あなたのまちにも活かせる『世界を変えるデザイン2――スラムに学ぶ生活空間のイノベーション』〜英治出版〜

連載「素敵な本が生まれる時」Vol.5 後編

ウェブマガジン『フレーズクレーズ』の連載「素敵な本が生まれる時」では、海外の建築・デザインを日本に伝えたり、日本の建築・デザインを海外に発信している出版社さんで素敵な本が生まれる瞬間のストーリーを、“建てたがらない建築士”いしまるあきこが伝えます。

「何かを変えたい」と考えたことはありますか? 今回は、デザインを通じて世界を変えることができると気付かせてくれる、英治出版の2冊の『世界を変えるデザイン』について伺いました。後編は、社内での意志の統一、採用についてのヒントもたくさん頂きました。

文・写真:いしまるあきこ

前編から読む方はこちらから

いしまるあきこ(以後、いしまる):『世界を変えるデザイン2――スラムに学ぶ生活空間のイノベーション』は、2015年10月に出た『世界を変えるデザイン――ものづくりには夢がある』の第二弾です。原書は2011年にでていて、スラムの住環境などの問題解決を中心に載せています。

第二弾はどのような人に読んでもらいたいと思って出されましたか?

英治出版 編集長 高野達成さん

英治出版 高野達成さん(たかの・たつなり 以後、高野):第一弾に比べるとニッチな内容だと思います。第一弾は、純粋におもしろいなと思ってもらいやすいですね。デザインとか貧困問題とかを専門にしていない方でも、Qドラムの例など、「なるほど」と楽しみながら読める内容だと思います。

第二弾は、そこまでのわかりやすさはないものの、実際に関わっている人にはすごくおもしろがってもらえますね。現地に入り込んで活動しているNGOの方とか。

いしまる:日本の建築学科の先生方もスラムを研究対象にしている方もいますし、日本の建築家の方もブラジルのファヴェーラ(=インフォーマルなスラム街)を調査に行ったり、ウルグアイで低所得者の方向けの住宅を設計した方もいらっしゃいます。

第二弾にはスラムの住環境を変えるアイデアとして、ローコスト住宅とかセルフ・ビルド、まちの問題を発見するワークショップ、実物大の間取りを用意して実感してもらった話などが載っていて、最近、日本でよく言われる「まちづくり」に応用できそうだなと思いながら拝見しました。

<スラム住民自身の横のつながりで課題を解決。>「バラック/スラム住民インターナショナル(SDI)」
<見えないデータを可視化する。>「サングリ・インクルーシブ・プランニング」 左ページは実物大の間取りで提案された住宅を確かめている様子。
<ボランティアの力であらゆる人に医療を。>「医療ボランティア(シャスティヤ・シャビカ)キット」

高野:発想として応用できることはたくさんあると思います。スラムと日本は違うと意識してしまうと、多くの方には届かないかなとも感じますが、読んでもらえれば活かせるところはあると思います。

建築の分野でも、コミュニティをつくることを意識した建築に取り組む上で参考にしてもらえれば嬉しいなと思いますね。多分、そういうことが求められている地域って、いっぱいあると思うので。

もう少し早く出せれば良かったのですけど。東日本大震災からの復興を考える上で、どのような建物を作るべきかとか、どのようにコミュニティの環境を作るかとか、考える上でもヒントになり得ると思いますので。

いしまる:まだ、福島の方達が故郷とは離れた場所で暮らしながら自分たちのコミュニティをつくっているので、何かヒントになるかもしれないですね。

『不安定居住地のための都市計画マニュアル』についてのガブリエラ・ソルダ氏(ブエノスアイレス大学建築・デザイン・都市計画学部、コミュニティアクション事務局副事務局長)のインタビュー。
タイ・バンコクのインフォーマル居住区での取り組み。
「ダーティーワーク インフォーマル都市の景観とインフラ」より。

高野:被災したある自治体で、循環型のまちづくりをしようということで、住民の方達や移転してきた方達がいっしょにゴミからバイオガスをつくるような取り組みが行われています。そういう取り組みは、被災地に限らず全国各地で起こっているでしょうし、今後、行政機能がより厳しい状況になってしまう地域は増えていきそうですよね。住民自身による地域の課題解決という面でヒントはいろいろあると思います。

<スラムのごみをエネルギー源に。>「コミュニティ調理台(ジコ・ヤ・ジャミイ)」

いしまる:今後、日本でもインフラがストップする地域もあるでしょうし、インフラがないところでもやっていけるヒントになりますよね。

第一弾から変えたことは何ですか?

高野:第二弾の編集自体は下田がやったのですが、原書の紙質が変わったように、日本版も紙を変えましたね。

(注:下田さんは英治出版の編集者で、当日同席予定だった方。前編をご参照ください。)

上は原書。下は2冊の『世界を変えるデザイン』

事例紹介では、内容をイメージしやすいようにキャッチコピー的にタイトルを付けました。例えば、「インクリメンタル・ハウジング」にはその性質を形容する「どんどん価値が上がる家」といった副題を付けたり。

いしまる:「インクリメンタル・ハウジング」は、限られた予算の中で、半分だけ完成させて、残りはセルフ・ビルドで住み手が住みながら作り上げていくもので、エレメンタルという建築家たちが作った新しい住宅の仕組みですよね。副題の「どんどん価値が上がる家」というのは、まさにその通りで、わかりやすくていいですね。

<どんどん価値が上がる家。>「インクリメンタル・ハウジング」
「インクリメンタル・ハウジング」紹介ページ。

高野:関心を持ってもらいやすいように、そういうのを付けました。視覚的インパクトという面では第一弾より少し弱いので、第二弾ではそういう工夫をしています。

いしまる:英治出版さんの書籍で「世界を変える」とか、「日本を変える」という文言をよく見かける気がするのですけれども、世界や日本の何を変えたいと思っているのでしょうか?

高野:「いろいろと変えすぎや」と言われるのです(笑)

ここで言っている「変える」というのは、「より良いものにする」ということですね。どんなに時代が進んでも世の中にはいろいろな課題がありますが、それを解決してよりよい社会にしていく、そのヒントになるような本を出したいということです。『世界を変えるデザイン』のように貧困問題に関するものの他にも、育児の問題に取り組んでいる人の本もありますし、紛争や平和構築、経済格差、子どもの貧困、教育、医療過誤の問題にかかわる本などもあります。

いしまる:社会起業家の方の本とかビジネスに役立つアイデアとか翻訳本が多いなと感じるのですけれども、出版企画はどのようにされるのですか?

高野:翻訳本であれば、ブックフェアに参加するなどして海外の出版社と関係をつくって、そこから情報を得て検討していきます。

国内の著者の企画は、いろいろなつながりの中でてくることが多いです。こちらからアプローチして「書いて下さい」とお願いするケースはあまりないですね。専業作家の方の本がほとんどなくて、ビジネスをやっている人たちの本が多いので。どこかのタイミングで「こういうものを作ってみたい」というご相談をいただいて、というケースの方が多いですね。

テーマを絞っているつもりはないのですが、会社の色は出ているかなと思います。同じ匂いをかぎとってくださった方たちから提案を受けて出しているケースが多いですね。

英治出版では社員全員が合意しないと本を出せないのです。社員10人くらいで会議をしているのですが、たとえ社長が「これを出したい」と言っても、全員が合意しないと出せない。それをやってしまうと「付き合いで仕方なく出す」というのもでてくるし、妥協したつくり方になりうるし。全員合意を原則としています。そういうプロセスなので、色がはっきりしてくるというか、英治出版らしいものが生まれていると思います。

いしまる:全員が合意しないと本が出せないというのは、相当ハードルが高いように感じるので、企画が大変そうですね。

高野:そうですかね。でも、みんなが共有しているものがありますから。「うちはこういうものを出したい」というのが、みんななんとなくわかっていて。そこから大きく外れる企画は通りにくい。だから基本的なラインはクリアした上で会議に出されるので、ものすごい難関というわけではありません。それにバツだった企画でも、練り直して何度でも出せるのです。

会議に出すのもいろんなレベルで出して良いということにしています。企画の可否、結論を問うだけでなく、アイデアへの感触だけ聞きたいという段階で会議に出してもいい。またひとつのポイントとして、編集者だけで決めるのではなく、営業とか広報の社員とも一緒に議論することも大事な点かなと思っています。その後の売り方に響いてくると思いますし。編集者の商品ではなく、会社の商品をつくるわけですから。

うちでは出版を通じて「著者を応援する」ということを心掛けているのですが、「この著者を応援したいね」という想いを持つのが担当編集者だけではいけない。みんなで応援しないと効果的な応援はできません。みんなで想いを共有できるようにしたいので、このようなプロセスを取っています。

いしまる:一年間にどれくらいの数を担当されるのですか?

高野:会社全体で20タイトルとか、これまでに一番多かった年で30タイトルぐらいですね。現在は実際に編集をやっているのは4人ですから、ひとりあたり6タイトルぐらいを目安に。時間がかかる本もあればそうでもないものもあったりします。

いしまる: 今後はどのような展開をお考えですか?

高野:今いるメンバーと、これから入ってくるメンバーの関心の向かうところによって決まるものですので、今の時点ではっきり具体的にこうと言えるものではないですね。

大前提として、ポジティブなものというか、世の中を良くするためのヒントを得られるようなものとか、行動を後押しできるようなものを出していきたいというのはみんなで共通しています。あまり分野にとらわれずに出していけたらいいかなと思いますね。

問題提起するだけではなく、「じゃあ、どうするか」を提案する、そういう本を作っていきたいと思っています。

いしまる:会社全体として目指す方向性が共有されている状態なのだなと感じるのですが、どうやって実現しているのですか?

高野:はっきりした計画のようなものはないのですが、共通の行動指針みたいなものはあって、いまお話ししたような、考える上での視点が共有されています。

社長は「誰かの夢を応援すると、自分の夢も前進する」ということばを言い続けているのですが、そういう行動指針みたいなものを大事にしています。

いしまる:最近、社員を募集されていましたが、どういう方を期待しているのですか。

高野:進んでいく方向を考える上でも一番大事なのはそこで、究極的には人なんですよね。企画の方向性はもちろん、会社としてこれからどういう方向に向かうかを決めるのは人なので。採用ですべてが決まるといってもいい。

どういう人に来て欲しいかは、一言では言えません。世の中をこれからよくしていけると思えるとか、チームで仕事をすることが楽しめるとか、いろいろ考えるポイントはありますが「これを満たせばOK」みたいな公式的な考え方はしませんし、社員みんなが選考に関わり、応募者一人ひとりと面接でゆっくり話して考えます。

うちは学歴とか経歴は一切不問なので、履歴書も最初は送ってもらわないのです。エッセイだけ出してもらいます。名前を伏せた状態でエッセイを社内の全員で読んで、「この人にぜひ会いたい」という人を選んで面接するのです。「自分はこれだけ出版の経験がある」とか言われると、引きずられるかもしれません。名前を聞いたことのない大学よりも知っている大学の方が優秀そうだなと思ってしまったりするかもしれませんし。

いしまる:最初に履歴書なしの選考というのはおもしろいですね。設計事務所の採用だと自分なりの作品集の「ポートフォリオを送りなさい」というようなことはあります。

高野:経験とか学歴を「不問」と言うのであれば、本当に不問にしないとおかしいですね。

それに出版業界ってけっして調子の良い業界ではない。むしろ真逆です。それなのに経験者のほうを優遇する理由はありませんね。ちなみにいま英治出版にいる社員はみんな、別の業界で働いた経験がある人たちです。

いしまる:私は下田さんのバンドの姿しか知らなかったので、「今、出版社で働いています」と言われた時は驚きました。ギターを弾いて唄っていた方が出版社勤務というのが意外で。

高野:だからこそできることもありますよね。バンドをやっていたからこそ、著者のイベントもいろいろと上手に企画できますし、司会もできますし。イベントやる時にBGMとかも、誰も頼んでいないのに考えてやってくれたりしますからね。

いしまる:BGMがあるのとないのではだいぶ違いますからね。イベントを運営した人じゃないと気付かないというか、会場のシーンとした時の気まずさみたいのがありますから。

高野:だから採用においても、英治出版の考え方とか思いを共有できる人であることはもちろんですが、ちょっと異質なものを持っていることも考慮しています。

もうひとつ心掛けているのは、「自分より優秀だと思える人だけを採ろう」ということです。経験不問ですから現時点では白紙かもしれませんが、将来的に自分よりも優れた編集者になりそうだな、と思える人だけ採用する。そうしていれば、会社が悪くなることはないだろうと思っていますね。

いしまる:採用のお話にもたくさんのヒントがありました。今日は、ありがとうございました。

2016年3月4日、英治出版にて。

英治出版株式会社 http://www.eijipress.co.jp

ご取材ご協力頂いた、
編集長 高野達成さん、
下田理さん、
ありがとうございました。

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いしまるあきこ / Akiko Ishimaru
フレーズクレーズ

2018年より、猫シッター「ねこのいえ」始めています。→ http://nekonoie.tokyo **古い建築が好きな「建てたがらない建築士」です。セルフリノベ(設計+施工)・ワークショップ・企画・映像・文・編集等を通じて建築的“きっかけ”づくりをしています。http://ishimaruakiko.com