パパ活女子がbotでNFT売ってみた(中編)

puyu.eth
Dec 23, 2021

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Henri Rivière

世界一のNFT取引サイト、OpenSeaは少しマッチングアプリに似ていた。

「開かれた海」という名の通り、イーサリアムというブロックチェーンで発行されたどんなNFTでもここで売買することができる。 OpenSeaという海に浮かぶ色とりどりのNFTたちは、マッチングアプリに並ぶ女性たちのプロフィールを思わせた。 ここはわたしが活躍できる場所だと信じた。

やってみると、パパ活よりもずっとやることは単純だった。値段だけをみてやりとりをするからだ。

わたしは早速自分が作った新しいNFTを売り物として並べることにした。 OpenSeaの操作は少し面倒だったが、botを作るほどでもないなと判断し、ひとつひとつにゆっくりと5000万円以上の値段をつけていく。 もちろんこんな値段で売れるとは思っていない。 ひとまず高値で並べて、オファーが来るのを待つ戦略を取ることにした。

毎日、OpenSeaを確認し、ただただ買い手が現れるのを待つ。潜在的な買い手に対してこちらからアプローチする手段がなく、ただ待つしかないのがもどかしいところだった。

NFTを手にした時の興奮が冷めていく。
退屈な、ただ退屈な時間だけが過ぎていった。

代わりにわたしは、パパ活に力を入れていた。

わたしは、いわゆる「定期」と呼ばれる継続的な関係を4人のパパと維持していたが、まだまだ新規開拓を行う余地はある。大人の関係に踏み込まない以上は、安定した売り上げをあげるために、数を稼ぐ必要があった。

特に、今回は実験的に、遠方でも積極的に新規開拓を試みることに決めた。こちらから出向くことで今までにない太い顧客を獲得できるかもしれないと考えた。パパ活市場は飽和し始めている。何か変わったことをやらなければ大きく稼ぐことは難しくなっていた。

今回は特に遠方への遠征である。わたしは、高速バスに乗り込む。コロナ禍の続く中、乗車人数は未だ少ない。

バスが走り出して落ち着いた頃、わたしはPCを車内のWiFiに接続し、日課になっているOpenSeaのアカウントの確認を始めた。 本当は、人の目があるところで暗号資産関連のサイトを開くのは安全ではないと分かっていたが、人もまばらであり問題ないと判断した。

そこでわたしは心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。 わたしのNFTのひとつに買い注文のオファーが来ていたのだ。 それも、10ETH(時価400万円以上)という値段で。

即座にオファーを受け入れかけて、踏みとどまった。 ここで、オファーを受ければ時価400万円以上の利益を即座に得ることはできた。しかし、オファーが出てからまだそれほど時間は経っていない。まだ考える時間はあるはずだった。

まずは、オファーを入れた人物のアカウントを調査する。 イーサリアムは本物のブロックチェーンであり、全てのアカウントの全取引履歴が公開されている。 すぐに、オファーを入れた人物は大量のNFTを所持していることが分かった。 それも、一枚数千万円で取引されるようなNFTを所持している大金持ちであった。

そして、彼もしくは彼女が今回8つのENSドメインのNFTに対して一気に買い注文のオファーをかけたことがわかった。 わたしのNFTもその中に含まれていた。

わたしは、リスクを洗い出し始めた。まず、買い手が大文字のENSドメインが普通のものでないと気付くリスク。 それから、単純に気が変わってオファーを取り下げるリスク。8つのNFTのひとつの注文が成立し、他の注文を取り下げるリスクなどなど…

わたしは、どのリスクも今はそれほど大きくないと判断した。

まずは最優先でやらなければならないことがあった。 わたしはすぐにサーバーにログインし、botの設定を行なった。 「CryptoPunks.eth」「BAYC.eth」「MetaMask.eth」「ERC20.eth」「ERC721.eth」「Airdrop.eth」「Whale.eth」、、、

思いつく限りの暗号通貨用語を挙げていく。わたしは金脈を見つけたのだ!一刻も早くbotで、NFTをかき集める必要があった。

ENSドメインのNFTを取得するのにかかる手数料は、場合によるが数万円程度である。 数万円で、何百万円もの利益が得られる可能性があるとなれば、まずはいち早くその可能性を追求するべきだった。 オファーの方がしばらく放っておいてもいい。

botは、NFTをどんどん取得していった。

わたしは、高速バスの中でENSドメインを10個取得した最初の人間になり、一刻も早くOpenSeaに売り物を並べなくてはとそればかりを考えていた。

OpenSeaのサイトはお世辞にもうまく出来ているとは言えない。 新しくNFTを取得したときの動作もなんとも言えないものがある。反映が遅いのだ。 前回は売却用の値段をつけてもすぐに反映されない問題があった。

今回も問題があった。新しく作成したENSドメインのNFTは自動でOpenSeaに反映されるが、なかなか更新されないのだ。

わたしは、少し休憩することにして、飲み物を口にし、お手洗いに立った。

席に戻り、残ったコーヒーを飲み終わる段階になってもまだわたしのアカウントに新しく取得したNFTは現れなかった。 10個全て、ひとつも反映されない。

嫌な予感がして、わたしはbotの動作を停止した。何かがおかしい。 少し考えてから、今度はbotの設定を変更し、小文字だけで作られたENSドメインを一つだけ取得してみる。

今度は問題なく、ごく短い時間で、わたしのアカウントにNFTは現れた。

そして、すぐに新しく取得したNFTの画像が以前とは著しく違っていることに気が付いた。 非常に解像度の高い画像になり、より洗練され美しいデザインになっていた。

わたしの懸念は、確信に変わった。

少々まずいことになったと思った。 多分、ENS関連で何らかの大きな改修があり、その一環として大文字の含まれたENSドメインのNFTはOpenSeaに登録できなくなったのだ。 おそらく今回新しく発行したMetaMask.ethなどのENSドメインはもうNFTとして売買することはできないのだろう。

幸いなことに以前に発行したNFTはそのままわたしのアカウントに残っていた。 大丈夫だ。わたしのあの10ETHのオファーはいまだに有効だった。

見方を変えれば、大文字のENSドメインの価値はより高まったと考えることもできる。 もう新規にOpenSeaに登録することはできないのだから。 そうだ。希少性が高まったのだ! もう誰もDeFi.ethのようなドメインを発行して、売り物にすることはできないのだ。 わたしは疑念を振り払うように自分を納得させた。

これからパパに会わなくてはならない。あまり深く考えている時間はなかった。

新規パパとのデートや食事は楽しかったが、わたしは本当は終始10ETHのオファーのことを考えていた。 相手は、しつこくない程度に、この先の大人の関係を提案してきたが、丁重に断った。 相手も信頼関係を壊さないようにひとまず笑顔でそれを受け入れてくれた。

お手当と交通費をいただいてわたしは夜の街に出た。 疲れていたが、とんぼ帰りのためにまたバスを予約してあるのでゆっくりしている暇はなかった。

わたしは慣れない街の人混みの中で自分の戦略を考えた。 もう大文字のENSドメインの新規の発行が望めない以上、今のオファーは慎重に扱う必要がある。

今すぐ、PCを取り出して「Accept Offer」というボタンを押したい衝動に駆られる。 その気持ちをぐっとこらえて、買い手のアカウントをスマホで詳しくもう一度調査する。 わたしは、買い手がすでに非常に積極的にENSドメインを購入していることに気が付いた。 数日前に、別のENSドメインを30ETH、時価1000万円以上で購入していた。

途方もない金額にまた頭がぐらっとした。

今、わたしにできることは二つだった。 ひとつはこのまま買い注文のオファーを受け入れて、10ETH、時価400万円以上の大金を手にすること。 もうひとつは、カウンターオファーを送り、こちらから10ETHよりも高い売却希望価格を提示すること。

疲労で考えがまとまらない。彼ははっきり言って億万長者だ。 一体どういう考え方をし、どういう生き方をするのか想像もつかない。

家に帰り着くころにはへとへとになっていた。わたしはしばらく様子を見ることに決めて眠りについた。

翌朝、起きてPCを開き、OpenSeaにログインし、10ETHのオファーを確認する。大丈夫だ。まだあたしのお金はそこにあった。まだもう少しこの時間を楽しんでも構わないはずだ。

良い気分で、少し部屋の掃除をし、溜まった家事を片付けることにしたが、あまりはかどらなかった。10分おきにOpenSeaのアカウントを確認してしまうのだ。400万円のお金がすぐ手の届くところにあることを眺めるのがこんなに気分のよいものだとは思わなかった。

わたしは、脳を作り替えられた人間のように、OpenSeaのオファーを眺めることを繰り返した。

何十度目かの確認の後、わたしへの10ETHのオファーはあっさり取り消された。

あまりのことに唖然として声も出なかった。 なぜほんの10分前にオファーを受け入れなかったのかとひたすら自分を責めた。 目の前の400万円をなぜすぐに受け取れないのか? わたしには取引の才能はゼロだと思うしかなかった。

ショックを隠しきれないまま、なんとか家事をして気を紛らわせる。先ほどまでとはまるで部屋の様子が変わってしまったような気分だ。わたしは、何かの間違いが起こって、もう一度、消えたオファーがひょっこり現れないかなとそればかりを願って、OpenSeaのサイトの確認を繰り返した。それはもう餌箱を何度も確認する哀れな動物のように。

すると、すぐに驚くべきことが起こった。買い手が本当に再度10ETHのオファーを送ってきたのだ。 わけが分からず、即座に買い手のオファーを調査した。 前回オファーを送った8つのNFTに対して、一度オファーを取り下げてから即座に再度オファーを送ったのがわかった。

わたしは、混乱をしながらもオファーを受け入れるボタンを押すことがまたできなかった。 欲が邪魔をするのだ。 もう新規に発行ができない以上、できるだけ多く稼ぎたい気持ちが大きくなる。 また、正直言って買い手の行動に困惑していてどうしたら良いのか分からなかった。

今日は研究室での集まりがあり、行かないわけにはいかない。 買い手に対してカウンターオファーを仕掛けるべきかどうかの検討も始めるが、決断する時間が足りなかった。

「……先輩の推しコインはなんですか?」

研究室の集まりが終わった後に、そう質問してみた。 すぐに退散することはできない空気だったが、仕事をする気にはならなかったので、気を紛らわすために雑談の話題が欲しかった。

「やっぱりビットコインだね。あとはイーサリアム」

「王道なんですね」

「うん」

「なんかトレードとかやらないんですか?」

「んー、やらないかな」

「すごい値段上がってるじゃないですか?売ろうとか思わないですか?」

「いや、別に持ってるとは言ってないけどね」

「まあ仮の話ですよ。仮の話として。売り時って難しいじゃないですか」

「そうだね。買う時よりも売る時の方が難しいよね」

うんうんとわたしはうなずく。

「半分だけ売ってみるとか、少しずつ売るとかそんな風に考えるのがいいのかもしれないよね」

先輩はそう言うが、わたしは、残念ですがNFTは半分だけ売るなんてできないんですよ、と心の中でつぶやく。

「でもさ、自分が納得する値段で売れたらそれでいいんじゃない?暗号通貨の価値なんて自分の気持ちだけで決まるようなものなんだから」

先輩はそんなことを言い、話はそこでおしまいになった。 もっと深く話を聞いてみたかったが、詳しく話を聞くとなるとこちらの事情もある程度打ち明ける必要が出てくるかもしれず難しかった。

わたしは、自分の売ろうとしているNFTの価値を考えた。 10ETH。十分に納得できる値段である。やはり欲を出しすぎていたのかもしれない。 帰宅したらすぐに売ってしまおう。あまり深く考えすぎるのは良くない。

帰宅をしてPCに飛びつく。OpenSeaを開く。わたしのアカウントを表示する。 わたしは肝を潰した。10ETHのオファーはまたキャンセルされていた。

しかし、もっと信じられないことが起こっていた。 なんと買い手は今度は値段を吊り上げ、15ETH(時価600万円)という値段で再度オファーを入れていた。 オファーには期限が設定されていたが、まだしばらく猶予があった。

なぜこの人はこんな風にキャンセルとオファーを繰り返すのだろうか? ひとつの仮説は、オファーを受け取ったNFTの持ち主に対して通知を飛ばすためだ。 OpenSeaはオファーを受け取った際に通知を送る機能がある。 オファーのキャンセルと、再オファーを行うことで通知を増やす戦略なのかもしれなかった。

なるほど、こんな考え方もあるのかとわたしは感心させられた。彼は相当手練れのNFTコレクタに違いない。

逆に考えると、そのような積極的な戦術を取るほどわたしのNFTを買う意欲が強いとも言えた。 わたしは、ひとしきり悩み抜いたあと、カウンターオファーを送ることに決めた。 早々に勝負を決めたい気持ちは強い。しかし、これだけ買う意欲が強いところを見れば、こちらから仕掛けてみるのもありだろう。 彼のような熟練のコレクタが、素人くさいわたしのオファーを歯牙にかけるとは思えなかったが、一応こちらからある程度上乗せをしたカウンターオファーを送ってみることにしよう。

あと1日。そう考えた。あと1日この値段のままだったら、そのときはオファーを受け入れる。 あと1日だ。大丈夫。ここからまだ引っ張ることができるはずだ。 パパ活を思い出せ。自分を安売りするな。

そう考え、わたしは、無理やり自分を納得させたが、欲に駆られて決断をズルズル先延ばしにしているだけかもしれなかった。 このまま何度も揺さぶりをかけられたらとても耐えられそうもない。彼のオファー戦術は極めて有効だなと理解した。

翌日、あたしは自分の間違いを、知った。考えられる限り最悪の事態が起こっていた。

OpenSeaからわたしのNFTが一斉削除されたのだ。

後編に続く

前編はこちら

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