「意識」について #2

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Couger
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10 min readOct 11, 2023

バーチャルヒューマンラボ副所長の手記を複数回に渡り公開中です。今回は前回の1回目に続き、第二回目となります。できるだけ人間に近い処理をするシステムを作り、社会の役に立てたい、そのためにどうすればいいかを考察した記録です。

現象的意識について

現象的意識にはどのような性質があるか

現象的意識は3つの性質を持っている

・主観性(subjectivity)
他の誰でもないそれ自身が感じている経験である

・私秘性(privacy)
現象的意識で発生している経験が外部からは観測できない

・統一性(unity)
複数の感覚器から得た情報や脳で処理された情報が統合されて1つの経験として提示される

クオリア
クオリアという言葉は現象的意識とほぼ同じ意味で使われるが、「赤のクオリア」「生ぬるさのクオリア」というように現象的意識のある部分を指す言葉として使われることもある。

意識のハードプロブレム
意識の機能的側面を実現したからといって、なぜそれによって現象的意識が発生するのかはわからない。

現象的意識が発生しているかどうかもわからない。仮に発生していたとしても、現象的意識は主観なので、発生しているかどうかを証明するのも難しい。

これを「意識のハードプロブレム」としてデイヴィッド・チャーマーズによって提起されている。

現象的意識はどのように発生するのか

脳の活動から少し遅れて発生する
リベットの実験により、脳の皮膚感覚を司る皮質に直接電気刺激を500ms以上の与え続けると触られた感覚が意識に登ってくることがわかっている (500ms以下だと意識に登らない)

500ms以上与えなければならないので、刺激を知覚するのは刺激開始から0.5秒後になる

・リベットの実験
リベットは他にも電気刺激と皮膚刺激(500ms以下でも知覚できる)を同時に与える実験を行っている。

電気刺激の開始と皮膚刺激を同時に行った場合、電気刺激が0.5秒遅れで感じるなら、皮膚刺激を先に感じるだろうという予想だったが、被験者は全く同時に感じたと報告した。このことから、リベットは人間は様々な感覚が現実から0.5秒遅れてるんじゃないかという仮説を導いた。
※正確には「0.5秒前に触られたという感覚」が刺激開始の0.5秒後に発生する (主観的時間遡行)

0.5秒遅れているというよりも入力(刺激)を処理するタイミングが1つということなのでは?

脳の活動電位が高周波で連携することで発生する
麻酔のメカニズムの解明により、脳では秒間7–10回の特徴的な活動電位(スパイク)が発生しており、これが低下することで意識を失うことがわかっている

・麻酔のメカニズム
麻酔はプロポフォールという化合物で、脳で発生している秒間7–10回の特徴的なスパイクを減少させ、脳全体の同期を低周波にする。

スパイクが秒間3–4回に低下すると徐々に意識を失い始め、時間経過と共に秒間0.2–0.5回まで低下する。

意識を失った状態で視床を刺激すると目を覚ます。
大脳基底核には4つのループがあり、全て視床を経由しているので、これが関係していると思われる。

※大脳基底核のループも秒間7回ほどらしい。

情報の統合によって発生する
視床に情報が集まるときに現象的意識が発生している?

視床は間脳の一部で、大脳基底核・大脳皮質と接続し、嗅覚を除く全ての感覚を中継している。

視床の外側の核で意識が発生しているという話もある。

小脳が損傷すると運動や平衡感覚に異常をきたすが、意識や知覚は正常。

小脳は「意識に相関した脳活動(Neural correlates of consciousness, NCC)」ではなさそう。

・汎用人工知能を実現するために足りないもの
大脳基底核や間脳の部分には核やら何やらでごちゃごちゃした謎の組織が大量にあり、それぞれがちゃんと役割を持っているようだ。

中には確信度や社会的評価をしたりしているようなものもあるらしく、人間の知能らしきものを実現するためには、新皮質を真似たパターン認識(機械学習)に、このような専用の計算をする機構を付け加えることが必要なのかもしれない。

現象的意識を何が持ちうるのか

・どのあたりの生物に現象的意識があるか
情報伝達のループがあって情報が統合していることが条件ならば、集中神経系の生物に意識が発生しうる?

集中神経系だとしても視床のような高度な組織が必要かもしれない(視床は核が20個集まっている)

線虫(C.エレガンス)は、集中神経系の回路を持っているがフィードフォワード系の制御になっていて、ループがない?という話もあった

生物の神経系の分類
— — -集中神経系(脳) — — -
後口動物 ヒト、魚
冠輪動物 アメフラシ
脱皮動物 ショウジョウバエ、線虫
— — -散在神経系 — — -
刺胞動物 クラゲ、サンゴ、ヒドラ
— — -神経系なし — — -
単細胞生物 襟鞭毛虫
植物

神経の情報伝達
神経の情報伝達は一方通行で、2つの神経回路で双方向性(ループ)を実現している。

遠心性神経 中枢→抹消への伝達

求心性神経 抹消→中枢への伝達

無生物に現象的意識が発生しうるか
ループ構造が入力(刺激)を検出する仕組みが必要?

入力(刺激)に反応して直接的に動作するような仕組みの場合、タイミングが分散して情報が統合できない?

ループが検出して動作しているか、直接的に動作しているか
外から観測される動作が同じでも内部の処理は異なっていることがある。

例えば、一見普通の蛇口に見えるが、蛇口と水道が内部では直接つながっておらず、蛇口が回されたのをカメラで監視している人間がいて水を出す装置Aがあるとする。

利用者には蛇口をひねれば水が出るようにみえるので、普通の蛇口と装置Aの違いはない。

しかし、装置Aでは監視している人間がサボったり見逃したりすれば、水が出るのが遅くなる。

通常の蛇口では、蛇口のひねり具合と水が出るという動作が直結しているが、装置Aでは監視者が検出することで動作する。

このように入力(刺激)→反応という外部からの観察では同じ仕組みに見えたとしても、内部の動作が異なることがある。

そして、このループという主体(監視者)が入力(刺激)を検出するという仕組みを持っているかどうかで、処理のタイミング(同期)が調整できるようになる。

これによって、情報の統合ができるかどうがが決まり、無生物でも意識が発生しうるかどうかが決まるんじゃないだろうか。

コンピューターにはこれがある。

逆に言えばこのような構造を持たない物体には意識は発生しえないので、サーモスタットには意識は生じ得ないように思う。

現象的意識は何のためにあるのか

・現象的意識の発生後の行動に影響している?
現在の現象的意識が、次の情報統合時に発生する意識の生成に影響を与えている?

もしくは、時間的な連続情報に特別な意味があるので、差分や何やらを見るためのバッファ的役割?

4つのループで別々の役割を果たしている可能性もある?

例えば、前頭前野ループでは今後の予測に使われていて、辺縁系ループでは現状の情動的評価に使われているとか。

・現象的意識が他の処理の基準になっている?
夢の中で体に傷を負って、起きたら傷があったという話がある。

搔いた部分の皮膚が赤くなるのは免疫反応で、免疫細胞などを届けるために毛細血管が広がって血流量が増えるので赤くなる(炎症が起こる)。

夢も現象的意識だとすれば、現象的意識が発生している時点で本当に傷を負ったように感じて、それを基に体の処理をするから炎症反応が起きて赤い跡が出てるのかも。

基本的に現象的意識を正として他の処理をしている?

統合失調症が幻覚見たり、幻聴を聞いたりするというけど、実際に現象的意識で発生しているのかも。

・エピソード記憶のために必要という話もある
確かにエピソード記憶では一部欠損している部分もあるが、基本的には現象的意識(主観的経験)そのものを記憶しているような。

逆向マスキングの実験で、生後6ヶ月以下の乳児では視覚野のフィードバック処理(高次視覚領域→低次視覚領域)が未発達らしい。

ボトムアップ処理(低次視覚領域→高次視覚領域)だけで処理されている=ループになっていない。

子供の頃の記憶は平均3–4歳からで、それまで現象的意識が発生していないので、エピソード記憶が残らないという可能性も?

視覚逆向マスキング(visual backward masking)
錯視の一種。

人間は一瞬だけ表示されて消えたとしてもそれが何かを認識することができる。

しかし、消えたあと、その位置に別の物が表示されると最初に表示されていたものが認識できなくなることがある。

人間の場合、SOA(stimulus onset asynchrony, 表示時間の間隔)が100ms前後で2つを画像を認識できるかできないかの境界がある。

実験の内容はこんな感じ → 画像A(1/60フレーム, 16.6msで表示される)→SOA→画像B(1/60フレーム表示)

※SOAが100ms以下だと画像Aが表示されたことが知覚できない。生後6ヶ月以下の乳児は画像Aが認識できるらしい。

現象的意識は重要なものなのか
・哲学者も意識を科学的に研究している人たちも現象的意識自体は重要だと思っている人たちが多い。

・ただし、意識のハードプロブレムは重要な問いなのかどうかについて立場の違いがある。

現象的意識は未知の自然法則から発生しているという考えがある。

中立一元論:心的、物理的といったものはある1つの実体の2つの性質だという説

≒ 性質二元論:ある実体は心的な性質と物理的な性質の2つを持っているという説

≒ 汎心論(汎経験説):物質に意識の基となる性質(現意識)があるとする説
既存の物理学を拡張して、現象的意識のふるまいを記述する精神物理法則を作るべき (デイヴィッド・チャーマーズ)

現象的意識は既知の自然法則で説明できるという考えがある (≒ハードプロブレムは存在しない、または重要な問いではない)

同一説:心の状態や思考のプロセスとは、脳の状態やプロセスそのものだという説

随伴現象説:現象的意識は存在するが、脳の状態やプロセスの結果発生しているものにすぎないという説

(現象的)意識はフィードバック系のネットワークによるアルゴリズムによって発生する (渡邉正峰先生)

(現象的)意識は意識システム全体のプロセスの内部観測にすぎないのではないか (塚本先生)

リベットの実験(意識は動作より遅れてやってくる)→受動意識仮説:意識は観測者である (前野先生)

クオリアは高確率で局所的皮質ネットワーク内における情報処理の結果である (ロジャー・D・オープウッド, 神経学者)

現代の科学で十分説明できるか、そうでないか
自分は最初は同一説・随伴現象説的な立場だったが、チャーマーズらの主張を理解するにつれ、未知の法則がある可能性も捨てきれないと思ってきた。

現時点ではわからないという立場ではあるが、ある程度の人間的知能を持ちと円滑にコミュニケーションできるシステムさえできれば、現象的意識の有無はどうでもよいのではないかとも思う。(研究者にとっては重要だろうが、実用面ではさほど重要ではないような?哲学的ゾンビで十分)

ただし、現象的意識の有り様から意識の仕組みを考察することは、手がかりを見つけるという点では重要かもしれない。

「意識」について #3へと続く(近日公開予定)

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