良いのでは」「〈事件〉の紹介が1つで終わってしまうのがもったいない」といった意見があった。そのため、主題となるテーマを深め明らかにし、個別具体的だった分析結果をさらに言語化・抽象化する必要があった。そこで、前回で記述した「〈公立感〉を構成する要素とそのつながり」の分析を行い、その結果をもとにプロトタイプⅲの制作に至った。

プロトタイプⅰでは、実際の〈事件〉でのエピソードを元に、「事件カード」「立場カード」「場所カード」を作成。参加者がそれぞれのカードをランダムに引き、自分でストーリーを生成するというもの。
プロトタイプⅱでは、〈事件〉が起こる空間的、時間的条件を分析した後に、「場所カード」「アクションカード」を作成。参加者に「場所カード」が割り振られ、お題に沿ったアクションカードを引いていくというもの。

分析結果を基に、10枚のカードが完成した(下図)。ゲームの参加者は、ランダムに混ぜられたカードの中から、用意されたミッションに沿って「自分が必要だと思うもの」「必要だと思わないもの」の取捨選択を行う。

プロトタイプⅲでは、「〈公立感〉は、自然で大事な感性である『人間らしさ』を育む本来の教育のあり方」という考察をもとに作成を行った。また同時に、プロトタイプⅱのテストプレイでもらった「特定の人々にとって親しみのあるシチュエーションは参加者間での知識に差が出る」という意見をもとに、また主題をありのままに感じ取ることを参加者が徹底できるように架空の「島」の設定を行なった。以下は、〈公立感〉を感じる事柄の要素と〈公立感〉をあまり感じない事柄の構成要素をもとに翻訳したゲーム上での表現である。これらの表現は、実際のカードに反映した。

前回の分析結果を反映させたカードの一部

また、プロトタイプⅲでは「ファシリテーションガイド」の作成を行うにあたって、より具体的な参加者の体験とファシリテーションの流れを以下のように記述した。【 】内は経過時間(分)をあらわすものとする。

①参加者着席【0~ 】・参加者は所定の席に座る②ゲームの説明【2~ 】 (ファシリテーターはゲームの趣旨、内容と進め方を次のように説明する)・ フィールド調査・研究目的の説明・「ピロピロ島」という設定の説明・ 山になっているカードから5枚ずつ引く・ 1枚ずつ「なぜ必要ないと思ったのか」の理由を説明しながら捨てる・ 持ち札が最後の3枚になるまで続ける・その3枚を通じていかに島生き残るかをそれぞれストーリー立てて説明する③ゲーム実施【5~ 】・説明が終わったら始める合図をし、ゲームを開始する・ゲーム中は、プレイヤー同士の会話をより活性化させるために促す・必要があれば、その会話を記録する④ゲームふりかえり【15~ 】・全員が説明を終えたらゲームを終了する・参加者のそれぞれの感想を聞く⑤ファシリテーターコメント【25~ 】

制作過程をふりかえる

プロトタイプⅲでは、展示するにあたってカードを梱包するパッケージデザインを行なった

「ゲーミング・シュミレーション」の構築を行う過程は、複雑な実態かつ具体的な語りであったフィールドでの〈事件〉の単純化や形状化を試みることができただけでなく、同時に抽象的かつ概念的だった〈公立感〉をより明確に言語化することができたのかもしれない。このことから、本研究における「ゲーミング・シュミレーション」は、個別具体的な現場での〈事件〉と普遍抽象的な筆者の〈公立感〉という表現を橋渡しするメディア(加藤, 2018)であるとも考える。

成果物の実践

成果物を実践する機会として、2020年2月に開催された「フィールドワーク展XVI:むずむず」にて、来場者を対象に、上記のゲームを体験してもらう場を設けた。また同時に、プレイ後には、ゲームの展開過程を個人で振り返ってもらう。

筆者がファシリテーターとなって成果物を実践する様子

本ワークショップは、「やせいのきょうしつ」での体験をもとに、自分が当たり前だと思っていた「公立校」に対して思っていることが少し現状と違うことに気づいたり、各自が従来の体験やメディアによって培われてきたステレオタイプや取り払うことができれば、という思いから参加者と話し合う時間を設けるに至った。

公立校で育った人も、生まれてから私立校で育ってきたという人もそちらも直感的に〈公立感〉を優先して選択することが多くあったり、これから子どもの進路を決定していく上で、家族でこのゲームを行ってみたいという意見もあった。また、自身の体験や価値観を語るようなプレイ中・後の参加者間での会話も、〈公立感〉に共感し、その価値を共有できるものするために大きく寄与していたとも言える。

今後の展望

ゲームを体験してくださった方々は、特に事前に申し合わせていたわけでなく、偶然にその場に集まった2〜4人の本展覧会の来場者の方々であった。そのため、公立校への通学経験の有無に加えて、生まれ育った地域や海外経験や世代、子どもの有無など、参加者のバックグラウンドバックグランドは様々であった。ゆえに、ゲームを通じて、多種多様な視点からご意見をいただけたり、多角的な視点を通して議論を行うことができた3日間だった。参加してくださった皆様には、この場をお借りして御礼申し上げたい。本当にありがとうございました。

本研究及び成果物は、公立校と私立校、私教育と公教育の正しさを比較するためではなく、1人1人にとっての「良い」学校や「良い」学習環境を考えるきっかけとして寄与できれば、と思う。その思いは、このミディアムやゲームに触れる人々に限らない。社会全体でそういった教育現場への洞察のしかたが広がればと心から願う。

しかし、まだまだ地域性、もしくは国境を超えて「公立校」という定義や〈公立感〉といった概念自体を消化できずにいる部分もある。ゆえに、その語り方や表現方法での課題は多く残る。だからこそ本研究における成果物の改良と改善を目指して、是非再び実践の場を設けたいと強く思っている。

これは、慶應義塾大学 加藤文俊研究室学部4年生の「卒業プロジェクト」の成果報告です(2020年4月1日時点)。

--

--