ToshihiroKaseda/加世田敏宏
14 min readSep 20, 2018

Vertical SaaS(業界特化型SaaS)とは何か? #2 戦い方の検証と新しい論点

今回はVertical SaaS記事の第2弾をお送りする。

私達Zenportは現在、貿易業務のVertical SaaSを提供してる。その経験を踏まえ前回執筆したVertical SaaSについての記事は多くの方に読んでいただき、”Vertical SaaS”とGoogleで検索すると全体で2位、日本語の記事としては1位にランクされるようになった。これも読んでくださった方々のおかげであり、時代の変わろうとする意志の表れだと思う。世界のあり方に変革を志す経営者として、より頑張らねばと思う次第だ。

さて前回の執筆から9ヶ月程度立ち、想定した仮説に対する検証結果が得られてきた。また新しい論点も見えてきた。そこで今回はそれらをご紹介したい。

また別件になるが、2018年9月27日にVertical SaaSのイベントを企画している。記事の最後に案内を載せているので、興味のある方は是非ともご参加いただきたい。※イベント参加費が無料になる招待コードも記載してあります。是非ともご利用ください。

1. 前回提唱したVertical SaaSの特徴の検証結果

前回の記事で私はVertical SaaSのHorizontal SaaSに対する違いは以下の3つだと述べた。

1)Winner Takes all
2)Better Cross-sell&Upsell
3)Lower CAC

これらの妥当性について、9ヶ月の経験を元にした私の見解を述べていきたい。

1)Winner Takes all

これについてはまだ判断しかねるが、正直当てはまらないと感じている。SaaSは基本的にネットワーク効果が効きにくいので、マーケット内の企業でのペインや業務プロセスが酷似していないとドミナントは難しい。しかしペインや業務プロセスが業界全体で似るのは稀だ。

ドミナントの有名な例としてVeevaが挙げられるが、これは狙っている製薬市場の特異な性質によると思う。(製薬企業はその性質上、エンタープライズ企業しか存在できない。また自動車のような組み立ても必要ないので、業務プロセスに企業間差異が生まれにくい。)

そのため、Vertical SaaSだからといってドミナントが出来ると想定し、マーケットの50~80%などを想定売上の上限とすると痛い目に合う可能性がある。Horizontalと同じように、20%程度をシェアの最大値と捉え、ロードマップを敷いたほうがいいだろう。

2)Better Cross-sell&Upsell

これについてはまだ分からない。確かにVertical SaaSでは今のところHorizontalよりCross-sellやUpsellのチャンスが広がっているように見える

ただこれはまだマーケットの成熟度合いが低いため、そのチャンスが他の企業に取られてないことが理由だと思われる。

今後市場が成熟していけば競争にさらさせ、Horizontalと同じ状況になる可能性が高い。いずれにせよ、この検証にはもう少し時間が必要だろう。

3)Lower CAC

これについてもまだ分からない。確かにリード獲得については、Vertical SaaSは同質性が高いためバイラルが聞きやすく、安く抑えられる場合もあるだろう。(例えば横の繋がりが強い介護業界などはバイラルが効くらしい。)

ただ一方Vertical SaaSの場合は、業界特化でペインを深掘りしていることが多いので、ソリューションも必然的に少々複雑になる。結果オンボーディングにリソースが必要になる。

結論言うと、リード獲得コストは抑えられるがオンボーディングコストはHorizontalより掛かる可能性が高いため、CACについては両者を鑑みての判断になるだろう。

以上前回提唱した3つの特徴について論じてきた。結果は3点ともまだ判断しかねるという味気ない結果になってしまった。本点については引き続き考察を続けていきたい。

2. 前回提唱したVertical SaaSの戦い方に妥当性はあるのか

前回の記事で、私はVertical SaaSの戦い方として以下の点を重視すべきだと述べた。

1)Cross-sell&Upsellに繋がるデータを握れるか
2)社内で力の強い部門に訴求するできるプロダクトか
3)基幹システムとの連携を回避できるか

これらの妥当性についても論じていこう。

1)Cross-sell&Upsellに繋がるデータを握れるか

結論を言うとこれは正しい。というかこれは死活問題だ。

Vertical SaaSの場合、UpsellかCross-sellで一社あたりのMRRを上げないとスモールIPOの罠にはまりかねない。理由は企業の絶対数がHorizontalに比べて圧倒的に少ないからだ。

例えば日本市場のみを対象マーケットとする場合を考えてみよう。

日本にある企業数は約400万社。Horizontalの場合、この全社を対象とできる。(もちろんエンタープライズだけを対象とする場合は絶対数は少なくなる。ただセールスフォースやSansanのように400万社全てを対象と出来るSaaSも存在する。)

一方Vertical SaaSの場合、企業数の桁が良くて1桁、多くの場合2桁以上少なくなる。これはすなわち同様の売上をSaaSの本機能から得る場合、一社あたりのMRRの下限が1桁、2桁増えることを意味する。

例えばARR=50億円を目標としよう。これを達成するのに必要なMRRは約4.2億円となる。(ここではわかりやすくするため5億円としておく)。

また狙う市場にいる企業数が2.5万社としよう。このうち取れるシェアが最大20%と想定すると、顧客となりうる最大の企業数は5千社となる。この場合、5億円のMRRを達成するには一社当たりのMRRが最低10万円となる。

実際に経営に携わっている方ならわかると思うが、月額10万円をお客様からいただくのは容易なことではない。結果的にプライシングを下げざるを得ず、平均MRRが3~5万円となることは十分想定される。

その場合ARRは15~25億円になる。マーケットで最大シェアをとれた場合に、だ。

正直これではスタートアップとして魅力的な事業とは言えない。

上場維持コストが会社のコストに対して大きな割合を占めることで、上場後に成長が見込めなくなるスモールIPOの罠にはまる可能性があるし、そもそも非上場時にも投資家からの関心を集められずスケール出来ない恐れがある。

Vertical SaaSをやるなら、一番恐れるべきは中途半端な規模で止まることだ。これを避ける意味でも、Upsell, Cross-sellの機会を常に探っておく必要がある。

2)社内で力の強い部門に訴求するできるプロダクトか

申し訳ないがこれは誤りだ。部門選定はあくまでペインの主体が誰かで決めるべきである。

ターゲットとなる企業の業務プロセスを紐解き、一番ペインが深い、かつ業務プロセスのハブとなる方々を対象としたプロダクトにすべきだ。

部門の社内における声の強さは経営戦略を左右するが、ターゲット選定で意識してはいけない。

3)基幹システムとの連携を回避できるか

これは一般論としては正しい。 ただこれは多分どうにもならない。日本でVertical SaaSをやる場合、かつMid Market以上を相手にする場合は基幹システムとの連携は避けられないだろう。

その場合スタートアップが取るべき方法は、マスタデータは基幹システムに置いてもらい、SaaS側ではデータのインポートのみを行うことだ。各クライアントごとのデータのエクスポートはすべきではない。導入期間が圧倒的に長くなりGrowthのスピードが圧倒的に遅くなるからだ。(APIの提供程度なら全く問題ない)

またインポートについては、徐々にリソースを減らす試みを行うべきだ。当初は各クライアントごとにマスタ情報を自社のデータ形式に変換するコードを準備する必要があるだろう。ただこれだとエンジニアの稼働が必要になりリソースが嵩むため、徐々に簡易化していく必要がある。理想はDOMO社が提供しているような、GUIで誰でもデータマッピングが出来るミドルウェアを構築することだろう。この辺は、スケールや人事戦略に大きく影響を与えるので軽視してはいけない。

(ちなみに余談だが、先日ある外資系SaaSの方と話す機会があった。彼曰く今一番伸びている国の一つはインドのようだ。理由はシンプルで基幹システムが入ってないため、SaaSが急速に広がっているらしい。中国におけるFintechと同じことが新興国のSaaS市場でも起きているようだ。)

以上が前回提唱した3つの戦い方に対する振り返りだ。

ただ正直9ヶ月間PMFを行ってきて、これらの他にもっと重要な論点が見えてきた。次章ではそれらについて論じてみたい。

3.新しく見えて来た論点

9ヶ月のPMFを通じて、前章で紹介したものより大事な論点が複数見えてきた。その中でも今回はVertical SaaSをやる上で、経営者が直面するであろう論点をピックアップした。市場選定、PMF,グロースのフェーズで一点ずつ述べていきたい。

1)市場選定:市場が十分大きいか、かつ自分が戦える土俵か

起業する際に、選ぶ市場というのは何よりも重要だ。なぜかというとそれがキャップを決めるからだ。私はこれを室伏のジレンマと呼んでいる。

日本史上(いやおそらく世界史上)最高のアスリートが室伏広治さんであることに皆さん異論はないと思うが、彼が本業を通して稼いだ総額は、トップのサッカー選手、アメフト選手、ボクシング選手と比べるとあまりにも少ない。これはなぜかと言うと、彼が選んだ市場がハンマー投げだったからだ。

つまり何がいいたいかと言うと、市場選択は何よりも大事だということだ。(室伏さんのくだりは必要ないのでは?というツッコミは、心にしまっていてほしい。)

さてVertical SaaSの市場を選定する上で検討すべきは以下の3点だ。

1.市場規模、2.企業数、3国(規制)との近さ。順に見ていこう。

・1点目の市場規模。これはシンプルで、可能な限りデカイ市場を選ぶべきだ。ただ一点注意してほしいのは、その業界の市場規模がそのままVertical SaaSの市場規模とはならないことだ。

売上が高くても利益率が低い業界は業務ソフトに捻出できる資金は少なくなる。逆もしかりだ。

Vertical SaaSの市場規模を測る際は、業界の市場規模×利益率も意識した方がいいだろう。

ちなみに私見になるが、SaaS単体での市場規模は最低250億円は欲しいところだ。

・2点目の企業数。これは戦い方を左右する。市場規模が同一だからといって、企業数が数十〜数百社しかいないような寡占市場と数万~数十万の分散市場は取るべき戦略が大きく異なる。

ここに正解は無い。個々人の背景を元に市場を選ぶ必要がある。

IBMでエンタープライズバリバリでやってましたみたいな人はエンタープライズが多い寡占市場を狙ったほうがいいだろう。実際Veevaの創業者であるPeter Gassner氏はIBM出身だったりする。

一方、私のように業界未経験、かつジュニアな起業家は分散市場を狙ったほうがいい。寡占市場は、ロビー活動などの政治力の影響が大きくなるので、経験の少ない経営者は必然的に不利になるからだ。

・3点目の国(規制)との近さ。これは海外展開の難易度を決める。以前の記事でも書いたが、国の規制から遠い業界の方が海外展開しやすくなる。

以上を鑑みて、私が今新しくVertical SaaSを始めろと言われたら、迷いなく製造業を選ぶと思う。産業は明確ではないが、完成品メーカーの意向を受けすぎない分野にするだろう。

それ以外で可能性を感じるのはBPO、人材派遣業、ホームセンターなどだ。

みなさんが市場を選ぶ際の参考になれば幸いだ。

2)PMF:業務プロセスを解きあかし、組織の課題を見いだせるか

Vertical SaaSのPMFを行う上で重要なことは、各社の業務プロセスを紐解き、ユーザーヒアリングの裏に潜む組織としてのペインを見出せるかだ。

これは簡単ではない。というかむちゃくちゃ難しい。

なぜかというと、ヒアリング相手の意見の背景を想像し、組織としての課題を読みとく必要があるからだ。これには組織の力学の理解と、業務プロセスを構造的に理解する力が必要になる。

正直これらは経験がものを言う。そして私のように学生あがりで起業した人間にはこのような経験が無い。結果的にとても苦労する。

なので、もしもあなたに法人営業、特にソリューション営業の経験がないなら、今すぐ出来る人を雇ったほうがいい。

ちなみにこの辺が得意なのは戦略コンサル、ITコンサル、オンプレ企業出身者だ。今すぐWantedlyでもビズリーチでも何でもいいから探したほうがいい。

あなたが成長することも必要だが、チームで補えるならそうすべきだ。

3)グロース:リード獲得の型を作れるか

Vertical SaaSは初期のリード獲得に工夫が必要となる。

まずイノベーター、アーリーアダプターを見つけにくいので、立ち上がりを作るのが難しい。これがHorizontalなら、IT系スタートアップがこの立ち上がりの役割を担ってくれるが、Verticalではこのような企業が少ないし、どこにいるかも分からない。

またwebマーケティングも効きにくい。レガシーな業界を狙っている場合には、この傾向は更に強まる。また市場に代替品がまだ無いプロダクト(エクセルの置き換えがメインのモノ)は、ユーザーがペインを認識しておらず検索しないため、検索広告にかからない。

なのでVertical SaaSの場合、当初はオフラインでいかにリードを獲得できるかが重要になる。

業界紙、マスメディア、セミナー、展示会、業界団体。業界によって取るべき戦略は異なるが、自身の業界でハマる方を早い段階で作れるかは大きなポイントだ。

また直販だけではなく、代理店の方々の力を借りてリードを獲得することも検討すべきだ。各業界には、各社のハブになっているような企業群があることが多い。それらの企業と連携して販売することも検討すべきだ。

全て自分でやろうとすると、ドツボにハマる可能性がある。スケールするために最適な方法を考えるべきだ。

(ちなみに直販で売れない製品は代理店の方に頼んでも売れないので、あくまで直販では売れる状態になっていることが前提である。)

以上3点が新しく見えてきた論点だ。いかがだっただろうか? これに限らず、Vertical SaaSを展開する上で必要となる論点は他にもある。是非とも皆さんの意見を聞かせてほしい。

4.Vertical SaaSイベント

これまでVertical SaaSの戦い方について論じてきたが、どうせならこのような考察を企業を横断してやりたいところだ。

読者の方も私の考察だけでは物足りないだろう。

ということでfor Startupsさんと協力して2018年9月27日にVertical SaaSのイベントを開催する。

今回はオクトさん、カケハシさん、hokanさん(以上50音順)という、日本のVertical SaaSを牽引する企業をお招きする。

シードからアーリー期のVertical SaaSが揃っており、業界もバラけているので、多くの学びを得られるだろう。興味のある方は是非ともご来場いただきたい。

※本イベントは有料となっておりますが、招待コードとして「zenport」とご入力いただければ無料にさせていただきます。

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