なんで駐在員は大変なのか (続)

Koichiro Honda
9 min readJul 28, 2018

以前、英語がえらい大変だという人柱的な記事を書いてみたこともあり、その後の経過を書くことにしました。何かしらの参考になれば。15ヶ月より前の暗黒時代については上記の記事を見てください。

15ヶ月~18ヶ月

自分が理解しているトピックに限定すれば、全員ネイティブのトップスピードの議論にも一応ついていけようになる。ネイティブ達が白熱して最高速度になった議論の合間に少し長めのコメントを挟むくらいはできるようになる。

瞬間的に英作文して同じスピードで発話しなきゃいけないので、1年目のときは全くできなかった。でもこれができないと結構嫌なやつになるのだ。なんでかというと、大声を出して会話を停止させる以外に、白熱した議論に割り込む方法がないのだ。これは控えめにいってもめちゃくちゃ無礼なので、やられる方はとても嫌な気持ちになる。加えて癇癪を起こしているように見えるので、プロフェッショナルな人間に見えない。本当はただ割り込めないから叫んでいるだけなのに、「なんであの人はアンハッピーなんだ」って言われてしまうのだ。

また、論理構造がだいぶ入ってくるようになる。英語ネイティブであっても当たり前だが人間なので、必ず論理的に正しく喋るわけではない。「これには3つあります」といいつつ長い演説をして結局2個しかないとか、話し始めと最後で結論がぜんぜん違うとかいうのはよくあるが、これをトップスピードでまくしたてられると、察知するのは難しかったりする。

より難しい例になると、知らぬ間に議論の途中で論点をすり替えられたり、論点に答えているようで、実は質問に巧妙に答えないということもある。こういった論理のズレは、だいぶ察知できるようにはなる。

あと、この時期になると、電話会議は苦ではなくなっているのだが、ものすごい雑音が乗っていて部分的に文が聞こえなかったりしたときに、脳内文章補完して理解する力はまだない。同様に、すごい小声で話す人とかも聞き取れていない(横のネイティブは聞き取れている)

まだ全然できないこととして、シンプルな表現が使えない。基本的にスピーキングで使えるボキャブラリーが少ないので、最も短く回答できる単語が瞬時に思い浮かばない。的確な表現ができないのである。 これはもう勉強あるのみである。

18ヶ月~21ヶ月

いちおうトップスピードの議論にもごく普通についていけるようになる。これは聞けるという意味ではなく、トップスピードで発言できるようになるという意味だ。ぼくの周りは買収交渉やら戦略やらの緊迫したミーティングが多いので、速くしゃべれないとすぐ蚊帳の外になってしまう。

だがトップスピードで発言するために必要なことがある。それは発音だ。

ここまできて、発音の矯正が必要になる。英語の発音がよくないと物理的に速く喋れないのだ。日本人アクセントで速く喋ろうとすると、舌をかんでしまうか、若干おもしろい感じになる。発音の矯正をしなければいけない理由は、かっこ悪いとか、そういう体裁の話なのではなく、意外と実用的な話なのである。

「会議で発言しない人は貢献してない人」みたいなのは日本でもよく言われることだけど、それは米国でも変わらない(というかもっと大事な)ので、高速餅つきの合いの手みたいなカットインはとても大事。

だいたい”Definitely”とか”Certainly”とかそういう単語をシュッと差し込んでから話すんだけど、日本語発音だとまず間に合わないし舌噛んで死ぬ。デフィニットリーじゃなくて、デフネリー。デは強め。

よく巷で聞く「ジャパニーズイングリッシュでも全然大丈夫。大事なのは実力」というアドバイスが当てはまるのは、周りが「どうぞどうぞ」ってゆっくり喋せてくれるくらいの偉い人か、専門職だけなので気をつけたほうがいい。僕のチームのように対外交渉をしたり経営会議に提案する仕事の場合は「あの人はlanguage issueがある」などとはっきりフィードバックを伝えられて、明らかなネガティブ要素として認識されるのがオチだったりする。

でもここまで来てやっぱり思うのは、英語はどこまでいってもちゃんと勉強すればちゃんと伸びるものなので、若くないから無理などと言い訳めいたことを言うのは感心できないし、そもそも嘘だと思ったほうがいい。

ちなみに、英語力を試す方法として「俺まだまだ英語勉強しないとダメだから」と言ってみたときに「ノーノーノー、your english is perfect」と返されたら、それはまだだいぶ改善する余地があるという意味だ。逆に「???」ってなったら、それは相手が問題と感じてないということなので、自信を持ってよい。アメリカ人が超ハイコンテクストなのを忘れてはいけない。

21ヶ月〜24ヶ月

さすがにここまでくると、日本語より英語のほうが仕事が楽かも、ってなってくる。英語を話すことのストレスはこの時点ではゼロになっている。日本人同士で話しているときでも気をつけないと無意識に英語が出てきたりするし、誰かと話した記憶が、英語だったのか日本語だったのか思い出せない、という風になってくる。

英語で話している時は、ブチ切れるのも英語だし、愚痴を言うのも英語だし、爆笑するのも英語なのだ。感情と言語がひもづいている感じになる。

そして、日本に帰って日本語で仕事するよりも、米国で英語で仕事している方が気楽かもしれないと思い始める。2年も日本から完全に離れていると、どうやって日本で仕事していたのか少しずつ忘れてきてしまうからだ。冗談みたいだが、人間、2年も経てば忘れるものだ。

新しい情報も英語ソースが増えてくる。現地にいるといっても英語の適応だけやってるわけではない。いればいるだけ新しいことをたくさん学ぶ。だから日本語ソースじゃないものが増えてくる。日英両方見られるようになると、日本語メディアのクオリティの低さにがっかりする一方、米国/英国メディアのクオリティの高さに感動する。調べ物も英語のほうが多い。情報量が日本語に比べて桁違いなので、ちゃんとした情報にたどり着ける確率がとても高い。

だから、この単語を日本語で何ていうのか知らない、というのが増えてくる。でもこれをそのまま日本人に打ち明けると、ちょっと痛い人みたいに思われるのもまだ覚えているので、こういった戸惑いが「もう日本に帰って仕事できないかも」という思いを助長したりする。

また、まわりから「ネイティブじゃないのにこんな仕事やっててすごいね」とかそういったことを言われなくなる。どこかのタイミングで「英語の得意な外国の人」から「英語の苦手な米国の住民」にシフトするのだ。どういうトリガーでそうなるのかよくわからないが、少なくとも英語をほとんど褒められたりしなくなる。街中の人もとくに外国人として扱ってくれない。少し移民の国アメリカの一員になった感じがする。

24ヶ月〜30ヶ月

ここまでくると、もはや英語の話というより価値観の話にかわってくる。自分の価値観が少し現地人に近くなっている。正確に言えば、アメリカ人ではないけど「もう日本人ではなくなっている」のだ。完璧な日本語を喋れるにもかかわらず、イマイチ日本の企業文化とかの話にもピンとこなくなる。ちょっと興味すらなくなってくる。でもサタデー・ナイト・ライブみて超笑えるとかは全然ない。

いうならば、国籍喪失状態におかれた感じになる。アイデンティティが崩壊しているほどではないのだが「もうあの頃の同じ場所には戻れない」っていうポエマー的な思いが強くなる。同じ場所で同じ会話を聞いたとしても、以前とは全く違う印象を持ってしまうんだろうな、と思ってしまう。

たとえば「ぜんぜん違う部署から抜擢されてきた上司が何も現場わかろうとしてくれない」なんていう、よくある日本的な悩みを聞いたら、おそらく「なんでその人は解雇されないの?」とまず思う。「まっとうな会社ならわかんない人を責任者に据えたりしない。いつかその上が見抜いて解雇するはず」という会社の判断を推定する。(ひどかったらね)

アメリカ的には、部下の仕事が代替できないような上司は少なくとも、高い給料をもらう権利なんかないし「過去にいろいろチートしてきた人間的にもヤバいやつ」の可能性すら疑ってしまう。これは日本に住む日本人の感覚ではかなりヒステリックな反応に見えるんじゃないだろうか。でもこちらではそれくらい上司が部下よりコア業務の理解に乏しいとかありえないのだ。

こういった「無国籍人状態」はここからずっと続くので、けっこう厄介だ。特に帰国する期限が決まっている人などは、いつか「日本に住む日本人」に戻らなきゃいけないことが決まっている。でもこちらにいる限り、価値観の現地化は気づかない間に進行するのだ。(もちろん日本人としか仕事していない人はこんなことにはならないと思うのだけど。)

一般に、海外駐在から帰国した人は高確率で会社を辞めるという統計があるが、たぶんこの宙ぶらりんな状態のまま、なんとなく帰ってしまうからだと思う。帰国は一種の移住に近いので「違う国に行くんだ」という強い認識を持ってないと、再適応に失敗する気がする。もう日本は勝手知ったる場所ではなくなってしまっていて、違う文化を持った異国なのだ。もちろんいい悪いとかじゃないんだけど。

多分ここまできたら「帰りたい人は帰る、残りたい人は残る」っていうのが一番幸せかなと思う。英語はもうあまり関係ないのだから、あとは自分が住みたいところを自分で選択するほうが大事だ。帰国することによってハッピーになる人もいるし、ストレスフルな思いをする人もいる。

住む国を変えるって事自体、人生でもなかなかの大決断だし、人によって何を大切にするかは全然ちがうのだ。自分のキャリアから、家族の生活、家族のキャリア、日常生活まで全てに影響を与えてしまうんだから、そりゃ当たり前だね。

おわり。

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