「問い」からはじめるトリプル・ダイアモンド・プロセス: Art Interaction (6)
まえがき
これまで、Design Thinkingの課題や近年取り上げられているプロセスのトレンドなどを取り上げながら、筆者自身の研究・実践を通して得られた視点を紹介してきました。
この一連の記事は、もともとは2017年にCopenhagen Institute of Interaction Design(以下CIID)で行った「アートの視点を活用したデザインプロセス」の研究として発案し、ドイツで1度、デンマークで数回のワークショップでの実験を通して構築した「Art Interaction Design」というデザインプロセスについて紹介するためにスタートしました。
しかし、筆者の筆が非常に遅いこともあり、前置き部分の記事を書いているうちに、メインパートを語る前に「アート」のビジネス領域への展開という文脈の旬を過ぎてしまったということともあり、このまま未完のまま終了しようかとも考えましたが、逆に今だから参考になる部分もあるのではないかと感じたので、2年越しでまとめてみました。
背景
なぜ筆者がArt Interaction Designとしてアートの視点を活用したデザインプロセスを作ろうと考えていたかについてあらためて簡単に説明します。
まずは、根本的な課題として、過去の記事「Design Thinkingの潜在的な課題」で述べたように、参照する既存の価値が存在しない「新しい価値」は、人間中心のアプローチで課題を出発点とするDesign Thinkingのプロセスでは到達できないという事象がある。
このことは、最初の記事を書いた当初よりも、現在は同様の主張が散見されることもあり、一般的に認識されている状態になったと感じています。
筆者自身が、Design Thinkingのプロジェクトで上記の課題にぶつかった際に、自身の現代アート作品の制作経験からデザイナーとアーティストのアプローチの違いに気づき、当時所属していた企業内で、2014年ごろからArt Thinkingとして、この記事で紹介したように、「?!」の観点を導入し、アーティストと一緒にプロジェクトを実施する試みを行っていました。
ちなみに、Art Thinkingという言葉自体は、少なくも2010年以前よりArs Electronica内では使われており、アーティストの作品の力によって企業をサポートする取り組みを行ってきましたし、一方で、日本におけるDesign Thinkingの普及期のピークを越えた2017年あたりから、Design Thinkingでの価値創出に行き詰まりを感じる人が多く見られる状況になり「デザインではなくアートによって価値が生み出せるかもしれない」という期待感とともに、各方面でArt Thinking/アート思考が議論されるようになってきました。
このような状況の中、なぜ筆者がArt Intearction Designというデザインプロセスの形でまとめようとした理由は、以下の2点でした。
1, アーティストが関与するアプローチの場合、「新しい価値」を必要とするロジックが企業とアーティストの間で異なるため、案件ごとに、関わるアーティストの特徴を考慮し、試行錯誤して双方の意図を摺合せプロジェクトを進める必要がある。そのため、アーティストとのコラボレーションによって成功した、というよりは「そのアーティストだから成功した。」という状況になりがちであったこと。
2, 様々に提案されるArt Thinkingのコンセプトや取り組みは、明確にプロセス化されておらず、それぞれ文脈が異なりフォーカスが異なっているので、企業での新規事業開発に適用しにくかったこと。
このことから、Art Interaction Designを、企業(特に事業会社)における新規事業開発のアプローチとして、アーティストの介入がなくても運用できるように整理したいと考え、構想しました。アーティストとの共創例は古今東西多数ありますが、それをプロセスとして落とし込んだ事例はほぼ無いと認識しております。もちろん、手順が決められたプロセスは発想の自由度がなくなるため「新しい価値」を生み出すためには有効ではありませんが、ここでは、思索のアプローチを整理するためのガイドラインとして整理しました。
Art Interaction Design 概要
このArt Interaction Design のプロセスの最大の特徴は、Design Thinkingのプロセスを概念化したものであるDouble Diamond の最初のダイアモンドの前に、もう一つの発散・収束プロセスを追加しTriple Diamond のプロセスとした点です。
また、「新しい価値」発見のための新たな視点を得るためのアプローチとして、前記事で言及したリサーチ結果でアーティストの思考法として抽出した「主観的な信念」を導入するためのアプローチとなる、
Multi Dimensional ThinkingとMitateを以下で順に紹介します。
Triple Diamond Process
Art Interaction Designプロセスののコアとなる、Design Thinkingで一般的に語られるDouble Diamond を発展させたTriple Diamond Processについて紹介する。
通常のDouble Diamondでは、テーマとして設定される一般的課題から特定の機会領域を定義し解決するというアプローチとなるが、複数人のグループで運用する場合、相互に既知の探索空間内で課題を認識し、解くべき機会領域を定義し、それを解決することで予定調和的な解に陥ってしまうことがある。
この課題を解消し、テーマに対する未知の領域も含めた探索と、主観的な信念により導き出される問いを生み出す、ということを目的として、Double Diamondの最初のダイアモンドの前に、新たに発散・収束のDiamondを導入しTriple Diamond Processを構成した。本記事では、第1ダイアモンドに詳細に説明する。
第1ダイアモンドの目的は、取り組むテーマに対する探索領域を広げ、主観的な信念を含めて抽象化し実体化させることで、「問い」の観点を作ることである。そのために検討したアプローチが、Multi Dimensional ThinkingとMitateである。
Multi Dimensional Thinking
このアプローチは、テーマとする対象に関する時間軸上の変化に思いを馳せ、共通理解の下でこうなっていくだろうという線形予測をさせた後に、それを脱臼させ、テーマの周辺に視野を広げるとともに本質的な思索を巡らせるためのものである。以下のような簡単なワークシートも作成した。
例として、「電話」というテーマを取り上げたとする。まず、現在の「電話」というものが自分たちにとってどういうものか、社会にとってどういうものかをディスカッションして書き出す。次に、「電話」は過去どういうものだったのか、これからの未来どうなっていくと考えられるか、について整理してもらい、グループ内での共通認識を作った上で、もし「電話」というものが世の中になかったらどうなるのかを考えてもらう。
このプロセスを経た上で、
<では「電話」とはあなたにとってどういうものであるか?>
という電話のメタファーを考えてもらい、それをオブジェクトとして形にしてもらう。このオブジェクトのことを Mitate (Materialized Metaphorical Question)と呼んでいる。
Mitate (Materialized Metaphorical Question)
メタファーとは、通常、ある物事の側面をより具体的なイメージを喚起させるために、簡潔はことばで表現される概念であるが、ここでいうMitateは、ことばではなく自身の解釈も踏まえて、テーマに対する「問い」を抽象化しメタファーとして「Mitate(見立て)」られたものとして物質化する。いわば、思索を結晶化させたものである。
Mitateの特徴としては、あらためてMitateを見たときに、問いに至る思考のプロセスや思考の過程で気づいた視点を喚起させる機能を持つが、抽象化されたものであるがために、誤読も含めて視野を広げることができ「問い」を再定義することに寄与するという点である。
この「思索を結晶化させる」ことに近いコンセプトとして、Speculative DesignとMazdaの「ご神体」の事例がある。
「ご神体」は、Mazdaカーデザイナーによって作られる抽象的なオブジェクトのことである。
これは、様々なインスピレーションにより着想した抽象的なアイデアを、具体的な最終プロダクトである車のデザインに落とす前段階として制作する、言葉で表現できない抽象的なイメージをオブジェ化したもので、これを参照しながらカーデザインすることで、潜在意識下に影響を与えるものである。このMitateでも同様に、潜在意識下の思考や議論の過程を想起させる機能を持たせる目的で作成するが、大きな違いとして、「ご神体」はプロダクトの形状決定という最終フィニッシュ(最後のダイアモンド)のところで使うのに対して、Mitateは第1ダイアモンドで導き出した、テーマを抽象化したメタファーを形にしたもので、「問い」として機能する。
Speculative Designについては、過去の記事でも何度か取り上げているので詳細な記述は省略するが、現在の世界観とは異なる、ありえるかもしれない別の世界観を思索させる拠り所として示され、対話を促すものである。これを無理やりTriple Diamond Processに当てはめるならば、第1ダイアモンドの序盤で関係者と共通認識を作り対話を促すきっかけとして機能する。
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第1のダイアモンドで実施していることは、テーマを抽象化し、物質化されたメタファーとして「Mitateる(見立てる)」ということである。
ここでいうメタファーは、具体的な一つの言葉ではなく、作業者が自身の解釈も踏まえて物質化するものである。メタファーとして抽象化して形にすることで、誤読も含め、視野を広げることに寄与すると考えられる。
詳細は述べないが、つづく第2のダイアモンドでは、抽象化された問いから読み取れる方向性に対して探索・収束を行い、第3のダイアモンドで問いに対する仮の答えを示す。というのがTriple Diamond Processの全体の流れとなる。
上記が筆者の提唱するArt Interaction Designの雛形のエッセンスの部分の説明であるが、このプロセスでは如何に思索の探索領域を拡大するか、ということと、如何に主観視点を取り込むかがキーとなるため、本プロセスで用いたコンピューターとのインタラクションによるアプローチを簡単に紹介する。
探索領域の拡大と主観視点の取り込み
本プロジェクトの過程で、人とコンピューターのインタラクションによる、探索領域の拡大と、主観視点の取り組みのためのトライアルをいくつか行った。ここでは、その一つであるImpact Extrapolation(インパクト外挿法)を紹介する。
Impact Extrapolation(インパクト外挿法)
人は何かを発想するとき。何かしらの拠り所を用いる。それは、今見ているものかもしれないし、過去に見たものの記憶かもしれない。
雲の模様や壁のシミを見たときに、何か別のものが見えるという現象は、おそらく誰しもが体験したことがあると思われるが、
このような雲の模様や壁のシミといった視覚刺激から意味のある情報を想起する現象を「パレイドリア現象」という。
これは、外部刺激によって個人が元々持っている固有の知識から意図していない主観視点による意味を抽出する方法として活用できないかと考え、Impact Extrapolationの簡単なプロトタイプを作成した。
このツールは、上で紹介したMulti Dimensional Thinkingのワークの中で、メタファーを導出する際に思考を広げるために、上記で説明したパレイドリア現象の効果を利用したものである。
Multi Dimensional Thinkingのワークシート上の記述をカメラで読み込み、記述を単語レベルに分解しそれらの単語をインターネット上から画像検索し得られた複数画像を透過合成し、一枚の画像として提示する。合成画像そのものには意味は無いが、その画像を見て何を感じ取るかは、人によって異なる。画像を見て直感的に想起されたもの=その人の潜在的な主観視点と捉えることができ、意識下になかったその人独自の視点を発見し、思考の探索領域を広げることができる。
これによる効果のしっかりとした検証は行っていないため、仮説の域を出ていないものの、潜在意識にアクセスするための方法として、こういったツールを使ったアプローチも有効であると感じている。他にトライしたツールについても機会があれば触れたいと思う。
以上が、筆者が2017年に実際に試行しまとめた、Art Interaction Designの概要です。言葉足らずで表現できていない部分もありますので、興味持たれた方は、ワークショップの実施やレクチャーなど致しますのでお気軽にお声がけくださいませ。
最後に、2017年12月時点でArt Interaction Designについてまとめたコンセプトムービーを貼っておきます。