1.1.4 クリエイティブ・クラスの台頭

オホーツク島
7 min readJan 31, 2017

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クリエイティブ・クラスとは、リチャード・フロリダが定義した、クリエイティビティを通じて経済的価値を付与する人々による経済的階層である。

フロリダ(2002/2012)は「クリエイティビティ」について、単純な「知性」と同義ではなく、統合する能力や、自信、リスクを冒す能力が必要であることを述べた上で、過去様々な研究者が行ってきたクリエイティビティの定義を多数引用しながら、非常に多面的な意味を持つものであり、職業などに関係なく生来誰にでも備わっているものであるとしている。その上で、先人たちが行ってきたクリエイティブ・クラスに近い定義を踏まえ、後述する職業で報酬を得ているような、クリエイティビティを通じて経済的価値を付加する人々による経済的階層を「クリエイティブ・クラス」と定義している。またクリエイティブ・クラスと他の階層とを分ける重要な違いについて、「ワーキング・クラス」(マルクスが『資本論』で述べた「労働者階級」)や「サービス・クラス」(脱工業化社会におけるサービス業の従事者)は決まりきった仕事や肉体労働で対価を得ているのに対し、クリエイティブ・クラスは知的および社会的スキルを駆使する頭脳労働で報酬を得ていると述べている。

またフロリダはクリエイティブ・クラスを、従事している職業の種類によって2種類に大別している。1つ目は、クリエイティブ・クラスの中心を担う、科学者、技術者、大学教授、詩人、小説家、芸術家、エンターテイナー、俳優、デザイナー、建築家の他に、現代社会の思潮をリードする人、例えばノンフィクション作家、編集者、文化人、シンクタンク研究員、アナリスト、オピニオンリーダーなどが含まれる「スーパー・クリエイティブ・コア」と呼ばれる階層である。フロリダの定義によれば、すぐに社会や実用に転換ができるような、幅広く役立つ新しい形式やデザインを生み出すような職業、具体的には、広く製造・販売できる製品の設計、様々に応用可能な原理や戦略の考案、繰り返し演奏される音楽の作曲などであり、ソフトウェアのプログラマーや技術者、建築家、映画製作者なども含まれる。もう1つは、その周りに位置する「クリエイティブ・プロフェッショナル」という階層である。ハイテク、金融、法律、医療、企業経営など、特定の分野の複雑な知識体系を武器に問題解決に当たる、さまざまな知識集約型産業で働く人々である。スーパー・クリエイティブ・コアと同様に広く実用的な方法や製品を考案することもあるかもしれないが、それは主たる職務ではなく、自分の裁量で考え、標準的なやり方を独自に応用したり組み合わせて状況に当てはめ、判断力を駆使し、時には過激で新しいことを試すことがこの階層の人々の役割である。各職業人が新たな手法の試行や改良、開発を繰り返すことにより、クリエイティブ・プロフェッショナルからスーパー・クリエイティブ・コアの仲間入りをすることもあるだろう、とフロリダは述べている。

またクリエイティブ・クラスの傾向として、フロリダは「場所の重要性」を挙げている。ジェーン・ジェイコブズ(1985)が、クリエイティブな人々を惹きつけ、そして経済成長に拍車をかける都市の能力を指摘したこと、またノーベル経済学賞を受賞したロバート・ルーカス(1988)が、ジェイコブズの著書に基づき、人的資本の集中がもたらす生産性の向上がなければ都市は経済的に機能しなくなると主張し、これを「ジェーン・ジェイコブズ的外部性」と呼んだことを踏まえた上で、フロリダはそうした人的資本の理論から離れ、クリエイティブ資本を保有する人々が好む地域に経済成長が生じる、という独自の理論を提唱している。

こうしたクリエイティブ・クラスの考え方と非常に近いものとして「社会関係資本(Social Capital)」の考え方が挙げられる。実際、フロリダの論も社会関係資本の考え方に根ざしたものである。ロバート・パットナム(1993/1996)は、社会関係資本について「調整された諸活動を活発にすることによって社会の効率性を改善できる、信頼、規範、ネットワークといった社会組織の特徴」(p.206–207)と定義し、社会関係資本に結合型(強い紐帯)と橋渡し型(弱い紐帯)という2つの類型を提示し、結合型社会関係資本の減少に警鐘を鳴らしている。しかしフロリダは社会関係資本、特に結合型の持つ閉鎖的であることのデメリットを挙げ、結合型の社会関係資本は減っても構わないが、その分橋渡し型の弱い紐帯、つまり、普段から接するわけではないが用がある時に気軽に連絡を取ることのできる関係、が無数に広がるべきであると述べている。日本の地方においては、この結合型社会関係資本の息苦しさと、橋渡し型社会関係資本の不足が大きな問題であると筆者は考えており、この弱い紐帯に着目し発展させた考え方であるクリエイティブ・クラスを本研究の中心に取り上げていく。

こうした、社会関係資本に基づいたクリエイティブ・クラスの考え方が世に広がった一方、クリエイティブ・クラスに関する矛盾点もいくつか存在している。その矛盾の代表的なものは「クリエイティブ・クラスが影響力を増すに従って、勝ち組と負け組が生まれ、経済格差は広がっていくのでは?」というものである。

フロリダは、クリエイティブ・クラスの集積と賃金格差・所得格差との相関について、賃金格差と相関はあるが、所得格差との相関は少なく、人種や貧困のほうが相関が大きいと述べ、クリエイティブ・クラスの集積により地域の貧困が解決される方が格差に対する解決につながると述べている。またフロリダ自身、クリエイティブ・クラス、ワーキング・クラス、サービス・クラスの3つの階層が社会的に分断されつつある状況を把握しているが、アメリカ最大手調査会社ギャラップ社が行う幸福度に関する調査とクリエイティブ・クラスが多い地域の相関が高いことなどを元に、クリエイティブ・クラスが多く集まる地域は幸福度が高いため、社会的な階層の分断が不幸を産むわけではないといった反論を行っている。

このようにフロリダは、クリエイティブ・クラスの人々は経済成長よりも自らのライフスタイルを重視する価値観であるとしながらも、一貫して「クリエイティビティが経済を成長させる」と述べ、あくまで資本主義のフォーマットにおけるクリエイティブ・クラスの優位性を主張している。しかし本研究においては、前項で述べた通り、資本主義でも社会主義でもない「第三の柱」を形成することを目的としており、そのためにフロリダの定義するクリエイティブ・クラスがもたらす別の価値を考える必要がある。またクリエイティブ・クラスの考え方自体、2002年の提唱から15年が経ち、2012年に一度見直されたとはいえ、特にスマートフォンやSNSの普及などによって情報接触環境や生活者の志向が大きく変化しているため、2017年の現状に即した解釈を行っていく必要があると考えられる。この点に関しては第二章で詳しく述べる。

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