2.2.2 インターネットの「加速」とクリエイティブ・コミュニティ

オホーツク島
14 min readFeb 1, 2017

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冒頭でも述べたが、本論文では、1.1.4で述べたフロリダの定義によるクリエイティブ・クラスに当てはまる人たちによる、「弱い絆」のコミュニティを「クリエイティブ・コミュニティ」と呼ぶものとする。本項では、2017年1月現在における様々なクリエイティブ・コミュニティと、その形成や活動を活性化させているメディアの関係について考える。

クリエイター同士の交流欲求

クリエイティブな人々が頻繁に連絡をとりあったり、集まって住んだりすることで刺激し合う、ということは最近に始まった話ではない。1600年代にフェルマーがパスカルやデカルトと文通をしていたことや、エコール・ド・パリの時代に世界中から画家が密集して住んでいたモンマルトル/モンパルナス、1950年代の東京で後に一世を風靡するマンガ家たちが集まって住んでいた「トキワ荘」なども似通ったものであると捉えると、新しいものを創り出す気質の人が、同じ気質の人との関係、交流を求めるのはごく自然なことであると考えられる。

前提として、アメリカのマーケティング学者であるスティーブン・バルゴとロバート・ラシュ(2004)は、良い製品は高くても売れる、というモノ主体のマーケティング(Goods-dominant logic/G-D logic)から、モノがサービスの媒介として、サービスが関係性の媒介として流通するようなサービス主体のマーケティングになってきた、として、「サービス・ドミナント・ロジック(Service-dominant logic/S-D logic)」という考え方を提唱している。これを踏まえてクリエイティブ・クラスについて考えると、クリエイティブ・クラスの制作したモノ、あるいは制作したサービスが世に出ていき、多くの人の目に触れることにより、そこから関係性が発生し、クリエイティブ・コミュニティを発生させていくとも考えられる。筆者も、映像や電子工作などの制作物(の映像)をTwitterなどにアップすると、興味が近い友人・知人などによりリツイート(シェア)されたり、コメントをもらったり、これまで関わったことのない(しかし活動の分野が近い)人にフォローされるなど、関係が深まることを頻繁に経験している。また主にインターネットを介してごく近しい友人・知人が面白いものを作っている(映像を見る)と、創作意欲が掻き立てられ、自分もまた制作に取り組むことが頻繁にある。この連鎖がクリエイティブ・コミュニティの形成において非常に重要ではないかと考えられる。

インターネット上のコミュニティとクリエイティブ・コミュニティ

クリエイティブ・コミュニティと非常に深く関係しているインターネット上のコミュニティについて考える。インターネット・コミュニティはあらゆる記号の周りに形成される。2000年頃から2017年初頭の現在に至るまで、日本のインターネットの代名詞に近い存在であった「2ちゃんねる」には、テーマ別に極めて多数の掲示板が存在してきた。2017年1月8日現在でも1,047の掲示板が存在し、そのそれぞれに数十から数百のスレッドが存在している。2ちゃんねるを説明する「『ハッキング』から『今晩のおかず』まで」という言葉の通り、あらゆるテーマ、トピック、記号の周りに大小様々なコミュニティが形成されている。

前述のように、現代においてはSNSをはじめとするインターネットメディアとコミュニティは切っても切り離せないものになりつつある。1990年代〜2000年代にかけて一気に普及したインターネットにより、2.1.2で述べたようにWeb空間も「人間生活の主要な場」とみなされるようになり、コミュニティの物理的な場所への依存性が一気に低下した。情報通信技術の発達に伴い、インターネットで徐々に多様な形の創作物が共有されるようになり、創作物を軸にしたコミュニティが無数に発生するようになる。このようにインターネット・コミュニティの多くはクリエイティブ・コミュニティへと変化していく。あるいは最初からクリエイティブ・コミュニティとしてインターネット上に存在するようになる。

2000年代のテキストサイト、CGI掲示板、チャット、アニメGIF、Flash、ブログなどの流行から、mySpace、Skype、YouTubeなどの台頭、Soundcloudやpixiv、ニコニコ動画などにおける二次創作環境ムーブメント、Ustreamからニコニコ生放送、Twitchやツイキャスなど個人配信の普及まで、徐々に大量のデータ処理を伴うインターネットを介した創作物共有環境が整備されてきた。そのすぐ横には、2chなどの掲示板群から、mixi、twitter、facebook、Instagramに至るSNSの進化も深く関わっている。文章、動画、音楽などのメディア制作のためのツールも、前述のようにグレーゾーン、あるいは違法に入手することが可能だった影響を受け、現在は安価なもの、無料のものがかなり普及しており、上記のようなサービスで誰もが発信できる時代になった。特に音楽で顕著に見られるリミックス、フックアップなどの行為の連鎖でコミュニティは広がっていき、それら個人の制作は更に加速する。

このようにWeb空間が「人間生活の主要な場」として重要性を増すに従い、オフラインの空間の相対的な重要性は減少していくという考え方もある。

インターネットが「加速」する東京

とはいえ2.1.2で述べたように、逆に特定の場所にクリエイティブな人が集まるようになった。それはやはりオフラインでの交流が依然無視できないほど重要性を持つということである。

例えば日本において、昔からクリエイティブな若者は東京に出ていく傾向があったが、インターネット時代に入りそれは加速している。教育レベルやデジタルリテラシーが高く、経済的に問題のない若者ほど、多様な選択肢を求めて都会に出ていく傾向があると考えられる。インターネット以前は、例えば「渋谷系」などに代表されるような若者のためのカルチャーが東京に存在し、テレビ、雑誌、全国区のショップなど大小様々な影響力を持つメディアを介してそのカルチャーが東京からブロードキャストされていく状況が存在していた(注:「セゾン文化」として捉えると、文化が発展するのは資本の集積によるものであり、東京に集積していた文化は若者に向けたものに限らないが、やや冗長になるためここでは若者や若者に向けられたものに限定した議論とする)。

一方、現在はインターネットにより、形式上はあらゆるカルチャーがあらゆる場所から発信される、という環境にはなったが、実際は2017年1月現在においても、インターネットにおける発信者が東京に集積し、東京ローカルで相互に影響を与え合っている状況がある。例えば音楽については、インターネットレーベルの存在がある。日本のインターネットレーベルの中核的存在である「Maltine Records」について見ると、主宰者が東京在住であるせいか、その活動のほとんどは東京を中心に行われており、一部の地方在住のトラックメイカー/DJなどが必要に応じて東京のオフラインにログインするという状況が見て取れる。Maltine Records主宰のtomadは「インターネットは東京だけが加速される話というのはまさにその通り」と述べていた(SWITCH VOL.33 №1 Jan. 2015 p.143 スイッチ・パブリッシング 2015)。これはインターネットを介したコミュニケーションにより対面のコミュニケーションが加速する、という意図であり、インターネットでもオフラインでもコミュニケーションが行われるクリエイティブ・コミュニティは更に勢いを増す、逆に言うとオフラインのコミュニティと交わらないインターネット単独でのクリエイティブ・コミュニティは、オフラインでの交流もあるクリエイティブ・コミュニティほどの勢いを得るのが難しい、ということを示唆している。

別の事例として「常夏アイスクリーム」という音楽イベントを紹介する。20人程度の仲の良い友人グループが、DJとともに食べ放題アイスを振る舞う、という音楽イベントであり、筆者はVJ(注:Visual Jockey の略。DJ に合わせて映像を出す人)として参加した。様々なメディアに取り上げられて200人程度の動員があり、東京であれば主催メンバーや出演者の友人だけでそれだけの人数が集まるものなのか、と感じる機会になった。主催者や出演者の中には常にTwitter上などで交流を行っている人も多く、また主催メンバーの中に、制作会社勤務でウェブ・映像・音楽などの制作をプロレベルで行える人もいたため、インターネット上での情報発信が非常に巧みに、高いクオリティで行われていた。こうした映像制作やウェブ制作など、クリエイティブな産業の従事者を東京以外で見つけることはなかなか難しい。そしてこれがイベントが開始される前から、イベント全体の雰囲気を盛り上げていた部分が大いにある。その結果、他地域に在住の感度の高い若者も強い興味を示すものになっていた(図10)。これもまた、友達付き合いの延長としてのイベント参加を促し、インターネットによって現実が更に加速する現象の1つであるといえるだろう。

図10 名古屋在住の大学院生である友人のツイート

こうした状況が生まれる背景には、新たな文化を牽引できるような文化レベルの高い環境、少なくとも日々の生活には困らないような環境、周囲の目を気にせず新たな取り組みをできる環境など様々な要因が考えられるが、いずれにしろインターネットの時代においても発信者が東京に集まりすぎているという状況があるため、結局東京のカルチャーが全国に拡散されている状況に大きな変化はない。

地方におけるインターネットの「加速」

そんな中でも地方都市を中心に、東京にはない活動を行う発信者も現れ始めている。例えば東海地方で毎年行われている「森、道、市場」というロックフェスティバルに近い形態のイベントがあるが、広い土地にクオリティの高いフリーマーケットのような露店が多く並び、出演するアーティストもスローなライフスタイルを志向する人々が好むシティポップな音楽ばかりである。子ども連れの家族や、演奏をほとんど見ない人々も他のフェスイベントに比べて多い印象がある。東京にも関西にもない空気感のイベントであり、年々規模を拡大している。また岐阜市では毎月第3日曜日に「SUNDAY BUILDING MARKET」というイベントが開催されており、岐阜市中心部の柳ケ瀬商店街に東海地方やその近縁から様々な出展者が集い、100件以上の露店が並んでいる。そのいずれもかなり手間をかけて作られているものばかりで、これだけの規模のイベントを毎月開催しているのは東京をはじめ全国でも多くはないだろう。また2016年8月に名古屋CLUB QUATTROで行われた音楽イベント「Syncronized Rockers Presents “PR”」では、会場にTwitterのハッシュタグと連動した仕掛けを用意することにより、観客にハッシュタグ「#PR0813」を用いたツイートを喚起した結果、200人程度の動員にも関わらず同じハッシュタグのついたツイートが1分あたり数件投稿され、Twitterのトレンドに掲載されるまでに至った。筆者の知る限り、日本の小規模な音楽イベントでこうした意図的にツイートを喚起する仕組みを設けたことにより、トレンド入りした例は他にないものとみられる。

こうしたそれぞれの取り組みは少しずつ認知を広げており、その中心には地元から発信を行っているメディアや個人、それを拡散していくSNSの存在がある。東京にあるような「インターネットが現実を加速していく」状況は、徐々に東京から地方都市にも広がりつつある。

趣味趣向、「心の拠り所」を軸にしたコミュニティ

海外に目を向けると、そうしたクリエイティブ・コミュニティに着目していくことで、どんどん「地域性」あるいは「地域のくくり」を曖昧にしたメディアが現れつつある。例えばSkrillexが立ち上げたサブレーベル「NEST HQ」は、アートと音楽への情熱をシェアするためのジャンルレスなグローバルネットワークを自称し、実際にその名声や影響力を生かして世界中のトラックメイカーやレーベルオーナー等と手を組み、ボーダレスな音楽メディアとして機能しつつある。またアジアに関するものでは、韓国人ヒップホップアーティストのマネージャー(ニューヨーク在住)がアジア系のヒップホップをリリースするレーベルとして活動しながら、SNSを通じてアジアのストリートカルチャーを紹介・発信し続ける「88rising」や、ロサンゼルス在住の中国系・日系アメリカ人Meishi Smileが主宰し、アジアでもアメリカでもない融合した音楽、融合したカルチャーを形成する「ZOOM LENZ」などが挙げられる。前述の「Maltine Records」も、日本文化を自身の表現に取り入れる海外アーティストを中心に、様々な国籍やバックグラウンドをもつクリエイターたちとのリリースや楽曲コラボレーションを行うなど、ボーダレスな、というよりも何がボーダーかさえ意識しないような活動を進めている。その流れを汲んで、東京を代表して世界に向かうインターネットレーベル「TREKKIE TRAX」も、主宰がサンフランシスコに移住し「NEST HQ」と積極的に交流するなど活発に活動している。

このいずれも、物心ついた頃からインターネットを介したコミュニケーションをごく当たり前に行ってきた集団であり、「どこに住んでいるか」ということは、ある程度の深さまではコミュニケーションを阻害する要因にはなりにくいと考えられるため、地理的な条件や民族的な分類は属性を分けるものにもなりにくい。こうした経験や考え方を持つ集団にとって重要なことは、我々がほぼ先天的に持たされている属性ではなく、我々がいま何を望んでいるか、これから何を作っていくのか、ということに尽きる。これを前述の人々の活動に当てはめて考えると、どこの国に住んでいる、どこにルーツを持つ人間か、ということではなく、たとえどこに暮らしていようと、どこの文化圏に興味があるか、どういうものをつくりたいのか、そして(たとえコミュニティの構成員がそこまで意識していなかったとしても)どういう文化を作っていきたいのか、ということがこの集団にとって本当に重要なことである。また地域に関して当てはめると、たとえどこに暮らしていようと、自分が本当に関わりを持ちたいと思う地域はどこであるか、ということが、この集団にとって本当に重要なことであると考えられる。

これは音楽に限定したものではなく、インターネットに存在しうる様々な趣味趣向に基づいたコミュニティそれぞれに存在しうるものであり、更にはアイデンティティに関わるものも多くある。こうした特定の趣味趣向や「心の拠り所」を軸にした、地理性を無視したコミュニティは、インターネット以前の時代から存在していたと考えることもできる。最も顕著なものは宗教であり、例えば「ユダヤ人」という民族はもともと「ユダヤ教を信仰する人々」に基づいた民族であるが、現代においてこれは地理的要因にも血統にも基づかない「文化的集団」となっている。インターネット以前は聖書や宣教者などがメディアとなりコミュニティが形成されていったが、現代においてはIslamic Stateのような宗教に基づいたコミュニティが、広報用にYouTubeやSNS、そこに掲載されるコンテンツ、そして秘匿通信用にインターネットゲームを用いるなど、現在使用可能なメディアを様々に活用したインターネット・コミュニティを通じて勢力を強めているように、こうしたコミュニティの活動はインターネットの普及、およびインターネット・コミュニティと現実のコミュニティが絡み合うことによりいっそう「加速」しているものと考えられる。

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