ビットコインの資産横断的ストック対フローモデル

Lerian
11 min readMay 31, 2020

--

本記事は PlanB による記事 Bitcoin Stock-to-Flow Cross Asset Model を日本語に翻訳したものです。

「科学において重要なのは新しい事実を得ることより、むしろ事実に対する新しい考え方を発見することにある」 — William Lawrence Bragg

はじめに

ビットコイン(BTC)のストック対フロー(S2F)モデルは2019年3月に発表された。[1]

最初のBTCのS2Fモデルは月ごとのS2F値と価格データに基づく定式化であった。データポイントが時間でソートされていることから時系列モデルである。その後このモデルが刺激となって世界中で定量解析に携わる人々が検証の作業を始めた。多くの人がS2FとBTCの関係が擬似的なものではないことを確認した。[2][3]

現在のS2Fモデル

このS2Fモデルに馴染みのない方は、最初の記事を読まれると大変参考になるだろう。そこで背景と用語の説明がされている。

本記事では現在のS2Fモデルから時系列を取り去った後に他の資産クラス(金と銀)を加えてモデルの基盤を強固なものにする。わたしはこれをビットコインの資産横断的ストック対フロー(S2FX)モデルと呼ぶことにしたい。S2FXモデルは銀、金、BTCなどの異なる資産クラスの価値を一つの定式で評価するものである。

最初に相転移の概念を説明し、BTCとS2Fに対する新しい考え方を導入する。それによってS2FXモデルがなぜ重要なのかを説明することができる。第2番目にS2FXがどのように機能しその結果がどうなるかを説明したい。

相転移

相転移はS2FXモデルを理解する上で重要な観点である。相転移が起こると物は全く違った特性を持つようになる。転移は非連続に起こることが多い。相転移の例として次の3つを考えよう:

  1. USドル
  2. BTC

相転移の古典的な例は水である。水には4つの相(状態)がある:固体、液体、気体、イオン化プラズマ。どれもが水に違いないが、それぞれの相で異なる特性を持つ。

USドル

金融においても相転移が存在する。例えばUSドルは金貨(1ドル = 純銀371.25グレイン = 純金24グレイン)と言う規定から、金の裏付けのある証明書(「所持者の要求に応じて金貨XXドルを支払うことを証する」[a])と言う規定へ、そして裏付けのまったくない証明書(「本証書は公的かつ私的負債に対する法定証書である」[b])へと転移していった。

BTC

BTCについても同様のことが言える。Nic Carter と Hasu は2018年の研究で人々がBTCを議論する際の提示の仕方がどの様に変化していったかを示した。[4]

BTCを議論する際の提示の仕方がどの様に変化してきたか

グラフを見ると議論におけるBTCの提示の仕方の変化はなだらかに見える。しかし提示の仕方を金融的進展の節目、S2F、価格と合わせて考えると、もっと急激な推移を伴う相転移の様に見える:

  1. 「概念実証」 -> ビットコインホワイトペーパーの時期 [5]
  2. 「ピアツーピア支払いシステム」 -> USドルとの等価の時期(1 BTC = 1 USドル)
  3. 「電子-ゴールド」 -> 最初の助成額半減の後にほぼ金と等価になった時期(1 BTC = 金1オンス)
  4. 「金融資産」 -> 2番目の助成額半減の後(1日あたり10億USドルを超える取引総額、日本とオーストラリアでの法的な扱いの整備、CMEとBakktでの先物取引開始)

これら3つの例を合わせて考えると、BTCとS2Fを見る新しい観点が得られる。連続する時系列で事象を捉えるだけでなく、急激な相転移を通して考えることが重要である。S2FXモデルを構築するうちに、わたしにはBTCのそれぞれの相が互いにまったく異なった特性を持つ新しい資産として見えてきた。論理上の次のステップはBTCの相転移を定量的に扱うことである。

BTCのS2F資産横断的モデル

下のグラフに示すのはBTCの月ごとのS2F値と価格のデータポイントで、最初のS2Fモデルで用いたものである。4つのクラスタを見て取ることができる。

これら4つのクラスタが実は相転移を示しているのではないか?

これを定量的に評価するのに、月ごとのBTCデータポイントとの距離を最小化する様にクラスタ中心を取ることができる。わたしは遺伝的アルゴリズムを用いて絶対距離を最小化しクラスタを定量化してみた。将来の研究課題としてこれとは異なるアルゴリズムによってクラスタを同定することが考えられる。(例えばk-meansアルゴリズム。)

特定された4つのBTCクラスタはそれぞれまったく異なるS2F市場価値を持っていることが分かると同時に、助成額半減、そして人々がBTCを議論する際の提示の仕方の変化と一貫性があることが分かる。

  1. BTC 「概念実証」 (S2F 1.3、市場価値 100万USドル)
  2. BTC 「ピアツーピア支払いシステム」 (S2F 3.3、市場価値 5800万USドル)
  3. BTC 「電子-ゴールド」 (S2F 10.2、市場価値 56億USドル)
  4. BTC 「金融資産」 (S2F 25.1、市場価値 1140億USドル)

水やUSドルと同様にこれら4つのクラスタは4つの異なる資産クラスを表していて、議論での提示の仕方や特性はそれぞれが異なったものとなっている。「概念実証」としてのBTCがS2F値1.3で市場価値が100万USドルである状態は、「金融資産」としてのBTCがS2F値25で市場価値が1140億USドルである状態と全く異なる資産クラスに属していると言える。

BTCのクラスタを相転移の観点から見てそれぞれが異なる資産クラスであると見ると、ここでさらに金と銀と言った他の資産クラスをモデルに加えることができる。こうすることにより真に資産横断的モデルと言うことができる。金と銀のストックとフローの値については、Jan Nieuwenhuijsの最近の分析 [6] と ultimoのTradingView上の2019年12月の価格データを使った。

5. 銀 S2F 33.3(900,000/27,000トン)、市場価値 5610億USドル
6. 金 S2F 58.3(190,000/3,260トン)、市場価値 10.088兆USドル

このグラフは特定されたBTCの4つのクラスタの中心に加えて、最初のBTC月末データ、そして銀と金を示している。これらが完璧な直線上に並んでいる。

S2FXモデルを作るために回帰分析を行った。最初のS2Fモデルとの大きな違いは、銀と金のS2Fを合わせて回帰分析を行った点にある。S2FXモデルはこれら6つの資産についてS2F値と資産の市場価値との間に統計的に有意な関係があり(F検定での低いp-値)、その近似度は非常に高い(99.7% R²)ことを示している。

S2FXモデルの定式を用いるとBTCのS2Fが56になる2020年から2024年の間に次の相(クラスタ)がどの程度の市場価値を持つかを推定することができる:

市場価値 = exp(12.7598) * 56 ^ 4.1167 = $5.5T.

これが意味するのは、2020年から2024年の間にBTCの総量が1900万コインになると仮定して、クラスタ内で1 BTCの価格が28.8万USドルになると言うことである。

BTCの価格予測値は最初の研究で出した5.5万USドルよりも格段に高い数値である。S2FXモデルは初期段階にあって他の人々の評価をまだ経たものではないことに注意してほしい。

S2FXモデルの定式を定めた6点は少なすぎるとは言え、わたしはS2FXモデルから導かれる結果が有効なものだと考えている。わたしはS2FXモデルはS2Fモデルと同様に作業仮説と考えている。将来の研究では資産クラスをさらに増やすことに注力することになるかも知れない。しかし、ほとんどの資産クラスは1以下の低いS2F値を持っているため参考にならないであろう。それとは反対にダイアモンドは高いS2Fを持っているが、価値評価が非常に複雑である(天然/加工済、カラット、色、輝度など)。

最初のS2Fモデルは外挿補間を使わなければならなかったが、S2FXモデルでは内挿補間を用いることができる。最初のS2Fモデルで予測を行うためにはモデル構築に使ったデータ範囲の外に補間をしなければならなかった。新しいS2FXモデルで予測を行うためには定式構築に使ったデータ範囲の内側で補間をすれば良い。

内挿補間(左)と外挿補間(右)の例 — 青と黒の線はモデル、赤のドットは予測

結論

本記事でわたしは現在のS2Fモデルの基礎を強固にするため、モデルから時系列データを取り去り、他の資産クラス(銀と金)をモデルに追加した。この新しいモデルをBTC S2F資産横断的モデル(S2FX)と呼ぶ。S2FXモデルは銀、金、BTCと言った異なる資産クラスを同一の定式で評価することを可能にする。

相転移の概念を説明し、相転移がBTCとS2Fを考える上で新しい見方を提供することを示した。わたしはこうしてS2FXモデルにたどり着くことができた。

S2FXモデルの定式はデータに対する近似度が非常に高い(99.7% R²)。

S2FXモデルは次期のBTCの相/クラスタでの市場価格が5.5兆USドルになると予想する。(BTCのS2F値は2020年から2024年の間に56になる。)これはBTCの価格が28.8万USドルになることを意味する(2020年から2024年の間にBTCの総量が1900万コインになると仮定して)。

S2FXモデルは、最初のS2Fの研究から分かった事実を強固なものにするとともに、BTCがこれから第5の相に転移しつつあると言う新しい考え方を提供する。

PlanB@100trillionUSDをフォローする

検証

本記事が真にPlanBの著作であり、他人がなりすまして書いたものではないことは、bitcoinブロックチェーン上の署名とメッセージ、アドレスを調べることによって検証することができる。検証は自分の運用するbitcoin node、あるいはhttps://tools.qz.sg/で行うことができる。

署名: IK42jG8WB1++Upu3OazoKMLfxVQDVnlDj12beeSWNO+AP466vAFbdVDScKX82k1M8l/CRKhvml/G7/EW10vodYc=
メッセージ: Bitcoin Stock-to-Flow Cross Asset Model
アドレス: 1PRoNLcWHzM8DuKpGE4YM9hb1PjSEnWRpn

参考

[1] PlanB@100trillionUSD, Modeling Bitcoin Value with Scarcity, Mar 2019. 日本語訳 希少性に基づいたビットコイン価値のモデル化

[2] Nick Emblow, Falsifying Stock-to-Flow As a Model of Bitcoin Value, Aug 2019

[3] Marcel Burger, Reviewing “Modelling Bitcoin’s Value with Scarcity”, Sep 2019

[4] Nic Carter, Hasu@Hasufl, Visions of Bitcoin — How major Bitcoin narratives changed over time, Jul 2018

[5] Satoshi Nakamoto, Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System, 2008

[6] Jan Nieuwenhuijs, How Much Silver Is Above Ground?, Dec 2019

日本語訳註
[a] https://en.wikipedia.org/wiki/Gold_certificate
[b] https://en.wikipedia.org/wiki/Federal_Reserve_Note

--

--