ARR 10億円に向けて考えるべきSaaSの「4+1」フィット(PMFの再考)
SaaSにはPMFだけではダメ!?
スタートアップにとって、プロダクト/マーケットフィット(PMF)は重要なトピック。Marc Andreesenによると、PMFとは「優良なマーケットを狙って、そのマーケットを満足させるプロダクトを提供している状態」を指す。PMFは、マーケット選びとプロダクトの磨き込みの指針としては、素晴らしいコンセプトだ。
しかし、創業初期からSaaSの事業全体の仮説構築→検証を進めるには、PMFだけでは不十分だ。
何故ならば、「特定のマーケットの課題を解決するプロダクトを創る」ことだけに起業家の視野を狭めさせ、同時に考えるべきスケールへの道筋やエコノミクスの実現などの仮説検証を後回しにさせるからだ。このPMF以外の”フィット”の重要性は、複数の投資家が唱えるところだ(下部参照)。
今回は、その中でも一番使いやすいと思う、Brian Balfour氏の”Four Fit”をベースに、ARR 10億円+を目指すのに考えるべき「4+1」フィットについて解説する。また、例として、売上300億円を超えるEメール・マーケティングSaaSの3社(以下)を取り上げる。
#1. マーケット⇔プロダクト・フィット
まず第1に重要なのは、マーケット⇔プロダクトのフィット。
ここでの重要なポイントは、「マーケットの課題」を起点に「プロダクト」は後であるということ。Product/Market Fitと言うと、「プロダクトが先。マーケットが後」と捉えられルこともあるが、SaaSを始めとするB2Bは課題解決型なので、マーケットの課題が先に来ることが必要がある。B2Cの場合、Twitterのように市場創造型の場合もあるので、プロダクトが先に来るケースもある。
Eメール・マーケティングSaaS3社のマーケット⇔プロダクトを見てみると以下の通りだ。同じEメール・マーケティングでも、ターゲット顧客とペインが異なるため、提供されるプロダクトも大きく異なる。
#2. プロダクト⇔チャネル・フィット
次に考えるべきフィットは、「プロダクト⇔チャネル」・フィットである。チャネルとは、直営業、デジタル広告やバイラル(口コミ)など、SaaS企業の顧客獲得の手法を指す。
そもそも、プロダクトとチャネルがどう関係するのか?
結論から言うと、チャネルによって合うプロダクトの特性は異なる。例えば、バイラル(口コミ)をチャネルとしたい場合、以下の様なプロダクト特性が必要になる。
・機能は最大公約数的に、狭いがユーザー層が広い
・顧客が説明しやすいように、プロダクトの機能がシンプル
・顧客が導入してから価値を感じるまでの時間が短い
・ネットワーク効果がある
このチャネルを選定する上では、知っておくべき1つのルール”Power Law of Distribution”がある。Peter・Thiel氏の言葉を借りると、以下の通り。
”Power Law of Distribution”とは、以下の図に示すように、高成長の初期のSaaS企業の多くは「顧客獲得の70–80%が、1つの有効なチャネルに偏っている」という経験則だ。
これを踏まえて、事例のSaaS3社の「プロダクト⇔チャネル」・フィットを見てみると、以下で見て判る通り、プロダクト特性とメインチャネルを合わせた戦略をとっている。
#3. チャネル⇔エコノミクス・フィット
プロダクト⇔チャネルの次に考えるべきは、「チャネル⇔エコノミクス」のフィットだ。SaaSのエコノミクスはLTV/CAC等がよく使われるが、ここではシンプルにARPU(Average Revenue Per User)とCAC(Customer Acquisition Cost)の関係で説明する。
まず「CAC」は前述の「チャネル」と密接に関係している。例えば、口コミはCACが最も低いのに対し、直営業は最もCACが高い。一方、ARPUは、SaaSだと数千~万円/年の低ARPUから、数千万円/年~の高ARPUまで幅がある。
ではどのような「ARPU」と「CAC」のフィットが望ましいのか?
結論から言うと、以下の通り”低CAC⇔低ARPU”、ないしは”高CAC⇔高ARPU”がSaaSでは理想的だ。(特に後者の方が)
もちろん、低CACで高ARPUにフィットできれば言うことは無いが、”青い鳥”を追うようなもので現実的には実現しにくい。一方、高CACのチャネルがメインで、低いARPUしか獲得できないのならば、当然ながら”死”を意味する。この「高CAC⇔低ARPU」ケースは、「マーケットの課題があるのに、SaaS化されず取り残されている市場」の落とし穴なので、この市場を狙う場合は、高ARPUの顧客セグメントは無いか?、ないしは口コミなどの低CACでもスケールできないか?を入念に検証する必要がある。
この「チャネル⇔エコノミクス」フィットを、SaaS3社の例で見てみると、以下の図の通り。例えば、「高CAC」な直営業主体のMarketoは、ARPUも高く年100~500万円。一方、口コミでの低CACのMailChimpは、ARPUも低く、年1万円~程度で、3社ともチャネルの「CAC」に見合った「ARPU」を設定し、望むエコノミクスを実現している。
#4. エコノミクス⇔マーケット・フィット
第4のフィットは、「エコノミクス⇔マーケット」フィットだ。
ここでは、前出の「ARPU≒エコノミクス」を前提とした場合に、「マーケット」のどの位の社数を取る必要があるのか?、それが現実的な「マーケット」シェアとして可能か?を振り返って確認する。そのための前提として、日本のIPOの1つの目安である「ARR10億円」と仮定して説明を進める。この「ARPU≒エコノミクス」と「必要なユーザー社数≒マーケット」を図に示すと、以下の通りだ。
オレンジのARR10億円ラインは、ARPU1,000万円/年であれば100社必要、ARPU1,000円/年であれば100万社必要、などARR10億円を達成するのに必要なARPUと社数のボーダーラインを示している。
この図で言うと、自社の設定しているエコノミクス(ARPU)とマーケット(獲得ユーザー社数)がグラフ右側にあれば、フィットできていると言える。但し、右側に来たとしても、実現可能性を考える上で、ターゲットとする顧客層のTAMを踏まえて、市場シェアをどの程度取るつもりなのか?は確認が必要だ。仮に市場シェアが70%とか90%になるようであれば、あまりにも現実的ではないので、見直しをお勧めする。
この「エコノミクス⇔マーケット」で、Marketo、HubSpot、MailChimpの3社を見てみると、下の様になる。それぞれ100社、1,000社、10万社以上獲得の見通しが立てば、ARR10億円の達成は見込めることになるし、事実実現して大きく上回っている。
#5. チーム+α・フィット
最後のフィットは、「チーム⇔+α(その他の要素)」のフィットだ。
これまで見てきた、4つのマーケット⇔プロダクト⇔チャネル⇔エコノミクスの実現する、最も重要な先行指標は「チーム」だ。
Peter・Thiel氏が言う「Unfair Advantage」や、VCが起業家との面談で聞く「Why you?」に近いが、上記のフィットを継続的に実現し続けられるかは、チームの経験/スキルセットに大きく依存する。そのため、創業初期のSaaSで、上記の4つのフィットを実現する上で、コアとなるチームが不十分と感じる場合は、できる限り早めに手を打った方が良い。
SaaS3社の例で見てみよう。
例えば、Marketoは、オンプレCRM/マーケソフトの上場企業の社長だった、Philを中心に創業した。故に、顧客である大企業とのネットワークもあるため、顧客の課題も熟知していた。またCTOのDavidも前職でもCTOをしており、大企業向けプロダクトの開発スキルも十分に持っていた。
HubSpotは、ソフトウェア・ベンチャー数社で経営経験のあるBrianとDharmeshの2人がMITのMBA在学中の2004年に出会ったことをきっかけに創業したベンチャーだ。二人は、オンプレにはないUI/UXの優れ、素早いプロダクト作りのノウハウを持ち合わせていたため、all-in-oneのMA/Sales/CSツールの開発が可能だった。しかもインバウンド・マーケやインサイド・セールスでのクロージングにも強かったため、中規模以上の企業を中心に獲得することができた。
以上を踏まえて、SaaS3社の事例で「4+1」フィットをまとめると、以下の図の通りである。どのSaaSの領域でも同じようなパターンが多いので、参考の一助になれば嬉しい。
VCの観点でもう少し付け加えると、VCから資金調達をする場合には、高い売上成長率を目指しやすい、Marketo型かHubSpot型が望ましく、MailChimp型は望ましくない。
なぜならば、MailChimp型の様な低ARPU型の一方、口コミやアドの様な低CAC型で小規模企業を高回転で獲得することは現実的に非常に困難であり、また参入障壁も低いので、競合が表れやすく、高成長を実現しにくいからだ。事実、Marketo、HubSpotはVCから資金調達をして短期の成長を実現できている一方、MailChimpはファースト・ムーバーにもかかわらず、低成長率のため、今日まで一度もVCから調達していない。(ある意味、低成長でも売上600億円まで持って行ったのは素晴らしいが)
【参考資料リンク】
Brian Balfour氏(HubSpot 元VP of Growth)
・Why Product Market Fit Isn’t Enough
・The Road to a $100M Company Doesn’t Start with Product
・Product Channel Fit Will Make or Break Your Growth Strategy
・Putting the Four Fits Together
Clement Vouillon氏(Point Nine Capital)
・Product Market Fit = align Product, Distribution & Customers
・Product /Market Fit is Like Walking On a Slackline