劇作家/小説家・本谷有希子さんインタビュー

(C)ayako shimobayashi
劇団、本谷有希子主宰として話題作の作・演出を手がけるとともに、小説家として人間の本質を描く、本谷有希子さん。演劇界と文学界の両方で注目を集める彼女に、2012年秋の公演『遭難、』と自身初の短編集『嵐のピクニック』を中心に、創作に対する姿勢についてうかがった。(学芸カフェ2012年8月号 より再構成/掲載)

— — — -劇団、本谷有希子の第16回公演『遭難、』は2006年の公演の再演でしたが、再演を決められた経緯は?

本谷: なにか事情があったわけではなく、なんとなく、そろそろ『遭難、』かな、という勘のほうからです。前から何度か再演の話は浮上してたんですけど、「今じゃないな」っていう感じだったんです。でもパルコ劇場での『クレイジーハニー』(2011年8月)の後、「今かな」と思いました。その感覚に理屈をつけるとすれば、バランス感覚かな。ちょっと話に凝りすぎる傾向がでてきてたので、シンプルなほうに戻しておきたいな、と。『遭難、』ってシンプルで、誰がみても分かり易くて楽しめるストーリーなんです。うちの劇団のなかでもエンターテインメント色が強い話です。

— — — 『遭難、』は放課後の職員室が舞台になっているシリアスコメディですが、偶然にも、いじめ事件など学校での問題が連日のように報道されるタイミングに重なりました。

本谷: 実は2006年の『遭難、』初演時も、いじめなど、一連の教室の問題がクローズアップされた時期と重なって、観るひとがその問題とつなげずにいられなかったんです。今回も奇しくもそうなってしまって、この戯曲にはなにかあるのかな、とおもってしまいます。自分としても、そこにどう向き合おうかと考えているところです。「シリアスコメディ」なんだけど、社会的なタイミングで「シリアス」や「リアル」の比重がすごく大きくなってしまったので、お客さんが観たときに笑えるかなあ、といったことも少し心配になります。
 でも演劇ってライブなので、戯曲が持っているものや伝えたかったこと以上のものや、戯曲の別の側面を引き出すかもしれないですね。いいにしろ悪いにしろ、縁みたいなものかもしれない。

『遭難、2012年版』DVD 【作・演出】:本谷有希子 【出演】:菅原永二、美波、佐津川愛美、松井周、片桐はいり

— — — キャストについて。個性的な俳優陣ですが、どんなふうにキャスティングされましたか?

本谷: 黒沢さんは映画で拝見してとても惹かれて、名前を憶えていたんです。わたしが「見初めた」ってことですね(笑)。『遭難、』の主役で、「一見人格者と評判の先生だけどじつは……」っていう里見先生という役があるんですが、このひとの演じる里見先生が見てみたいな、と。あまり演劇には出たことがない方なので、いきなり主演でということで本人も戸惑っていらっしゃいました。
 この5人がいっしょに舞台上にいるところはうまく想像できないんですが、きっと、まとまった和音じゃない、不協和音が舞台上に出てアンバランスな感じでしょうね。

— — — ついついバランスを取るほうから考えてしまいそうですが、そうでもないんですね。

本谷: バランスが良すぎても、わたしは退屈してしまいます。なので、壊していくところから、というのもキャスティングで心がけています。今回もこの人たち5人が出るというときに、絵が思い浮かばない。でもそれがいいと思います。絵が思い浮かぶと、観た気になっちゃうから(笑)。

嵐のピクニック (著)本谷有希子
講談社、2012年6月発売

— — — 『嵐のピクニック』についてお聞きします。初めての短編集を書かれた経緯は?

本谷: 「中編を書いて演劇をやって、また中編を書いて演劇をやって、」というのが、ちょっとルーティン化しつつあったんです。同じ式だと同じ答えになってしまうので、ちょっと方程式を変えたいな、と(笑)。案の定、すごい発見がいろいろありました。
 たとえば、フィジカルに小説を書く、ということがはじめてわかった気がします。これまで、もうちょっと頭で考えて書いていたんですけれど、今回の短編集ではかなりの、考えている暇がないくらいのスピードを要したんです。最初はとてもしんどくて苦しかったんですけど、反復していくと何本目からか、考えるまえに言葉がでるという状況に入っていきました。変な言い方だけど、正しいな、という感じがしました。小説を書くにあたって、頭じゃないところから言葉が先にでて、それを追いかけて書いている、という感じで。数は大事だな、と思いました。1本、2本じゃなく、まとめた数を書きたいな、そうじゃないと意味がないな、と。

— — — 優しいピアノ教師が見せた一瞬の狂気、カーテンの膨らみから広がる妄想など、バラエティに富んだ13本で構成されています。単行本化にあたって、全体のバランスなども考慮されましたか?

本谷: ボツは何本かありました。書いているときも「書くだけ書くから、あとでボツを出していこう」と。そのときは2本に1本くらいボツじゃないかと思っていたんですが、ふたを開けたら13本残っていて。3、4本ボツがあったのかな。このバランスのためにボツにしようというのはなかったんですが、どちらかというと順番を考えました。雑誌掲載時と単行本では、順番が違うんです。
 個人的な読み方ですけど、雑誌のときって、最初がとくに読まれる気がするんです。単行本だと、最初は読むでしょ、その次はなにか軽く読んで、最後のほうをしっかり読むな、と。雑誌か単行本かでどの辺をつまみ食いされるかが違うと思うので、今回の単行本では、後ろにいくほどムーブメントが大きくなるような並びにしています。雑誌掲載時は、最初のほうに勢いがあるものを掲載し、あとはクールダウン。そんなふうに変えさせてもらったんです。

— — — ちなみに、ボツ作の理由は?

本谷: 筆がたまに止まるので、アイドリングするのと同じように、何でもいいから文章を書いたりしたんです。出ないっていうので止まってしまうのを避けるために、最初から「捨て」と決めて書いているものです。そうやって書いた1本なんかは、流して書いているからひどくてボツ。
 あとは、リアルなほうに凝りすぎてうまくいかなかったり。今回の短編集に掲載するのはタイミングじゃないな、と見送りました。いま思えば、それが入っていたら、今回の短編集の統一感はなかったかな、という気がします。

— — — 冒頭の『アウトサイド』で触れられているコンセプトが、13本全体をなんとなくつつんでいる感じがします。

本谷: 短編って不思議なもので、テーマとかを考えずに自由に書こうと思って書いたんですが、13本を通してみると、どこかつながっているんですよね。話の最後で「あらゆるものは自分の想像を越えているのかもしれないのだ。」っていう表現があるんですが、これがすっと出てきて、それを繰り返し13本で書いている気がします。この世には想像を越えているものがいっぱいあるんだ、自分たちは中側にいて、でも外側にはこういうものがあるんだ、っていう、無意識からでてきたテーマもあります。

— — — 短編集での苦労は?

本谷: 「短編」って簡単そうとおもって、簡単に引き受けたんです。でも、書けない時間が長かった。途中で、何書いてんだろうって思ってしまって。ファンタジーを書いたことがなかったんで、すごく不安に襲われましたね。後ろを振り返ろうと、つまり、今まで書いてきたものを読み直そうとしたけど思いとどまって。怖いなあって思いながら、とにかく前へ前へ、って前しか見なかったです。

自分を好きになる方法 (著)本谷有希子
講談社、2013年7月

— — — 小説の執筆中、登場人物に感情移入して別人格のようになるようなことはありますか?もしそうだったら、今回の短編集などでは相当に大変そうですが(笑)。

本谷: 「執筆中に別人格」って、わたし自身が言ったことはないんですが、まわりから見てそう見えてたんでしょうね(笑)。最近はそれがちょっとわかるようになってきました。たとえばいま、男のひとの一人称の小説を書いているんですが、一回一回女に戻るのが面倒くさいから男の人と会わないようにしよう、だとか(笑)。

ぬるい毒 (著)本谷有希子
新潮社、2011年6月

— — — 小説と演劇は、文章を書いて物語をつくるという点は共通していますが、一人だけの力で作品が完結する小説と、役者さんたちの力を引き出す力が要求される演劇では、ずいぶんと異なるような気がします。どうやってバランスを取っていますか?ご自身のなかで何か切り替えていますか?

本谷: 切り替わりますね。演出のときは、社会的な部分の、別人格を引っ張り出してくる感じです(笑)。役者さんと一緒に演技をつくるだけじゃなくて、音響、照明、舞台監督、宣伝といった、いろんなセクションとやりあったりするので、クリエイティブな部分はもちろん必要なんですが、必要なのは意外と社会性なんですよね。
 集団でひとつのビジョンに向かっていかないといけないので、それをどうやって共有していくかっていうところに時間をかけていきます。一人で小説を書いているときは、その共有するっていう時間がまったくいりません。わたしはほうっておくとどんどん独りになってしまうんですが(笑)、皆と無理やりにでも会っていると予想外のこともいろいろと起きるし、その裏切られ方が魅力ですね。もちろん、すぐには切り替えができないから、ひとつのジャンルに集中しているひとに比べると、ゆっくりしかできないですけどね。そのぶん丁寧にやっていこう、という気持ちです。

幸せ最高ありがとうマジで! (著)本谷有希子
講談社、2009年3月

— — — 子どものころから、文章を書くことが好きでしたか?

本谷: 文章を書くことも得意だったわけじゃないし、小説家や演出家になろうと思ったことも、一回もなかったです。まさか書くようになるとは。昔の自分が聞いたら驚きます。わたしは最初に一瞬で一目ぼれして恋に落ちる、という感じではなくて、やっていくうちに、続けている行為のなかから愛情が深まっていくタイプなんです。小説も演出も、どちらも自分に向いてるとは思わなかったけれど、続けていくなかで、どっちのジャンルも魅力的だなあと思うようになっていったんです。

生きてるだけで、愛。 (著)本谷有希子
新潮社(新潮文庫)、2009年2月

— — — 「建築家に憧れがある」と聞いたことがあります(笑)。

本谷: 言ったことありますね(笑)。自分がなりたいって言うよりは、建築家、数学者、ピアニストにすごく魅力を感じていて。自分がなれないんだったら、こういう職業の人と付き合いたいなっていう(笑)。どれも通じるところはありますよね。大きな美意識が似てる気がする。無限を考える、ゼロに近づいていく、といった意識の高いところにロマンを感じていて。わたしは数学が苦手だったので自分の能力では無理だったんですけれど、どういうセンスが欲しいって聞かれたら、その頃はたぶんそういう分野のセンスが欲しかったですね。

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ (著)本谷有希子
講談社、2005年7月

— — — 今後のビジョンを教えてください。

本谷: あれもこれもやってきたんで、逆に少なくしぼることで、ひとつのことをもっと深く、もっと魅力を理解しながら、やっていこうというビジョンがあります。どのジャンルもすごく奥深い。それをちゃんとやろうとすると、体が足りないんですよね。あれもこれもとなると、どうしてもうわべをすくうみたいになっちゃうし。もちろん、そこに戻っていく時期もあると思いますけれど。
 もうひとつは、世界、海外を意識したいですね。小説はすごく日本国内に向き過ぎている気がするので、海を越えたひとも読むような小説を、自分としても意識したいです。

(学芸カフェ2012年8月号 より再構成/掲載)

(聞き手/牧尾晴喜)


本谷 有希子
1979年石川県生まれ。劇作家、小説家。劇団、本谷有希子主宰。
00年9月、劇団、本谷有希子を旗揚げ。主宰として作・演出を手掛ける。07年、『遭難、』で第10回鶴屋南北戯曲賞を最年少で受賞。09年には『幸せ最高ありがとうマジで!』で第53回岸田國士戯曲賞を受賞した。また、小説家としても活動し、『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』、戯曲『遭難、』(講談社)などで三島賞候補、『生きてるだけで、愛。』(新潮社)、などで芥川賞候補にノミネート。映画『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』は07年にカンヌ国際映画祭批評家週間に正式出品された。
05年には1年間、ニッポン放送・オールナイトニッポンの金曜パーソナリティも務めた。
近著に『ぬるい毒』、『嵐のピクニック』などがある。

(*プロフィールはインタビュー当時のものです。)


建築・デザイン系専門の翻訳会社がお届けするウェブマガジン

『フレーズクレーズ』トップページの記事一覧へ