『ホラホラ、これが僕の骨』デザイントーク【5】モノとしての魅力
中原中也は日本を代表する詩人のひとりですが、詩そのものはネット上で全て読めます。書籍として成り立たせるには、紙の本であるということの魅力、付加価値が必要になります。つまり紙の質感や製本がとても重要になり、単に質が高いというようなことだけではなく、欲しいと思ってもらえるような、印象に残るものであることが必要です。
一緒に面白がって参加してくれること
そうしたチャレンジであることを考えると、製本については、単なる受発注の関係ではなく、一緒に面白がって参加してくれる人にお願いする必要があると感じていました。そこで、こういった企画を面白がってくれるのではないかと思い、篠原紙工の篠原さんに相談しました。篠原さんには、バインディング・ディレクターとして、主体的に関わっていただき、「モノとしての魅力を活かした本にしたい」「詩とともに生活できるように、開いておける本にしたい」という要望に、適切な提案をしていただきました。
「開いておける本」という部分では、PUR製本という製本方法を採用しました。背が柔らかく、よく開き、しかも丈夫で、耐久性もあります。開いて置いた時に、理想的な柔らかい形を見せてくれます。開きのよい本としては、最近はコデックス装が流行っていますが、強度の問題と、本を開いたときに、ぺたっと平面的になってしまうという点で、少し魅力に欠けるように思っていたので、PUR製本を提案してもらったことは、この本にとってはとても重要なことでした。
作品世界と日常世界の境界線を溶け込ませる
「モノとしての魅力を活かした本」という部分では、ファイバーラッファーという小口の加工処理を採用しました。この手法は、紙の繊維が感じられて、やわらかい紙の手触りを感じることができます。紙というのは、スパッと断裁すれば手を切るようなエッジを持っていますが、ほぐしてやると、こんなにもやわらかな表情をみせるのかと驚かされました。モノとしての魅力を活かすという点では、とてもおもしろい手法だと思いました。
技術的な手法を提案してもらって、それを内容とどのようにつなげていくかという部分がデザインです。本というのは、紙の内側の作品世界と、紙の外側の日常世界を、文字通り紙の縁で一線を引いています。今回は、詩とともに生活できる詩集ということを考えているので、その「線」を歪ませることで、本のなかの作品世界と日常世界の境界線をゆがませ、溶け込ませていくような感じになればと思いました。
そのためには、端がちょっとざらざらしているな、やわらかいな、というくらいでは不十分で、思い切り荒く削ることをお願いしました。そうすると、どうしても個体差がでてしまう、やりすぎるとちぎれる、という問題がでてきました。モノである以上、個体差はあって当然だし、そのほうが魅力的だと思いました。でも、商品として売るので、不良品と思われてしまうのはまずい、というところは守らざるを得ません。そこで、意図を伝えて、削り具合を調整してもらいながらバランスをとりました。そのようなむずかしい注文に応えてもらって、この本は作られています。
実際に手にとると、まず手触りがすごく柔らかいんですね。人工的に作ったものなのに、自然物のような感じがします。ますむらひろしさんの『アタゴオル物語』に、木の葉の本が出てきますが、そういった感覚があります。また職人の手仕事のようだという感想をもつ方もいるようです。そしてページを開くと、本と本の外側の世界とが、まっすぐな線で切られていないんです。ゆらゆらとして、溶け合っている。この感覚は面白いと思いました。実際、読者の感想を読んでも、この加工に強い印象を受けている方が多く、作り手の意図は伝わったのかなと思っています。