ユニコーン企業Compassは、結局どうマネタイズするのか?

市川 紘(Ko Ichikawa)
11 min readAug 17, 2018

「Redfinに続く新世代の仲介会社CompassとeXpの正体」で触れた通り、Compassは2017年12月にソフトバンクから評価額2,200億円で450億円の資金調達をし、Agentの数も4,000人に到達。単発で450億円の資金調達はアメリカの不動産会社史上最大と言われています。

毎年7月にサンフランシスコで開催されるInman Connectというイベントをご存知でしょうか?不動産業界やIT業界、投資家ら3,000人が集まる全米で最大の不動産カンファレンスです。
このカンファレンスは、注目度の高さゆえにオフィシャルスポンサー枠にも毎年名だたる企業が名前を連ねます。

去年までは「ダイヤモンドスポンサー」が最上位だったのですが、今年はCompassのために「チタニウムスポンサー」という謎の最上位スポンサー枠が新たに作られました。
Compassの開催するセッションはどれも満席で、参加者も興味津々。2018年のInman ConnectはまさにCompass一色でした。

今年から突如として創設された「チタニウムスポンサー」に収まるCompass

カンファレンスの参加者同士でCompassについて話すときに決まって話題に上るのは、「バリュエーション2,200億円ってすごいね」という驚きと「結局どうやってマネタイズするんだろうね?」という疑問です。

別章でお伝えしたとおり、Compassのビジネスモデルは1970年代のREMAXのモデルを進化させた「Top Agentえこひいきモデル」です。

CompassはTop Agentから仲介手数料マージンを徴収しないため実質的な売上は0円です。にもかかわらず、Agentに対して移籍金ボーナス、豪華なオフィス、手厚いサポートといったコストを投資し続けているので、現時点では大赤字となっているはずです。

会社として評価額は膨れ上がっているものの、これらの投資を将来回収して収益化する道筋が傍目からは見えないので、ここに注目が集まっているのです。

ロックイン戦略や周辺領域でのマネタイズには疑問符

Compassが直接的にマネタイズ戦略に言及したことはこれまでありませんが、可能性としては大きく3つのパターンが考えられます。

① Agentの業務プロセスにロックインして徐々にマージンを引き上げる
②ローンやエスクローなど周辺領域でマネタイズする
③既存のTop Agentとは別のAgentセグメントでマネタイズする

① はフリーミアムモデルの常套手段ですし、不動産仲介会社でもKWが1980年代に安いマージンでロックインして、目下マージン引き上げの真っ最中です。
テック企業とは名ばかりだったCompassも後追いでシステム開発を急ぎ、Agent向けの業務支援システムを徐々に整備しています。「Compassのシステムなしでは生きていけない」という状況を作れれば、いずれ課金できる可能性はあるかもしれません。

ただし、
・そもそも業務支援システムはコモディティ化しており、仲介会社を選ぶ決め手にはなりづらい
・Top Agentに業務支援システムでロックインするのは更に難しい(ベテランが多くITリテラシーが低い&自身の成功体験から既存のプロセスを変えることに抵抗感)
・Top Agentは自身の顧客基盤を確立している(信用力や集客面で仲介会社に依存しない)

といった理由から業務プロセスにロックインして、その後マネタイズという流れは成立しづらいと思います。

もしどこかのタイミングでCompassがマージンを0%から引き上げようとしたら、大半のTop Agentは「だったらCompassやめて、どこか別のところに行くわ」となると思います。

②の周辺領域でのマネタイズはなくはないと思います。仲介手数料よりもローンやエスクロー関連での売上の方が大きいという仲介会社も多いです。
ただし、これも「高額エリア×Top Agent」にターゲットを絞った彼らの戦略とうまく噛み合いません。

理由は以下の通りです。
・高額物件の購入者はローン比率が低い
・エスクロー売上は仲介手数料のようにリニアに物件価格と比例しない
・Top Agentは、内見ツアーの手間がかからず成約率の高い「売り手側Agent」を担当することを好むので、そもそもローンが発生しないケースがほとんど

もし後工程でマネタイズしたいなら、ターゲットを高額エリアを下手に絞り込むよりも、とにかく面を取りに行って成約総数を最大化するべきです。

以上の理由から、①②はあまりスケールするイメージが湧きません。

REMAXの焼き直し戦略(若手からマネタイズ作戦)も難しい

③で言う「別のAgentセグメントからマネタイズ」は更に以下の3パターンに分解できます。

A: 若手Agent
B: 別エリアのAgent
C: 買収先のAgent

Aは別章で紹介したREMAXが成功した手法です。Top Agentは若手のAgentを弟子に抱え、自分の手の回らない顧客を紹介し、成約時にキックバックを得ているケースが一般的なため、Top Agentを引き抜くと弟子たちを芋づるで採用できます。Top Agentではなく、その弟子たちにマージンを課金することでマネタイズするモデルです。

ただし、REMAXとの最大の違いは、REMAXが平均的なエリアをターゲットとしていたのに対して、Compassは高額エリアをターゲットにしている点です。

実際にキャリアの浅いAgentが増えてきたという噂を最近よく聞くのですが、要求レベルの高い高額物件カスタマーに彼らが受け入れられるのかは疑問で、ターゲット市場とマネタイズ手法がチグハグな印象は否めません。

そういった中でCompassから発表されたのが、上記の「B: 別エリアのAgent」に該当する「Powered by Compass」モデルと、「C: 買収先のAgent」に該当するいくつかの買収案件です。

それぞれについて、以下で詳しく説明したいと思います。

「Powered by Compass」モデルの大騒動

先ほども書いたとおりCompassは当初は名ばかりのテック企業でしたが、最近は自社のAgent向けのシステムを整備しつつあります。
Inman Connectで紹介されていた機能の中で面白かったものをいくつか紹介します。

売り物件のチラシ・DM・Eメールを自動生成するツール
各種ポータル上での物件の閲覧ログがわかる売り物件版Google Analytics。物件が売れないときに「でも閲覧はされてますよ!詳細な分析はこちらです。」とお茶を濁せる(笑)
売り物件を買ってくれる人を連れてこれそうなAgentを自動抽出して告知メールを送れるツール。おそらくMLSから過去の類似物件の買い手側Agentを抽出。

「Powered by Compass」というのは、これらの自社Agent向けに提供してきた業務支援システムを、Compassがビジネス展開していないエリア限定で他社のAgentにもライセンス販売する新規事業です。

言い換えると、コアターゲットとしている大都市では収益が上がっていないものの、その熾烈な競争環境下で磨いた業務支援システムを、郊外都市の他社に販売しマネタイズするという戦略です。
(各自動車会社がF1自体では赤字ではあるものの、そこで培った技術力やブランドイメージを生かして一般向けの乗用車の拡販につなげるのとちょっと似てます)

この「Powered by Compass」モデルもInman Connectで華々しく発表され、話題をかっさらっていきました。
個人的には、この手の業務支援システムは同質化しやすく、単価も安いので、どこまで収益貢献できるか懐疑的だったのですが、それどころではない急展開が待っていました。

この発表からわずか2週間後の7月30日、パイロット案件として広報されていたLeading Edgeという仲介会社へのPowered by Compassの導入が中止されたことが発表されました。

Compass側から理由は公表されておらず、「Leading Edgeと競合するエリアに自前での仲介会社設立が決まったからでは?」という楽観的な見方もあったのですが、Leading Edge側の社内資料から「Compassに所属するメリットだったはずの業務支援システムを、エリアが違うとはいえ他社にも提供することに自社Agentから反発が出た」というのが真相であることが分かりました。

だとすると、この新規事業自体が暗礁に乗り上げたと言っても過言ではありません。

「Technology Brokerage」とは程遠い買収戦略

「Powered by Compass」と並行して話題となっているのがCompassの買収戦略です。
直近でも4/25にシカゴのConlon Real Estate、6/25に同じくシカゴのThe Hudson Company、7/9にサンフランシスコのParagonとベンチャーファンドから調達した豊富な資金力を武器に買収攻勢を仕掛けています。

どのエリアにも、Top Agentとして実績を積み、チームを作り、仲介会社を設立し、一代にしてその仲介会社を成長させたけど、そろそろ経営も疲れてきたし、全国規模の大手と戦い続けるのにも限界を感じ始めている、という仲介会社オーナーが必ず一定数います。
こういった地場の仲介会社の中で自社のターゲットエリアと合致する会社をCompassは買収していっているのです。

仲介会社を丸ごと買収した場合、その仲介会社が各Agentと取り決めている仲介手数料へのマージンはそのまま引き継ぐことができます。そのため「マージン課金がないためマネタイズできていない」という課題は一見すると解消できます。

ただし、当然ながら買収のための初期投資がかかっているため、それを回収するまでは全体収支は赤字です。
加えて、ほぼすべての地場仲介会社はオーナー自身がAgentとしても稼ぎ頭なのですが、会社売却後はご隠居モードでやる気をなくすケースがほとんどです。買収に伴って離反するAgentも当然出てきます。

そう考えると、投資回収してディール全体として利益を生み出し始めるまで5年以上はかかると思います。

そもそもこのような買収戦略は、Century21、Coldwell Banker、Sotheby’s 、Better Homes and Gardensなどを傘下に収める全米最大手の老舗仲介会社Realogyが大昔から推し進めてきた戦略とまったく同じですし、実質やっていることは投資会社に近いです。

そうなると、「そもそもTechnology Brokerageになって業界を変革するというビジョンはどうなったんだっけ?」とか「投資を右から左に流してるだけなのでは?」といったという疑問が残ります。

以上、Compassのマネタイズの可能性について、いくつかのパターンに分けて考察してみました。

読んでいただいて分かるように、累計800億円のファンディングと2,200億円の時価総額を正当化できるような収益化の道筋は、今のところ見出しづらいというのが正直な感想です。

このまま突っ走っていって上場ゴールなのかなーと勘ぐってしまいますが、もし僕の見えていない秘策が今後出てきたら全力で謝りたいと思います。

【まとめ】
・CompassがターゲットとするAgentや価格帯の特性上、ロックイン戦略や周辺領域、若手Agentからマネタイズは難しい
・Powered by Compassモデル(業務支援システムのライセンス販売)は自社Agentの反発から難航中
・買収戦略は可能だが、Realogyの焼き直しで新規性に乏しく、ビジョンであるTechnologyの要素にも欠ける

※ご質問やご要望がある場合は、こちらにご連絡ください。proptechblog@gmail.com

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市川 紘(Ko Ichikawa)

シリコンバレーの不動産テック企業MovotoでCFOとして勤務。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。