世界を変えるデザイン ――ものづくりには夢がある』が伝える、デザインの可能性 〜英治出版〜

連載「素敵な本が生まれる時」Vol.5 前編

ウェブマガジン『フレーズクレーズ』の連載「素敵な本が生まれる時」では、海外の建築・デザインを日本に伝えたり、日本の建築・デザインを海外に発信している出版社さんで素敵な本が生まれる瞬間のストーリーを、“建てたがらない建築士”いしまるあきこが伝えます。

「何かを変えたい」と考えたことはありますか? 今回は、デザインを通じて世界を変えることができると気付かせてくれる、英治出版の2冊の『世界を変えるデザイン』について伺いました。前編は、本のデザインについてのヒントもたくさんありました。

文・写真:いしまるあきこ

いしまるあきこ(以後、いしまる):本日ご同席頂く予定だった英治出版の下田さんとは、実は、音楽関係で知り合っていました。私が以前、マネジメントをしていたお箏弾き・かりんさんと下田さんがやっていたアイリッシュバンドが、ライブで一緒に出演する機会がありまして。

以前、下田さんから『世界を変えるデザイン ――ものづくりには夢がある』を頂いて拝見していました。最近、『世界を変えるデザイン2――スラムに学ぶ生活空間のイノベーション』が出ていたので、是非、ご取材したいとご連絡を致しました。

英治出版 高野達成さん(たかの・たつなり 以後、高野):そうだったのですね。よろしくお願いします。

英治出版 編集長 高野達成さん

いしまる:よろしくお願いします。

まず、『世界を変えるデザイン ――ものづくりには夢がある』について伺います。原書は2007年に出ていた『Design for the Other 90%』で、アメリカのスミソニアン/クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館で行われた「残りの90%のためのデザイン」展をまとめたものです。世界の人口の90%にあたる貧困層や劣悪な環境に住む人の暮らしを改善するための物やアイデアの本です。

こちらは翻訳本ですが、原書とはどのように出会ったのでしょうか?

高野:もともと弊社はビジネス書の出版社で、2005年に『ネクスト・マーケット』という本を出しました。アメリカの経営学者のC. K. プラハラードが書いた本で、「開発途上国の40億人の貧困層が巨大市場になる。適切なアプローチをとれば貧しい人々にも物を売ることができる。そこを市場に変えることで、その人たちも幸せになる」というコンセプトの画期的な本でした。

それから「ビジネスを通じた貧困削減」というテーマに関心を持って、ビジネス書の中で貧困問題に関わるものをいくつか出して、その流れの中で、他にもイノベーティブな本がないだろうかと探していました。海外の本を探している中でたまたま見つけたのが『Design for the Other 90%』でした。

いしまる:たまたま。どうやって見つけたのですか?

高野:最初はたしか、Amazonだったと思うのですが。同じ時期に貧困削減に取り組む方や関心のある方とお話する機会がいろいろとあり、そういう中で、この本でも紹介されている「ライフストロー」というプロダクトについて聞いていたのですが、その写真が原書の表紙に載っていたのです。気になって取り寄せてみたらおもしろいなと。

個人携帯用浄水器「ライフストロー」

いしまる:「ライフストロー」の写真は、川から直接水を吸う人の写真で、衝撃的なものですよね。

高野:衝撃的ですよね。フィルターを通じて水がきれいになると言っても、なかなか勇気がいると思いますけどね。でも、震災の時とかにはこういう製品は役立ったかもしれないですね。

いしまる:そうですね。自衛隊の方が被災地に大型のろ過装置を持って行ったりしていましたよね。

この本はどのような想いで出版したいと思われたのですか?

高野:デザインを通じて社会の問題を解決するという視点がすごくおもしろいなと思いまして。

弊社はデザインの専門の出版社でもないですし、デザインの専門家でもないですが、本来デザインは一部の専門家の方だけのものではないし、専門家しか語れないものでもないと思います。この本のことばで言えば「従来デザイン界は世界の10%の人たち向けにデザインをしてきた」けれども、この本では「その他の90%のためのデザイン」を語っている。従来考えられてきたデザインの領域の外でもデザインはこれだけ有効なんだというのを示しているのが、とてもおもしろいなと思いました。

貧困削減とか経済開発というのも難しい分野です。昔から貧困層はいて、いろいろな取り組みはされてきたけれども、いまでも大勢の貧困層がいるわけですよね。多額の援助をしても、効果が長続きしなくて、地元に定着しなくて、むしろ逆効果になる場合もあったりする。

ポール・ポラック氏による「残りの90%のためのデザイン」。ページの冒頭「世界のデザイナーの95%は、世界の10%を占めるにすぎない、最も豊かな顧客向けの製品とサービスの開発に全力を注いでいる。残りの90%に届くには、まさにデザイン革命ともいうべきものが必要だ。」と太字で書いてある。
乾期に地下水を利用できる「竹製足踏みポンプ」
電気を使わずに作物を保存できる「ポットインポット・クーラー」
廃棄物から作る調理用燃料「さとうきび練炭」

『世界を変えるデザイン ――ものづくりには夢がある』に載っているアプローチは主に、現地にある材料を使って、うまくデザインすれば、地元の人たちでも十分メンテナンスできるような仕組みが作れたり、プロダクトが作れたりすること、それによって貧困層の生活や貧困地域が変わるきっかけを作れるということを示しています。

経済開発の分野にいる人たちにとってもイノベーティブな気付きの多いものですし、デザイン界の方達にとっても「デザインはこういう分野にも使えるのだ」と思ってもらえる内容だと思うので、社内の会議に出したときも「これは、もう出すしかないよね」という感じでした。

いしまる:実際、拝見していると具体的で役立つことが書かれていると感じました。

例えば、貧困層が最も必要としているのは「金を稼ぐ方法だ」と書かれていたり、「一般に貧困層は時間や労働力が不足しているわけではない」と書かれていて、「時短に価値がない」というのは言われないと今の私たちの暮らしぶりだと気づけないようなものの見方を教えてくれている、相手の立場に立ってものをみることも教えてくれていると感じました。

他にも、装置の価格を決めるガイドラインが「製品は地元の市場で鶏一羽と同じくらいの価格ではないといけない」、「鶏は極貧層でも時に手が届く贅沢だ」っていうのも言われなければわかないことですし、地元の物価の感覚って多少暮らしたりしないとわからないけれども、“鶏一羽”っていう指標がでるだけでだいぶ違うなと。

高野:リアリティが増しますよね。

いしまる:実際に行ってやっている人だからこそ言える話が載っていて、勉強になるなと感じました。

日本はこの本にでてくる貧困とは種類が違いますが、若年層、貧困層、被災地にも応用できることもあるのかなと思うのですけれども、どのような方に読んでもらいたいと思っていますか?

高野:国際協力とか貧困問題に取り組む方達、もうひとつはデザイン関係の仕事をする方々です。「その知見やアイデアを社会課題の解決に活かしてみませんか?」というような想いがありました。

また、プロダクトが多く出てくるので、実際にものづくりに関わる方々にも見てもらいたいと考えていました。日本のものづくりが技術力の面でトップクラスにあるのは間違いないですが、そういう方達がこの分野に目を向けたらもっとすごいことができるかもと思って、あえてサブタイトルにも「ものづくり」というフレーズを入れました。

補聴器用ソーラー充電器「ソーラーエイド」
開発途上国の子供向け教育ツール「ワン・ラップトップ・パー・チャイルド(子供一人にラップトップ一台)」

いしまる:編集で一番苦労されたことは何ですか?

高野:原書と日本語版ではまったく形が違うのです。もともとデザイン展のカタログみたいなものなので、そのままの形で日本で出すと、書店ではいわゆるデザイン・美術関係の棚に置かれますよね。そうすると、国際関係とか貧困に関心がある方達の手に届かない。そこで、そういう人たちにも目にふれてもらえるように、標準的なA5判の体裁にして出しました。レイアウトを完全に変えて、縦書きですし、膨大にある写真の配置をどのようにまとめるかなど大変でしたね。

原書の表紙。「ライフストロー」を使っている様子。
上が原書。下が『世界を変えるデザイン』。同じ内容を扱うページ。

いしまる:だいぶ印象が違いますね。元のものはデザイン寄りでまとめていたのですね。

高野:ただ、使われている写真の画質が粗いので、日本でデザイン関係の書籍として出すには、クオリティーが良くないという難点もありました。そういう事情もあって、読者対象を想定して全体的に変えました。画質の悪さも目立たちにくいように、わざとザラッとした紙にしています。

いしまる:この本の中で「一番すごい!」とか、みなさんに知ってもらいたい物はどれですか?

高野:一番、反響があるのは「Qドラム」ですね。

いしまる:ああ。私も強く印象に残っています。重い水を持って運ぶのではなく、転がすという発想の転換ですよね。

75リットルの水を転がして運ぶことができる「Qドラム」
「Qドラム」を使用する様子。

高野:一目瞭然という感じで。とてもわかりやすいですよね。

この本を取り上げたいという話がくる時には、たいてい「Qドラム」の話ですね。視覚的インパクトが強いので、反応はしやすいですよね。見た目のインパクトが抜群なので。

結構、反響はありまして、中学とか高校の教科書に紹介されていたりします。

いしまる:どういう科目ですか?社会?

高野:美術だったと思いますが、英語の教科書の例もあります。

この本をもとにして、2010年に東京ミッドタウン・デザインハブで「世界を変えるデザイン展」が開かれたこともありました。「Qドラム」や「ライフストロー」などを実際に取り寄せて展示されて。それがかなり盛況で。大きなインパクトがあったように思いますね。

いしまる:この本の他にも『WHY DESIGN NOW』とか、『地域を変えるデザイン』を高野さんが担当されていますけれども、“デザイン”に対してどのようなことを期待していますか?

『WHY DESIGN NOW?』、『地域を変えるデザイン』

高野:挙げていただいた本に共通するのは「社会の問題を解決するためのデザイン」です。ただ見た目がきれいだとかおもしろいというデザインではなく、世の中をより良いものにするためのデザイン、良い変化を起こす手段としてのデザインに関心や期待を持っています。

関係ないですが、実は私もデザインを少しやっていて、本の装丁を時々しています。本の奥付に「装丁:英治出版デザイン室」とある本は私がデザインしたものです。

いしまる:そうなのですね! 表紙のデザインというと、いつもどのようなことを気を付けていますか?

高野:本のデザインって、ただ見た目が良いだけではいけなくて。伝えたい文字とか言葉がありますし、本の内容や雰囲気をウソにならないように表現する必要がありますし、読者はもちろん、書店の人にとってのわかりやすさという観点も求められます。

もちろん、専門のデザイナーさんにやってもらうものもあり、自分でやるのはイメージが湧いたものだけですね。自分でデザインして良いことのひとつは、何度でも修正ができることです。作るのは私一人ですが、社内のみんなにも見てもらって、結構ぼろくそに言われたりもして、そこからさらに修正します。著者の意見や、書店の人の意見を聞いて取り入れたりもします。

プロのデザイナーさんにお願いすると、3つ案がでてきて3つとも悪いと……言いにくいじゃないですか。料金は同じなのに何案までやってもらえるだろうとか。社内でやると、同僚も遠慮しないので、自分たちなりに納得のいくものになりやすい。そういう面はありますね。

(2016年3月4日、英治出版にて)

後編につづく…