フィレンツェ郊外「フェッラーノ城」、新所有者が家族総出で作り上げる新しい姿
イタリア・トスカーナより、イタリアの裏話やモノづくりの現場などについてレポートしていきます。
インスタグラムのおかげで偶然に知った、とある城。このフェッラーノ城は我が家からも車で30分ほどなのに、今までその存在をまったく知りませんでした。この城の歴史は? そして、どんな活動をしているのか? 謎に包まれたこの城に、実際に訪問して話を聞くことができました。
「フェッラーノ」という名前は、城固有の名前でなく、この集落の名前。1200年代に建築された当時はただの家屋でしたが、1800年代にやってきたフランス貴族によって城の形に増改築され、現在に至っています。トスカーナの他の地と同じく、フェッラーノも1960年くらいまでは「折半小作」(地主と小作農民で収穫物を半々に分け合う)制度により、1つのコミュニティとして成り立っていました。フェッラーノの中心的な生産物はオリーブオイルで、集落の中には搾油所があり、日常生活に欠かせないあらゆる職人がそろっていたそうです。
中間の駅で私を迎えてくれたのは、想像に反して若い女性。そしてお城で迎えてくれたのも、ごくごく普通のおっちゃん・おばちゃんといった印象で、「城の所有者」とは思えない方たち。そしてこの城の歴史について、信じられないような経緯を聞くことができました。お父さんのファブリッツィオはフェッラーノの農家の一人息子。しかし、前所有者のリヴィア女史に跡継ぎがいないことから養子に迎え入れられ、彼女が亡くなった2011年、この城を含む遺産の大半を引き継ぐことになったのです。
養子縁組で「ボッチ―ボヌッチ家」となって20年近く過ぎていたとはいえ、ただのオリーブ農家から突然、城の所有者となった一家。当時は城にいてもまったく実感が湧かず、慣れるまでに時間がかかったそう。そして城内の図書館、そしてリヴィア女史の日記などから、まずはこの城とボッチ家の歴史を学ぶことから始めます。そして、この大きな遺産を自分たちだけのものにしておくのはもったいない、価値を伝えたい、共有したい……そんな想いで、2014年から「家族総出の冒険」が始まりました。
1200年代のオリジナル部分が残り、リヴィア女史が最後まで過ごした住居部分。まずはここを宿泊施設にするため、フランチェスカとサーラの娘2人が奔走します。こんな歴史的な城を整え、保持するのは大変じゃなかったですか? と尋ねると、リヴィア女史までずっと人が住み続けメンテナンスを行っていたので、大きな問題はなかったそう。唯一大変だったのが、山のようにある家具・調度品を選び、修繕し、配置しなおすことでした。
それ以上に苦労したのは、宿泊業の素人家族が、いかに宿泊客を募るのか? という問題でした。城の所有者でありながらも、自分たちは貴族でも何でもない。ラグジュアリーな嘘のサービスは提供したくない、という思いから、選んだプラットフォームは民泊の「Airbnb」。開始初年度は宿泊客ゼロで大ショックを受けたそうですが、城を引き継いだ時には高校生だった「デジタルネイティブ」のサーラによるSNSでの発信、そして典型的なイタリアのお母さんといった印象のソーニアのホスピタリティが大人気となり、今ではなかなか予約が取れない人気物件となっています。
しかし、お城は地下を含めると5フロア・30部屋以上も。少しづつ時間をかけて整備し、2018年から、宿泊客がいないローシーズンに「ガイド付き城ツアー」を開始します。建築様式や芸術を解説するものではなく、この城に関わってきた人物のストーリーを中心に、秘密のベールをはがしていくような仕立てになっているそう。ここでも主役は最年少のサーラで、母ソーニアとフランチェスカはハーブティーやおやつの準備、父ファブリッツィオはオリーブオイルの販売と、家族が一丸となって参加者を迎え入れます。こちらは不定期で月2回ほど、SNSのみで告知や募集をしていますが、昨年からはずっと満席で、1日6~7回・合計100人前後の人が訪れるとか。宿泊は外国人ばかりですが、城ツアーは近郊のイタリア人だけだそうです。
その他にも、結婚式の披露宴やウェディングフォト、アーティストやフォトグラファーを招いたイベントを開催。昨年10月の「秘密(SEGRETI)」と称した写真イベントは、4部屋にテーマを設けてフォトグラファーを配置し、1日はモノクロ=過去、1日はカラー=未来と称した来場者のポートレートを撮影するものでした。200人の来場者があり、写真販売の他にも、イベント中にモデルやフォトグラファー同士のコラボが決まったり、思わぬ成果も生まれたのだとか。こういったイベントの内容や金額はまちまちですが、お城というロケーションからアーティストやフォトグラファー、そしてファッションメーカーなどからの相談が多いそうです。新型コロナウィルスの影響をうけている現在は残念ながら見通しが立ちませんが、これからも積極的にイベントを行っていく方針です。
父ファブリッツィオはオリーブ家業、母ソーニアは庭の手入れと宿泊客の世話、フランチェスカは予約対応や経理などの裏方に徹し、サーラはSNSを駆使した広報と企画を担当。偶然に受け継いだ城ですが、家族一人一人が得意なことで役割分担し、この10年を駆け抜けてきました。フェッラーノ城の歴史やこの集落のコミュニティを大事にしつつも、「ボッチーボヌッチ家」らしい、新たなフェッラーノ城のあり方をこれからも示してくれると期待しています。